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私の時代が来た!10

 私の時代が来た!10


 王宮に居座るスーパーウーマンたちもひとり抜けてしまって面白くなくなったのか、カード遊びをやめてしまった。

 長椅子に座り直してイチャイチャを始める。


「ああ。このマシュマロのように白くてやわらかい手首。少しポッチャリとしてとてもセクシーだ」

「あら。手首だけ?それも何となく一般の基準から逸脱しているようなほめ方が気になるわ。うちには他に褒めるとこないんか?ダーリン」

 嫁の手首をニギニギしたり唇を這わせたりするのに忙しいもと野球選手がいやらしく目を細めてみせる。

「おう。そんなに責められたいんか?どこや?オッチャンがどこでも念入りに責めたるぞ。うん?

 顔か?その形がいいくせにツンとして可愛い、小んまい鼻か?見ているだけで指がつまみたくてウズウズしてしまうやないか。

 それとも、息吹きかけたらゾクゾク反応する耳か?びろーんと引っ張ったろか。もーあかん。甘噛みしたろ。

 うう。何という、罪な女や。男を手玉に取る小悪魔め!」

 急に関西弁になったのは嫁が喜ぶと知っているからである。


「あーん。ダーリンのイケズ(意地悪)」

「ほれ。喉もこちょこちょしてやろう。嬉しいやろ」

「にゃー」


 周囲には絶対理解不能なバカップルの世界が展開していく。

 だが、そばにいるエンセンカはバカップルなどに構っている余裕はない。

 さっきからどんなに声を掛けようと従僕の返事がないし、呼び鈴を鳴らしても侍女頭が駆けつけてくる気配がない。


「おかしいわ」

「無駄やで。この部屋にいるもん以外、皆、息を止められたわ」

「ヴァス!?(なんですって!?)」

 もと野球選手とふざけ合っているスーパーウーマンの言葉にエンセンカが驚く。


「どうにも厄介な連中が続々とここに集まって来てるわ。

 ゲンセンカ以外の、招かれざる客というやつやな」



 扉が静かに開く。

 少しばかり踵の高い洒落た靴を履いた、黒革のコートを羽織った女性がポニーテイルを揺らしながら入ってくる。


「グット・イブニング。マイ・クイーン。

 少しここでひとを待たせてもらいますね。

 わたしは仕事は静かにするのが好みでね。仕事中の雑音が嫌いなの。少しばかり目障りな連中を黙らせましたけど、構いやしないでしょう?

 あなたもよく処刑しているみたいだし」

「!?」


 エンセンカが言葉を発する前に今度は部屋のカーテンが燃え上がり、隅の床が白くなって溶け出す。

 輝く魔法陣の中からコンパクトを開けて顔を直している美女が現れる。


「グーテン・ナハト。ジー・ハイネス。

 あら!怯えちゃってる?可愛らしいわね。

 でも、安心して。少なくともわたしはあなたのファンなの。殺すようなことはしないわよ。

 あなたの、必要がないという理由で簡単に人を殺しちゃうところなんか、好感度満点よ。ご同輩の首切り役人さん」

「……」


「エンセンカ。そいつらはマリアカリアという異世界の精霊の仲間やで。

 解放軍とは関係なしに、後からここへやって来る静寂というやたらと強い尼様に文句があるそうや。

 大人しくしとったら、あんたに暴れたりはせえへんのと違うか。たぶんやけど」


 もと野球選手と抱き合っているスーパーウーマンが注釈を入れる。


「失礼ね。そこのちっちゃい女(スーパーウーマンは背が159センチしかない。この物語の女性の登場人物の中では低い方である)。

 わたしは猪女とは休戦協定を結んでいるだけなの。仲間ではないわ。この世界から出て行くまでは協力者という立場。外へ出れば、殺し合いをする敵同士なのよ。

 そこのところ、間違えないで欲しいわね。

 ああ、そうだわ。自己紹介がまだだったわね。

 わたしは『大魔女』。

『天才』とか『美女』とかと呼んでくれてもいいわよ。そのとおりだから」

「……」


「自己紹介は終わったわ。何で、鳩が豆鉄砲を食らったような顔しているのよ。

 もう何もないわよ。

 こういう時、安っぽいハリウッド映画なんかでは『ウエル。ウエル。ウエル』とか言いながら楽しい宴席へ乱入して呪いをかけたりするんでしょうけど、ギャラももらえないのにそんなバカバカしいことはしないわ。わたしは」


「その女性が名乗らないのは、真名を知られると致命的だからだ。

 現在の仮の名はサラ・レアンダー。

 その前のナチス時代の名前はヒルデ・レアンダーという。

 もとナチス親衛隊員。

 親衛隊員は普通、武装親衛隊員を兼ねることができないけれども(逆はある)、彼女はユダヤ人や劣等種とされた人々を虐待し医療分野に貢献したとして名誉指揮官に任命され、当時は少佐の軍服を着用していた。

 サディストであり、実際、大量に人を殺してきた危険な魔女だ」

「ふん!」


 もと野球選手がセルマから仕込んできた情報を披露すると、アリステッドが鼻を鳴らす。否定はしない。


「ついでにそちらの女性の紹介もしておくと、名前はエスター・ガラハト。

 よその世界で7000年以上活動している、極めて危険な精霊だ。『殺し屋』の異名を持つ。

 直接手を下した被害者の数は10万や20万では効かない」

「ここ(王宮)でも534人をあっという間に殺した異常者や。コイツにとっては女や子供も関係あらへん。

 なんで無抵抗の侍女を皆殺しにする必要があるのか理解不能や」


 もと野球選手とスーパーウーマンが口々に非難するが、エスターの表情になんの変化もない。


「不満があれば止めに来ればよかったのに。そうしていたら、もちろん殺して差し上げましたが。邪魔者は完全に排除する主義ですので」


 ポツリと呟いた。


「猪女というタガが外れているから、わたしたちを怒らすと怖いわよ。チビ助」

「ダーリンがそばにいるから、うちはやり合うつもりはない。静寂尼とあんたらのやりとりを大人しゅう見学させてもらうわ。まあ、頑張り」

「そう。そんなにわたしの華麗なやり込め方を目に焼き付けたいというのなら見学していてもいいわよ。

 見学料はタダだけど、あとで感想は述べなさいよね」


「何しに来たの?あなた方は」

 エンセンカがようやく口がきけるようになった。


「何って、セイジャクとかいうシスターをぶち殺しに来たのよ。

 あのシスター、セルマを封印から解放して無理やりよその世界へ追放したのはいいけれど、猪女まで消しちゃったのよ。

 わたしは猪女から報酬として仙人の転移符(マリアカリアが林青蛾たちから協力の代償としてもらったもの)までいただいたのに、これじゃ、協定の履行ができないじゃないの。

 頭にきちゃうじゃない!わたしは大魔女だから絶対に約束は守るのよ。

 ついでに言っとくと、こちらのエスター中尉も上司がいなくなって仕事が完遂できない上、元の世界に帰るに帰れないから、かなりおかんむりなのよ!」


  *         *         *         *


 老将軍のもとから報告にやってきた若い少尉は王宮前広場に誰もいないことに困惑した。

 ここには王宮警護隊がロル少佐の運んでいけなかった20門の大砲に散弾を詰めて最後の防衛線を形成しているはずなのに。

 広場は人っ子一人おらずに静まり返っている。


 そんな戸惑う少尉の耳にコツコツという長靴の立てる音が近づいてくる。


 篝火で姿が見える。

 赤毛の女性だ。赤シャツに同色のネクタイを締め、褐色の制服に銀のバックルのベルトをしている。


「そこのボクちゃん。こんなところにいたら危ないよ。

 あっ。将校さんか。

 わたしは精霊防衛隊エリザベス伍長であります。貴官に即時退避を勧告するのであります」

「いや。僕はどうしても王宮に報告しなくては」

「そんなことはわたしの知ったことではありませんが。

 わたしの言っているのは、ほら、上のことであります」

「えっ!?」


 若い少尉は上を見て唖然とする。

 真っ黒い空を黄金の翼の巨大生物が悠々と旋回している。

 体長がゆうに30メートルくらいありそうな、下半身がウロコに覆われ蛇の形をしている、全身に黒と白の模様がある灰色の女性。頭の上には髪の毛の代わりに大蛇がのたくっている。


「グルルルルるううー。エ、エリザベスさんね。お久しぶり」

 巨大生物が律儀に挨拶をする。


 ドッスン


 メデューサが巨体を広場に着地させると地響きがする。

「じ、邪魔だわね」

同時に、彼女は広場に置かれている無人の大砲の群れを尻尾でひと薙にした。


「メデューサさん。どうも。お久しぶりです。

 そのお体に変身すると、発音しにくいのですか?声が以前のと大分変わっていますよ」

「し、舌がなんだか長くなって喋り辛いの。ヘイパイストス様にお願いして発声器、頂けないかしら」

「そうですか。お師匠さまに頼んどきます」

「わ、悪いわね」


 風圧に吹き飛ばされた若い少尉は身体をガクガク震わせた。


 そこへようやくゲンセンカたちの疲れきった足音が響いてくる。



「メデューサさんは、セイジャクさんに対してどうするつもりですか?」

「と、とりあえず、お話し合いね。じ、事情の説明を聞かなくては」

「わたしは取り敢えず殴ります。大尉殿の言う肉体言語の話し合いです」

「そ、そんな乱暴な。お、女の子として間違ってますよ」

「大尉殿が言うには、暴力はとても優れた感情表現なのです。ユー、ヘイトなのです」

「……」


 メデューサにはマリアカリアに対して恩がある。マリアカリアは酔っていたとはいえ、アテナイの呪いを解き、自分をもとの黄金色の髪の乙女の姿に戻してくれたのだ。


 彼女は恩人をひどい目に合わせたセイジャクに事情を聞き、場合によっては制裁を加えるつもりでいる。

 ただ、マリアカリアの直情的な行動というかジャイアンティズムについては周りの女性たちに対する悪影響ぶりから好ましいものとは思えない。彼女は繊細な乙女なのだ。



 広場には王宮の中からの静寂尼を待つアリステッドの歌声が響いてくる。


 ♪ほら、サメって奴には、そのツラに


  牙がズラリと並んでいるだろ


  マクヒィスの得物もドスなんだ だけど


  そのドスを見たことある奴はいないんだとさ


  さて、サメのヒレなら


  返り血浴びれば真っ赤に染まるが


  ドスのマックは手袋している


  そいつにゃシミの一つもないんだぜ


  ある晴れた日曜日のことさ


  浜辺に死体が転がってたのさ


  角を曲がって消えた男がいたんだが


  そいつはドスのマックにそっくりらしい……


(クルト・ワイル作曲 オペラ『三文オペラ』から『マック・ザ・ナイフ』ドイツ語訳より)


 久しぶりにブレヒト・ソングを聞きました。

『マック・ザ・ナイフ』はアメリカでジャズ調に訳されたものが有名ですが(ルイ・アームストロングやフランク・シナトラなどビッグ・スターたちが競って歌っている)、英語訳には恋愛の要素が含まれ、ドイツ語版のようなピカレスクさが希薄になってどうも好きになれません。

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