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塔の女 2

 なにやらインチキ仏教小説のようになりつつあります。本意ではないのですが、なにぶん文才に乏しく書きたいことが書けないのです。もうしばらく我慢して下さい。すみません。

  塔の女2


 あのあと、小野少年は抵抗したのであるが、薮の中に隠した荷物を回収してきた静寂尼が5人に同行することを決めてしまった。


「静寂尼様。やめましょうよ。魔女ですよ、魔女。そんな人に会ってどうするんですか。もしかしたらネズミにでもされちまうかも」

「小野殿。禅は人を選ばず、といいます。すべての人の中に仏があります。修業と自覚を促せばどんな人にも仏性が現れるはずです」

「いやいやいや。信仰している人の宗教に喧嘩売りに行くつもりなんですか。やめてください」

「衆生は常に救いを求めています。精進の足りぬ身ですが、少しでもその方の仏性が現れる手助けになれば労を厭うものではありませぬ」

「いや、あの。魔女を自称なさっているくらいですから救いは求めていないと思いますが」

「いーや。仏法の奥義は座禅にあり。今こそ座禅を広める時です。小野殿。あなたこそ解呪のために自己を見つめ直す必要があるのではないですか。いい機会です。座禅をして禅の境地を自分でお掴みなさい」

 

 小野少年。また藪蛇に終わったようである。


 小野少年がガックリとしていると、5人のうちで一番幼く見える茶色の目をしたピートが話しかけてきた。

『セイジャク様と神様について語られておられたのですか。オレら一般の信者はあんまり神様のこと知らんので羨ましいっス』

 小野少年にとってさらに好ましくない会話がはじまってしまった。


『コウドウ様。さっき仰られた不殺生とはどんな教えなんですか』

 ピートが目を輝かせて質問する。

 小野少年はやさぐれそうになる。

 わっかるワケねえだろう。コッチは前世の記憶が定かじゃねえんだ。はっきり記憶しているのはせいぜい4,5つ前の世界だけだっちゅーの。その間に仏教徒になった覚えもねえよ。

 かといって、静寂尼様に解説してもらったのをそのまま通訳できるわけはない。したら、5人の信仰と矛盾してバット・エンドの可能性が大だ。回避するためには、まずは彼らの信仰している宗教の情報を集めなくてはならない。

 ハア、面倒くさい。 なんで僕が異世界で宗教闘争回避に全力を尽くさなければならないのかな。

 これじゃ、前世で虐められた挙句に突き落とされたことを嘆いている暇もないじゃないか。チョット僕、可哀想過ぎやしませんか。


『あー、ピート君。質問に答える前に君たちがどれくらい神様の教えについて理解しているかテストしていいだろうか。不殺生の教えは難しくてね。説明するには君たちの理解とすり合わせる必要があるんだ』


 考えることが苦手なのだろう、ピート君は腰が引けている。他の4人も何だかバツの悪そうな顔をしている。

 ということは、信者が信仰しているものをよく知らない?それでいいのか、異世界のナントカ教。

 と、内心での突っ込みはほどほどにして、小野少年は偽善者の微笑みを浮かべて質問をすることにする。

『あー。緊張しなくていいよ。知ってることをそのまま言ってくれたらいいから。そのままね』


 結論から言うと、ピート君たちから聞き取った知識は小野少年にとって歓迎できるものではなかった。

 ピート君たちの信じている宗教(コトリ派というらしい)では、神様は人間の魂を含む精神世界を創り、悪魔が人間の身体を含む物質世界を創ったことになっていた。

 それゆえ、この世つまり物質世界は「悪なる存在」であって、物質世界に囚われている人間は死んで魂となりこの世から逃れることで神様のいる天国へ行けるのだそうだ。

 ただし、魂はこびりつく現世の悪から清められなければならないため、禁欲生活を強いられる。

 まず、人間の身体という悪を増やすから結婚は禁止、性行為も禁止。動物の身体も当然悪だから肉を食べてはいけない。菜食、しばしば断食も強制される。また、物質世界の代表である金銭は汚いものであり、それを扱う金貸しはもとよりあらゆる商行為も禁止である。さらに、魂を向けていいのは神様だけであって悪である人間に向けられることは許されず、誓いは禁止。当然、契約という概念すらない。

 このような戒律を厳格に守ると人類が絶滅してしまうので、一般の信者は死ぬ間際に洗礼を受けることを条件にして一部の戒律を目こぼしされているそうだ。もっとも、洗礼は厳格に戒律を守った完全な信者しかできない。


 外見上、仏弟子の生活ぶりはコチラの世界の完全な信者のそれと重なっている。

 しかし、両者の間で同じ行為でも意味合いがまったく異なる。 

 菜食がいい例である。

 仏弟子のそれは不殺生戒からよるもの、あるいは慈悲の心によるものといってもいい。これに対して、コトリ派のそれはただでさえ悪である人間が他の動物を食べることでその悪を取り込み増やすのはもっての外というものである。食べなくては生きていけないからややマシな植物をいやいや食べるというものにすぎない。


 さらに、そもそも信仰に対する発想が両者では大きく異なっている。

 禅宗では自らが内に秘めた仏性を探求し悟りを開いて輪廻から解脱しなさいという。一方、コトリ派においては生きている人間は完全な悪なのであって自分でなにをしようと善にはなりえず、禁欲なり洗礼なりを条件にして死んでからはじめて神様の愛によって救われるという。

 簡単にいえば、前者が自力でなんとかすべきというのに対して、後者は諦めてただただ神の愛に縋りなさいということだ。

 この差は大きい。

 こんなに発想の異なる禅宗から不殺生の教えをコトリ派の信者に解説した場合、どうなるのであろうか。

 小野少年は目の前が真っ暗になる思いにとらわれた。


 とはいうものの、目をキラキラさせているピートをいつまでも放置しておくわけにもいかない。小野少年は一応静寂尼に不殺生の意味を尋ねてみた。


「静寂尼様。仏の教えにいう不殺生とはいかなる意味ですか」

 静寂尼は頷く。

「ものの命とは生命すなわち仏性なり。不殺生とは生命すなわち仏性を毀損しないことを意味します」

 怪訝な顔をする小野少年を見て、静寂尼は続ける。

「小野殿はたぶん肉を食らわずとも米を食べ野菜を摂っている段階で植物の生命を奪っているのだから仏弟子は皆不殺生戒を破っているのではないかと疑問に思ったことでしょうね。でもね。確かにそれは罪深いことですが、我々の身の中にも仏があることを忘れてはいけませんよ。不殺生というのは、己自身も食べた他の命も仏性を現わすために活かす信念のことだと思ってください。我々は仏の道を歩むために、泣きながら食物をいただくのです」


 小野少年はうなだれた。

 コトリ派の教義とのすり合わせにはなんの参考にもならん。期待して尋ねた僕がバカでしたよ。

 しかし、困った。コトリ派では生きとし生けるものは皆悪の存在なのだ。だから食べること以外全て許容されている。動物虐待歓迎の宗派なのだ。だから、バードルフが言ったように解体に慣れているのである。

 小野少年は腹を括った。


『それはね。東方の聖人様がなるだけ殺生をしない方が救われると仰ったからだよ』

 

 聞いたピートら5人は目を瞬かせた。

 アッチャー。やってしまったか。小野少年は背中に冷や汗を感じた。


『そっかー。じゃあ、これからはなるべく殺さないようにしないといけないね』(ピート)『聖人様だけあって言うことが一味も二味も違うなあ。感動したよ』(バードルフ)『そっただか。なら帰りしなに罠サぶっ壊しとくべか』(ギャッズヒル)『うんだなあ』(ポインズ)『うんだ。うんだ』(フランシス)


 権威に弱い人は素晴らしい。無知蒙昧とは時として争いを事前に防ぐこともあると今日はじめて知った小野少年であった。



『塔まであとどれくらいですかね?バードルフさん』

 休憩したい。それに昼もだいぶ過ぎて空腹を感じる。

 30分程度歩いただけで疲れてしまった小野少年は先頭を歩くバードルフに声をかけた。

『うーん。もう見えてるよ。ホラ』


 たしかにバードルフの示す2キロほど前方の開けたところに建物らしきものが見える。しかし、あれは塔なのだろうか。建物の天辺あたりが崩れているようにみえるし、建物の高さもかなり低い。せいぜい3階立てくらいだろう。


 色んな疑問が渦巻くも、とにかく塔の魔女というのが敵になるおそれもある。小野少年は戦い前の腹ごしらえをかねてここで休憩をとることを主張した。静寂尼も昼食を摂ることに否やはない。静寂尼のいた世界は丁度一日二食から三食へ移行しつつあり、禅寺では激しい修業をする雲水たちのため点心を食する習慣があった。

 静寂尼が頷いたので、小野少年は早速、昨日三国湊で買った兵糧丸と水渇丸をみんなに配る。水渇丸には魚粉を混ぜているので静寂尼には兵糧丸だけである。

『美味しいね』『うまい』『うんだな』以下、略。

 三国湊の兵糧丸は諸国のよりも美味いと評判なのだ。酒と麦芽糖で味を整えているとも言われている。水渇丸の方は鯵や鰯を干したものが使われていた。


 腹を満たした小野少年は魔女に会いに行くべく一人気合をいれた。静寂尼もあとの5人も闘争を予期していないので、のんびりしたものである。

 塔の魔女は敵となるのかそれとも味方となるのであろうか。


 破られることを前提にした不完全な戒律守って誰得? 

 不殺生戒の存在理由については諸説あります。

 中でも代表的なのが、輪廻転生の思想と儒教の孝の精神が結びついたものです。つまり、人は皆転生するのだからアンタのお祖父さんやお祖母さんがそこいらの虫に転生しているかもしれない。とすると、アンタが今殺そうとしている虫はご先祖さまかもしれない。その可能性を無視することは目上に絶対服従の精神に反するのではないか、というものです。

 でも、それはもう仏教ではないでしょう。個々人の精神的救済を目的としている仏教に次元の異なる社会生活における価値秩序を持ち込もうとしている時点でアウトだと思うのですが。

 やっぱり、諸法無我とか縁とか慈悲で説明するしかないのでしょうかねえ。むずかしい。


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