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それぞれの思惑2

 それぞれの思惑2


 夫のアルフレードと恋人のルドルフが失踪して5日目、それぞれから消息を知らせる手紙がやっとマルガレーテのもとへも届けられた。


 会社や老公爵夫人のもとにはもう何日も前に消息を知らせる電報が届いているというのに。

 どれだけわたくしが心配し、どれだけ不安に身を震わせたか。あなたはきっと分かっていらっしゃらないわね。ルドルフ。


 安堵のため息をつきながら少し悔しそうな顔でマルガレーテは先ずはルドルフからの手紙を開いた。

 しかし―


 読んでいくうちにマルガレーテの手がブルブルと震えだし、手紙が手から零れ落ちそうになる。

 読み終わると同時に全身の力が抜けてしまい、マルガレーテはしばらく座っていた長椅子から立つこともできなかった。


 いいえ。そんなことがあるものですか!


 生来の気丈さを奮い起こしてマルガレーテは再び手紙を読みだす。髪をかき上げ、部屋着の袖を無意識にまくり上げながら手紙を握りしめた。

 しかし、彼女の、別の意味があるのではないか、もしかしたら読み違えかもしれないなどという淡い期待は完全に裏切られる。


 ああ。わたくしの幸せが崩れていく……。


 文面からルドルフの自分に対する想いが揺れているのが判る。だましてルドルフに悪事の片棒を担がせたことへの非難の色が読み取れる。


 事件の黒幕がわたくしであることをルドルフにも知られてしまった。


 もう、お終いなの?ルドルフはわたくしから離れて行ってしまうの?あなたはわたくしを許してくださらないの?すべてはわたくしたちのためにしたことだというのに。


 マルガレーテは唇を噛み、その左目から涙が零れ落ちた。



「ね。言った通りでしょう。人間なんて、どうしようもなく愚かで残忍で強欲な存在なのよ。

 わたしが今の今までマルガレーテのもとへ現れなかったのは、こうなることが分かっていたからよ」


 涙にくれる目でマルガレーテが声のする方を見ると、つい先ほどまで誰もいなかったそこには青い服の女と東洋風の衣装のシスターらしき女性が立っていた。


「先に言っておくけど、大声を上げても無駄よ。館のメイドも従僕もみんな意識を失っているわ。誰も助けには来ない。

 わたしはねえ、少しあなたとおしゃべりがしたいのよ」


 蔑みの色を隠そうともせず、セルマはマルガレーテに話しかける。


「はっきり言って、わたしはあなたに対して怒っているの。あなたが余計な真似をしたせいでわたしの計画に支障が出ちゃったのよ。この責任、どうとってくれるのかしら?

 もともとあなたとかルドルフとかアンナとかいうのはリリスお姉さまのオモチャなので手を出すつもりはなかったのだけれど、こうなってしまうと話は別よ。殺すとかはしないけど、それなりに酷い目に遭ってもらうつもりよ。失恋くらいでは許してあげないわ!」


「……誰なの?あなたたちは」


 未だルドルフからの手紙によるショックから立ち直れていないマルガレーテはか細い声で、それだけを呟いた。


 *         *         *         *


「カール。君はわたしのことを好きだと言ってくれた。そのことについてわたしは嬉しく思う。正直言って天国にでも上る気分だ。

 しかし、信じきれない。

 君がそんなことを冗談で言う男ではないことはよく知っている。わたしを騙すメリットがないこともよく分かっている。でも、不安で不安でしょうがないんだ。

 ああ。カール。カール。わたしは本当に君を信じていいのだろうか?」


 熱っぽく語るマリアカリアに背後からあきれた声がかかる。


「あらら。ひとり、部屋に籠ってなにやってるんだと心配して来てみれば、枕相手に語りかけていたとは。これ。相当、重傷ね」

「おい。三流魔女!何のために部屋に鍵付きのドアが付いていると思っているんだ!ノックくらいしろよ!壁をすり抜けて勝手に現れるな!プライバシーの侵害だぞ!」


 一人芝居がバレて顔を赤くしたマリアカリアが怒鳴りつけるが、自称大魔女は涼しい顔である。それどころかニヤニヤしながら猫なで声を出す。


「言ってくれれば、いつでも相談に乗ってあげるわよ。なんたって、わたしの過去は恋愛遍歴のレジェンドで満ち溢れてますから!」

「……誰がおまえなどに相談するか!」

「素直になったほうがいいわよ。今ならとっておきの恋愛の高等テクニックを教えてあ・げ・る♡」

「要らん!どうせおまえの話はねつ造だ。信用できん!」


 マリアカリアが白い目でサラ・レアンダーを睨む。


「へえ~。この、なにをやってもうまくいく天才で超美人の大魔女様の話が信用できないですって?

 あなたって、相当ねじくれているわね」

「その自信、どこからやってくるのだ?わたしにはまったく理解できんな。三流魔女。 

 そんなことより、何か用があって来たんだろ。先にそれを言え!」

「はいはい。

 じゃあ、報告をするわね。

 まず第一に、例の墳墓の鍵の在処が特定できたわ。鍵は市内の旧教教会の聖母像の中に隠されている。

 第二に、公女クリスティーネが泣いて暮らしていること。ペーラ・アンナの肉体で楽しめたのは最初の二日だけで、あとは元の体に戻れないのではないかとの不安で彼女、押し潰されそうなのよ。早く助けた方がいいかもね。かなり精神的に参っているわ」

「今のままではフランツに会っても公女クリスティーネとは認識されないだろうからな。参って当然だな」

「潰されてしまえば、大尉さんはリリスとの乙女ゲームで『騎士』のカードを手に入れることができるかもよ。可能性はあるわ。どうするの?」

「そういうやり方はわたしのではない。不確実なことを期待して後味悪く何もしないより、積極的にセルマの邪魔をした方がはるかにいい。

 三流魔女。悪いが、墳墓の鍵の回収序でに、セルマの術を解いて公女を元の姿に戻してやってくれ。できるだろう?

 その間、公女をペーラ・アンナとして付け狙う連中はこちらで押さえておく」

「モチのロン。セルマ程度の精霊の術なんてすでに解析済み。何の問題もないわ。

 それはそれとして、人狼たちの師匠はどうすんの?もう市内に入っていて何かしら起こそうとしているわよ。これが第三の問題ね」

「たしか魯雪華という女剣術使いだったな。記憶にはないが、わたしの知り合いだったとかという。

 厄介な。関わりたくないが仕方がない。わたしがそっちも抑えておこう」

「大丈夫?なんなら、わたしがそっちもやってあげようかしら」

「三流魔女。また、考えなしにものを言う。おまえでは無理だ。

 一番、厄介なのは、彼女、剣術の流派の長だというのに今まで一度も剣を抜いたところを人に見せたことがないという点だ。

 つまり、予測がつかない。三流魔女の言うとおりの能力がわたしに備わっているのだとしても、ある程度相手にしなければわたしですら彼女には勝てない。それまでわたしが持つかどうか。

 人狼の場合、新大陸でのことが事前に知らされていたからどうにかなったが……。

 いや。勝てるな。策を用いれば必ず」

「まあ、大尉さんがそう言うのなら、彼女のことは任せるわ。別に恨みのある相手でもないし。

 じゃあ、第四ね。カール憲兵少佐殿がいまだに街の守護者だとかいうガキに捕まって引き回されていること。どうするの?カールさん大好きの大尉殿としては?」

「……わたしは忙しい。三流魔女に回収を頼む」

「へえ~。素直じゃないんだ。助けてあげたら大尉さんの好感度、上がるよ?いいの?」

「う、うん」

「じゃあ、そういうことね。あと、どうでもいいけど弟のフランツも市内にいて公女さままであとちょっとのところまで迫っているわ。これはどうするの?」

「フランツは余計だな。何の役にも立たないのに。

 だが、敵対勢力に人質にでも取られたら面倒だ。すまないが、奴も回収して来てくれ」

「了解、と。

 では、わたしはアルフレードとルドルフというお荷物二人を引き連れて市内で以上の仕事をしてくればいいわけね」

「ああ。まだ墳墓まで先走る必要はない。それに、鍵さえもらえば、墳墓の中の獣はわたしが始末する。セルマの狙いは墳墓の中の獣とわたしの共倒れにあるのだろう?だったら、わたしが倒した方がセルマは余計に悔しがる。そうじゃないか?」

「なるほどね。報告は以上。復唱は要らないわよね。軍隊じゃないんだから。

 で、結局、大尉さんは何をお悩みなのかしら?カール憲兵少佐殿とのことで」

「むっ。男は……。

 いや。やっぱり、おまえには言いたくない」

「ダメよ。恥ずかしがらないで。わたし、本気で大尉さんのお役に立ちたいのよ。嘲笑ったりはしないわ。プクククッ」

「って、すでに嘲笑っているではないか!」

「いや。これは思い出し笑いだから気にしないでちょうだい。枕相手に一人語りするよりは絶対マシだから、ね。プクククッ」

「クッ。確かに、枕相手にするよりはマシだよな。三流魔女さまでもな。た・し・か・に。

 では、言ってやる。その代わり、まともな答えでなかったら拳骨のお駄賃をくれてやるから覚悟しろよ」


 自称大魔女が目で能書きはいいから早く早くと急き立てるので、マリアカリアもついに自暴自棄となって零した。


「男は愛情がなくても、その……、女性とベットを共にできると聞く。

 カールがわたしとつき合ってくれてるのは、本当の愛情からなのか。それとも、か、体目当ての興味本位からなのか、判断できないんだ!そうあって欲しいと願う期待と不安で心がごちゃまぜなんだよ!そのことを考え出すと、わたしは冷静ではいられなくなるんだあ!」

「そうか、そうか。大尉さんて、意外に乙女だったんだ!?

 わたしは、てっきり男なんてセフレ以外必要ないと割り切るタイプとばかり思ってたわ」

「セ、セフレだとォ!な、なんてふしだらな!」

「意外に保守的なのねえ。女衒やってた人の言い草とはとても思えないわ」

「ほっとけ!あれは義理でやってたんだ。それに、わたしは男ではなく、お・ん・なだ!」

「はいはい。

 じゃあ、乙女で不幸な大尉さんに、すべての男を魅了する超美人から素敵なアドバイスを披露してあげましょうね」

「(超美人だとか自分で言ってて恥ずかしくないのか?コイツ。ブツブツ)」

「耳、かっぽじって、よーくお聞きなさいよ。ウジウジの干物女!

 ベスト・アンサーは『そういうことは直接カール本人に聞け!』よ。

 なに、くだらないことで悩んでいるのよ!大尉さん」

「……」

「納得いかないかしら?」


 腰に手を当てて自称大魔女が畳みかける。


「……三流魔女の言うとおりだ。やっぱりわたしがカールを回収する。三流魔女たちはしなくていい」

「そうそう。自分に素直が一番よ。特にあんたは猪突猛進,直情径行しか長所がないんだから、それを失っちゃったら魅力も半減。

 自分らしく頑張ってね。大尉さん」


 にヘラと笑って、自称大魔女は今度はまともにドアから出て行った。


「くそっ。何が長所だ!わかっていて嫌味言いやがったな。あのアマ!」


 ボスッ


 マリアカリアが閉まったドアに件の枕を投げつけたのは言うまでもない。






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