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私の時代が来た!8

 私の時代が来た!8


 シュトラッペン将軍の騎兵連隊は王宮に近い石畳の坂道の上で待ち構えていた。

 坂道自体は馬が8頭も横に列べばいっぱいになってしまうくらい狭いが、坂の上は丁度、円形の広場のようになっていて、その真ん中には騎士の像の建っている噴水兼街の給水所がある。

 将軍は連隊を噴水を囲む石のブロックの裏に潜ませ、騎士の像には物見を登らせた。

 坂道は下る方から見て右に湾曲しており、物見からは建物が邪魔して坂道の上り口は見えない。もっとも、そこから東南の門へ伸びている道は直線であり、月明かりに白く浮き上がるその道を俯瞰できる。


 やがて下の方から大勢の馬の蹄や人の足音がうるさく響いてきた。


「将軍。解放軍が坂道の上り口に接近中です。数は確認できませんが、おおよそ2000以上。

 上り口まで300メートル接近。……250メートル。……200メートル」

「第一大隊、第二大隊は突撃準備。合図したら一気に坂を駆け下って押し潰せ。

 第三大隊は下馬したうえ、近接の民家の屋根の上に登り射撃準備にはいれ。

 あと、騎兵砲(砲身の短いラチェット四斤山砲)は榴散弾を装填して坂の下の邪魔な民家に照準をつけろ」


 将軍は刺し違えても解放軍の進軍を阻止するつもりで時を待った。夜が明ければ王都周辺の城塞都市から増援が駆けつけてくる。それまでは何としてでも粘らなければならない。

 将軍の前で列を組んで突撃の合図を待っている騎兵たちの槍の穂先には自分たちの愛する女性が作った白と赤のリボンが結ばれている。守らなければならない者のいる彼らの士気はいやがおうでも高まった。


「100メートル。……50メートル。……坂の上り口に到達!そのまま登ってきます!」

「よし。今だ。攻撃しろ。

 シュトルム大尉(第一大隊長)。突撃だ。

 騎兵砲は発砲開始。視界を遮る建物を撃ち崩してしまえ」

 物見の報告に将軍が攻撃の合図を出す。


 将軍の命令を受けてシュトルム大尉が叫ぶ。

「チャージ!」

「「「はいやああああ!!!」」」

 部下の雄叫びがそれに続く。


 ゆるい坂道は200メートルほどしかない。その狭く短い坂道を5,6頭づつ、長い長い列を作りながら槍を構えて駆け下りていく。先頭がとうとう坂の上り口へ到達してしまってもまだ列が切れない。



「退避!散開!」「進むでない!戻って脇の民家へ散らばるのじゃ!」

 先頭の集団の中ほどにいた向漣漣と林青蛾が制止の叫び声を上げる。闇夜では手で合図しても味方に見えにくいためリスクを冒して大声を張り上げるしかないのだ。


 内功に優れた向漣漣と林青蛾は夜目が利くうえに軽い気を周囲に放って音響ソナーのように状況を正確に把握できる。一瞬でシュトラッペン将軍の意図を読み取ることができた。

 だが、今回は少しばかり判断が遅すぎた。

 二人より先へ行っていた集団は坂の上から濁流のように襲いかかってきたシュトルム大尉たちによって簡単に蹴散らされた。200は騎兵の槍の餌食になったことであろう。そのうえ、仰角をいっぱいに上げた騎兵砲の砲弾が着弾し、粉砕された建物の破片に巻き込まれて十数人が一度に犠牲になった。


「向妹!押し返すのじゃ」

 林青蛾が向漣漣に声をかけると、彼女は頷いた。今度は彼女たちの反撃が始まる。


 向漣漣はフレイルを風車のように振り回し、鎖で繋がれている鉄球を自在に操って向かってくる騎兵たちを打ち倒す。自身の連銭芦毛の若駒をそれよりも体格のいい騎兵たちの馬の間へ割り込ませ、フレイルの柄で騎兵たちの頭を薙ぐ、打つ、突く。

 いずれも内功の込められた強打であり、当てられた相手の頭は道端に落ちた熟れたザクロのようにはじけ飛ぶ。


「化物が!」

 槍を捨ててサーベルを引き抜いたシュトルム大尉が討ちかかってくるが、向漣漣は余裕綽々といった面持ちで柄から離した左手で掌底をくらわした。シュトルム大尉は馬からぶっ飛んで民家の壁に激突する。


「雑兵どもは妾に任せるがよろし。向妹。お主は坂の上でふんぞり返っている大将首を掻いてくるがよかろ」

「わかった!」


 林青蛾が内功を込めた飛針で騎兵たちを重機関銃のように薙ぎ払い、向漣漣の援護をする。

 坂の下の上り口まで到達した第一大隊の騎兵のうちで今も騎乗できているものはいない。すべて地面に伏して意識を失っているか死体となっていた。


 向漣漣と林青蛾のふたりは奔流に逆らう小舟のようにジリジリと坂道を上っていった。



 坂の上ではようやく第一大隊の最後部が出発した。それから5秒経ち、今度は第二大隊長ヘボン少佐が静かに指示を出す。

「並足で下っていけ」

 彼はよもやたった二人の騎乗の女性が並み居る第一大隊の騎兵たちを打ち倒しながら坂を上ってきていることを予想もしていなかった。



 その頃になってようやくポランスキーとゲンセンカが足の遅い集団をまとめながら坂の上り口へと到着した。

 ポランスキーは混乱した先遣の集団に指示を出しながら、石畳に円形の底板を設置して迫撃砲を組み立てさせる。


 発射の反動はすべて地面に吸収されるから、大砲と異なり、迫撃砲には駐退機は要らないし、台座もない。また、発射後に(設置位置が変わらないから)照準を合わせ直す必要もない。ゆえに、迫撃砲では速射が可能である。ポランスキーの迫撃砲でも1分間に20発、連射できる。


「設置完了!」

「目標、坂の上。距離160。いや170メートル」


 ポランスキーの迫撃砲は仰角45度の固定脚であり、射程距離の調整は筒の底をすぼめたり広げたりしてガス圧を上下させることでする珍しいタイプのものであった。ライフルが施されており、砲弾には安定翼がなく胴体に銅線が巻きつけられている。また、発射は拉繩を引き底の撃鉄を落とすことで装薬の信管を撃って行う。


「ファイアー!坂の上に各々5発着弾するまで発射を止めるな!」


 並べた50門の迫撃砲から榴弾が次々に発射されていく。


 初弾が林青蛾たちのすぐ前のところへ落ちた。

「危ない!味方に誤爆ではたまらぬぞよ」

 有効半径20メートルの爆風に煽られ、林青蛾が金切り声を上げる。


 相手の騎兵砲3門もようやく装填が終わり、坂の上り口に向けて再び発砲する。

 ヒュっという短い音につづき、下腹部に堪える重い爆発音がする。

 幸い、ポランスキーたちは直撃は免れたが、すぐ横の民家の2階部分より上が吹っ飛ばされた。崩れてきた壁と木材の破片を周囲の兵士たちが頭から被る。民家にいた住民は多分即死だろう。一階部分も埋もれており、中の人は生き埋めである。


 やがて迫撃砲からの着弾も修正されて前方へ進んでいき、坂の上を直撃し出す。

 民家の屋根が吹っ飛び、小銃を構えていた第三大隊の騎兵たちが肉片となる。噴水の裏に繋いであった馬たちのうえに直撃して砲弾の破片でズタズタになる。騎士の像が倒れる。制圧射撃で騎兵砲も沈黙を余儀なくされる。

 坂の上の将軍たちは爆風で伏せの姿勢から顔も上げられない。


 一方、ヘボン少佐は第一大隊の最後尾に迫撃砲の初弾が直撃したのを見て、グズグズしていては危ないとして突撃の命令を出す。

「チャージ!」「「「うららららああー!!!」」」「プップッカー。プップッカー(突撃ラッパ)」

 混戦状態の林青蛾たちのところへ覆いかぶさるように突撃を敢行する。


 その結果。

 人馬が折り重なるように倒れ、そのうえを騎兵が乗り越え、さらに続々と後方から猛烈な勢いで騎兵の集団がぶつかってくる。

 人馬の将棋倒しである。

 骨を砕かれた人馬の苦鳴。圧死させられる直前の騎兵の絶叫。

 阿鼻叫喚の地獄がそこに展開された。


 やがて雪崩のような将棋倒しは坂の下まで流れてきて、圧死した人や馬のかたまりがバリケードを形成することでようやく勢いが削がれ、止まった。将棋倒しはポランスキーの設置した迫撃砲の一部まで倒していた。


「なんということじゃ!」

 軽功を使って民家の屋根まで飛び上がった林青蛾と向漣漣はあまりの惨状に目を見張った。

 誰も彼もが言葉を失っている。


 だが。


「こんなところでグズグズしている余裕はないわ。進むのよ!王宮は目の前!朝になるまでに王宮に旗を立てるのよ!」

 ゲンセンカが羅刹女の形相でエスパダ・ロペラのように手覆いの美しいレイピアを振り回しながら味方に喝を入れる。


 彼女は将棋倒しで下敷きになった死体や未だ苦鳴を上げている負傷者のうえを平然と馬で乗り入れ、坂を駆け上がっていく。




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