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精霊防衛隊 2

   

  

       精霊防衛隊 2



 私は眼前で悔しがっている性転換した転生者ににこやかに話しかけた。

「さて、まずはもとの世界でのお名前からお聞きしようか。転生者どの」


「丸山修平。シュウヘイ・マルヤマ」

「わざわざ姓と名を逆にしなくともいいよ。こちらでも姓・名の順の国もある。プスタリアなんかもそうだ。お前のもとの世界でもハンガリーがそうだったはずだ。気にしなくていい、マルヤマ・シュウヘイどの。

 で、次の質問だが、マルヤマどのは転生直前はどんな人物だったのかな。それと、転生の状況と特にコチラの世界に送り込んだ存在について詳しく答え給え」

 アン少尉がメモを採る。


「僕は高校に進学したばかりだった。ごく普通の高校生だったはずだ。ある日、帰宅途中に車道で子犬がうずくまっているのを見かけて慌てて飛び出したらトラックに跳ねられて……」

 またこのパターンか。あちらの送り手はどうも異常なこだわりがあるらしい。

 普通、小動物を助けようとしたら車の往来くらい確かめるだろう。少数のうっかりものならいざ知らず、来る異世界人がたいていこのパターンだ。しかもトラック。送り手が仕掛けをしているのに違いない。


「気がついたら、僕は白い空間にいました。そこで、髭をはやした老人に『なかなか見どころのある奴だな。この世に再生させてやることはできないが、特別に別の世界で新たな人生を歩ましてやってもいいぞ。なにがしかのオプションをつけてな』と言われました。ライトノベルを読んでいた僕は喜んでしまって異世界転生を承諾しました」

「ちょっと待て。お前はおかしいとは思わなかったのか。不自然極まりない死に方をして家族とかと永遠に切り離されるのだぞ。普通、不審に思ったり、強烈な衝動を感じたりするんではないのか。それに、子猫や子犬を助けようとして死ぬような愚かものが特別視される訳がどこにあるのだ。様々に沸き上がる疑問からスッポリ抜けてしまうお前の頭はザルなのか」

「えっ、どうしてですか。可愛い子犬を助けようとするこころ優しい人間が評価されてしかるべきではないですか。疑いをもつなんてあなたの性格が歪んでいるんではないのですか」

 ダメだ、コイツ。完全にライトノベルとかいうものに洗脳されている。


「ま、まあ、いい。いいことにしよう。時間は有限だからな。次の質問だ。お前は何かやらかそうとしてただろう。そのことについてハッキリクッキリ話してもらおう。こちらには、お前がカブラスカという辺境の国へ行こうとしていたのは分かっている」

「ああ、特許のことですか。僕は転生前によくインターネットをしていましたから、その仕組みについて特許申請しようと思いついたんです。あのインターネットってわかります?」

 辺境の国では未だに特許の審査が雑で取得しやすいのだ。


「こちらは、そんなことは百も承知だ。お前たちみたいなのを何千何万と相手しているからな」

 

 転生者が調子に乗って話し出す前に釘を刺しておく。


 転生者は手軽に金を稼ごうと、もとの世界の知識をこちらの世界のことをろくに調べもせずに活用しようとする。

 だいたい転生者は十五才くらいの低年齢者だ。天才が混じっていることなんてまずありえない。あなぼこだらけのボンヤリとした知識をそのまま売りつけようとする。それらの知識は雑多で役に立たないばかりかコチラの世界での科学知識に余計な混乱を招く。

 その対策が先ほどコイツに手渡した青色のバッチだ。

 制限能力者を示す。要は、バッチを付けている者の科学的知識に関する発言はまともに取り合うな、というこの世界の住民に対する警告だ。青色のバッチをつけた者は特許申請ができなくなるばかりか、技術的なアイデアを売り込むこともできない。


「でも、勿体なくないですか。インターネットですよ」

「私はお前がどのくらいインターネットに詳しいか知らん。でも、お前がパソコンひとつ開発できないことは判る。通信のインフラを整備できないことも知っている。今、エルフランドではノイマン・ヤーノシュがスーパー・コンピューターの開発に成功しつつある。ザールラントから亡命してきたマーガレット・エンゲマンがサイバネティックス工学を発展させようともしている。

 お前がしようとしたことは、自分で考えついたのではなくたまたま知っていたもとの世界の知識を使って特許をとり他人の努力を利用してぼろ儲けしようとしたにほかならない。私はその根性が気に食わん」


 私はマルヤマの将来のために忠告した。

「よいか。今から言うことをその頭に叩き込んでおけ。転生時に何を言われたか知らんが、お前はこの世界では凡人のひとりにすぎない。決して特別な存在ではない。この世界で無責任に何かでかいことができると考えていたら手痛いしっぺ返しを食らうことになるぞ。

 しかもだ。送り手に騙されて、性同一性障害というハンディキャップまで背負わされている。これからは辛い人生を過ごすことになるんだぞ。よく考えて行動しろ」


 幸い、コイツには青色のバッチを手渡せた。バッチは、偏見からの程よい盾となってコイツを守ってくれるだろう。


 いつものことだが、現実を認識してうなだれている転生者を見るのは辛い。やるせない気持ちになりながら私は考える。


 あちらの世界の送り手は一体何を考えているのだろうか、と。




 この200年前くらいから、この世界には異世界から大量のヒトが送られて来るようになった。理由は今もって不明だ。

 厄介なことに送られてくる異世界人というのは大抵が勘違いをしているか妄想を抱えている。特に魔術が自由に使えるとか、身体能力が強化されているとかというものだ。

 確かに、この世界にも魔術を使える者たちはいる。精霊たちだ。そして、彼女たちの協力があれば異世界人も魔術を使うことができる。

 最初は精霊たちも突然別の世界に送り込まれた異世界人に深く同情して惜しみなく協力してあげていた。

 何しろ人里離れたところに送られてこようものなら、異世界人たちは火ひとつ起せずたちまち餓えと寒さで倒れてしまうのだ。こころ優しく根がお人好しのかたまりである精霊たちは異世界人たちを手厚く保護した。

 しかし、異世界人たちはすぐに図にのりはじめた。勘違いをしていて精霊たちの善意をどうしても理解できないのだ。精霊たちの協力を自分たちの権利かなにかだと思い込んでいる。

 異世界人たちは精霊たちの協力を自分たち同士の戦闘ばかりか、勝手に害獣扱いしたこちらの世界の生物の虐殺にも利用した。そればかりか、しまいには自分たちの気分次第でこちらの世界のヒトやエルフたちに力を見せつけるようなことまでして精霊たちを使役しはじめた。

 魔術は異世界人にとってもこちらのヒトやエルフにとっても大きすぎる力だ。利用を誤れば惨事を引き起こしてしまう。精霊たちは幾度となく異世界人に慎重さを求めた。しかし、少数のものを除いて異世界人たちは聞き入れようとしない。しかも、後から後から新たな異世界人が送り込まれてくる。

 遂に精霊たちも我慢できなくなり、この世界から魔術を封じた。ストライキをすることにして自分たちの協力を一切拒否するようになったのだ。これが今から100年ほど前のことである。


 精霊たちはこれで問題は解決したと思った。実際、ときおり現れる仲間のスト破り以外は、この世界から魔術の使用ができなくなっており、魔術など妄想過多の頭の中にしかあり得ないものとなっていた。

 だが、それだけでは足りなかったのだ。今や、問題は異世界人そのものの存在にある。

 毎日のように送られてくる異世界人の数は膨大なものだ。しかも、そのひとり一人がこちらの一般人には理解しがたい妄想を抱えているのだ。社会問題にならない方がおかしい。


 異世界人はほとんどが低年齢層で占められている。必然的に人との交際の仕方も知らない。もとよりこちらの生活習慣、文化といったものにも馴染みがない。働く意欲があっても能力がない。こちらの世界では浮いた存在であって、彼らは疎外感に苛まれている。


 仕方がない。


 社会不安が悪化しないうちに対処すべく、こちらの世界の為政者たちが多国間条約を結びそれぞれの国で国内法を定めて彼らを保護することにした。

 そして、それらの様々な保護政策の組み合わせにより一応、社会問題の悪化に歯止めがかかるようになった。


 するとどうだろう。今度はあちらの世界にいるらしい異世界人の送り手が送る手段を変えてきた。

 これが転生である。しかも、もとの性別を変えて送り込んでくるという凝りようだ。


 転生はやっかいである。何といってもこちらの人間には異世界人であるかどうかわからないのだ。対処のしようがない。


 転生者は成長してから突然社会を混乱に陥れるようなことを必ず仕出す。まるで時限爆弾のように。これで、また新たな社会問題が生じたのだ。


 過激な為政者などは親に子供の言動を監視させ転生者であるとの密告を義務づけようとさえした。


 そこで、困り果てた精霊たちと亀との要請で私が呼ばれたのだ。


 しかし、私も困った。なんせ私は全体主義の教育しか受けていない軍人だから政治やらなんやらはわからない。

 とりあえずメラリアの隣国ザールラントにあった親衛隊という組織を真似て保安局と秘密警察を作ってみた。こちらでは親衛隊ではなく防衛隊という。構成員はすべて精霊たちだ。精霊は元来ヌーディストなのだが、真っ裸のままでは外聞が悪いのでメラリアから赤シャツ隊の制服を購入してもらうことにした。


 空色のケピ帽。黒の長靴に褐色の乗馬ズボン。赤シャツに銀のバックルのついたベルト。

 



 


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