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私の時代が来た!7

 私の時代が来た!7


 王都東門守備隊長ルッツ大尉は城塞都市クシャナで一斉に鐘が鳴らされるのを聞いて即座に異変が起こっているのを察した。彼は詰所ですぐさま当直の下士官たちに指示を出し始める。

「曹長。守備隊員の非常呼集をしろ!

 貴様と貴様は王都守備隊旅団本部、王宮警護隊、憲兵隊本部、各王都の門の守備隊、あと内務省にクシャナで異変が起こっていると至急伝えろ。騎馬でいけ。のろのろするな!

 守備隊員が集まり次第、偵察隊を編成してクシャナへ向かえ。ノルン伍長。貴様が偵察隊の指揮を取れ。(異変が解放軍の攻撃であったら)時間がない。ロース。ロース。ロース(急げ。急げ。急げ)」


 さらに、彼は近くの酒場から樽や馬車を徴発して東門の内側にバリケードを築き始めた。

「間に合えよ。なんとしてもここで食い止めるんだ!」


 ルッツ大尉が焦るのも無理はない。エンセンカは王都を取り囲む城塞都市群を最終防衛線と定め防御を強化していたが、王都自体には何の防御も施していなかった。もし解放軍の侵攻が本当であったのなら、王都侵入を阻むのはこの頼りない城門と守備隊400名以外にないのである。

 しかも、ゲンセンカが予想したように現在王都に駐留している兵力は王都守備隊旅団約4000と少ない(旅団の定数は本来6000を上回るはずだが、王都では治安維持にしか役立たないとして一個連隊が抽出され前線に送られていた)。その他、憲兵が約1000ほどいるにはいるが、武装の近代化がなされておらず、しかも旧式の鎧などの装備も普段の巡邏に邪魔だということで詰所の倉庫で埃を被っている有様で緊急時には役に立ちそうになかった。


「隊長殿!いま、クシャナからの伝令が飛び込んできました!」


 肩に大きな傷を負った兵士が詰所へ担がれて入ってくるなり叫びだす。

「大尉殿!クシャナは、クシャナは解放軍によって占領されました!

 軍司令官ルド・ダ・ケンプ少佐は戦死。指揮を継いだダラム大尉は抵抗むなしく捕虜に。城代シセロ・ダ・ナパン子爵およびムンケ公の軍事顧問団の方々については生死不明であります」

「やはり、そうか。ご苦労。君は救護室へ行って傷の手当てをしてもらえ」

 ルッツ大尉は予想が当たってしまい、唇を噛んだ。

「おい。偵察隊の出動は取りやめだ。貴様らもバリケードの強化を手伝え。構わないから近くの民家から椅子やテーブルなどを持ち出してきて積み上げろ!時間がないんだ!」

「大尉殿。増援は来るんでしょうか?」

「バカ!そんなもの期待するな。自分たちで何とかすることだけを考えろ!」


 ルッツ大尉は不安を隠そうとしない曹長を叱りつけた。



 夕食後1時間で床につく王都守備隊旅団長ハンス・ダ・シュトラッペン少将は東門守備隊からの伝令により叩き起された。

 彼は無能を嫌うエンセンカの粛清を免れた貴族出身の将軍であり、報告を受けると直ちに副官たちを呼びつけ、軍の出動を命じた。


「コルネット(少年ラッパ卒)に市中を回らせて騎兵を呼集させろ!

 あと、本部からできるだけ人数を出して王宮前広場へ行き、置かれている大砲をペールシュトラス墓地の高台へ移動させろ。門を破って侵入してくる敵兵に砲撃を食らわすのだ!指揮はロル少佐、貴公がとれ」

「「ヤボール(承知しました)!!」」


「あなた」

 妻のアンナが将軍のサーベルを捧げ持ち、心配そうに佇んでいる。

「大丈夫だよ。アンナ。

 解放軍など所詮素人の集まりだ。わしが騎兵を率いてサーベルをガチャつかせてやれば、怖気づいて逃げるに決まっとるさ。ハハハハ」


 妻に気休めを告げるものの、老将軍の内心はまったく違っていた。最後の別れになるやも、との思いで妻の額にキスをする。


「では、行ってくる」


 彼は覚悟を決めて旅団長官邸の玄関をくぐる。


 

 騎兵将校などという人種は、平時においてははっきり言って社会のお荷物でしかない。女性を口説きながら酒を飲んでいるか、将校クラブで賭け事をしながら酒を飲んでいるか、それとも何もしないで酒を飲んでいるか、あるいは決闘騒ぎを起こして酒を飲んでいるか、そのいずれかでしかない(マリアカリアなどに聞けばよくわかる)。

 だが、彼らは非常時になると生き返る。馬を乗り回して蛮勇をふるい、サーベルでひとを切りつけることに無上の喜びを感じてしまうのだ。

 今、騎乗のコルネットが非常呼集のラッパを吹きながら市中を駆け巡っている。


「そら。呼び出しだ!ひと働きできるぞ!」

 女性と同衾中であった者もズボンのサスペンダーを肩にかけるのももどかしく喜び勇んで飛び出していく。酔いつぶれてうたた寝していた者も水をかぶって酒場の戸口から飛び出してくる。

 目指すは騎兵連隊の屯所である。そこには彼らの愛馬が首を長くして待っている。



 やがて参謀本部から王宮へ事態の報告に使者が差し向けられた。だが、従僕から直接の女王への報告は拒否される。

「陛下はただいまご就寝中でございます」

「馬鹿な!非常事態ですぞ。王宮警護隊の出動も必要かもしれんというのに!」


 エンセンカは就寝中ではない。1週間前から王宮に居座り続けているスーパーウーマンともと野球選手によって監禁されており、ルメイ以外誰とも面会できない状態が続いているのである。ゴジム伯爵もうかつに手が出せない。


 エンセンカは今、スーパーウーマンたちとトランプのババ抜きをしている。


「うん?とうとうゲンセンカが王都へやって来たみたいやな」

 スーパーウーマンが透視のできる目でもと野球選手のカードを睨みながら引くカードを迷っているフリをする。

「「エエっ!?」」

「嘘、ちゃうよ。うちの耳は地獄耳やから聴こうと思うたら20キロ先まで聴こえるんやで。

 ついでに言うとくと、ゲンセンカは4000ほどの手勢を率いて東のクシャナから来たみたいやけど、用心して東門へは行かずに東南の門の方へ回ったなあ。なかなかの策士やなあ、彼女」

 それを聞いてエンセンカが慌てて立ち上がる。

「(外の従僕に対して)誰かいる?

 シュトラッペン将軍に至急東南の門に向かうよう伝えなさい!

 それと、王宮警護隊に王宮前広場周辺に篝火を焚かさせなさい。広場にある大砲には散弾を込めさせていつでも発砲できるように準備させるのよ!」


 扉の向こうでは従僕の返事をする声がする。


「広場にはもうロルとかいう少佐が来とって墓場の方へ大砲を移動させようとしとるで」

 スーパーウーマンがリアルタイムの情報をイライラしだしたエンセンカに投げかける。


「もう何やっているのよ!

 どうしよう?どうしよう?

(妹を)あれだけ追い詰めたのに!もうちょっとだったのに!」


 エンセンカはトランプを放り出し部屋の中をぐるぐると回り始めた……。



 東南の門の守備隊長はルカード大尉であった。彼はルッツ大尉のように門の内側にバリケードを築かせるのではなく、門の外に多数の篝火を焚かせたうえ城門の上に小銃を持った兵士たちを登らせていた。

 

 ゲンセンカ側の先頭の騎馬が見えると、彼はすかさず発砲を命じる。

「ファイアー!」


 4,5人の騎乗の兵士たちがもんどりうって馬ごと倒れる。


「怯むな!手榴弾で(城門の上の敵を)掃除しろ」

 誰かの指示が飛ぶ。


「任せて!」

 フレイルを小脇に抱えた向漣漣が馬を城門へと突進させる。そして、3本一度にヒモを引いた手榴弾を宙に浮かしバットよろしくフレイルの柄でかっ飛ばした。

 時間もぴったりに城門の上で手榴弾が爆発し小銃を持った兵士たちが一掃される……。


「曲芸か!?ありえんことをする」

 見ていたポランスキーが唖然とするが、周りは気にしない。好機とばかりに棒の先端に爆雷をくくりつけたのを担いだ兵士たちが城門に向かって走り出す……。


 すぐさま城門は轟音とともに大きな口を開けた。


「突入!突入!

 前を邪魔する敵以外は捨て置いて遮二無二、王宮を目指すのよ!」

 騎乗のゲンセンカが剣を振り回し声を枯らす。


 爆風で跳ね飛ばされていたルカード大尉が尻餅をついたまま指揮棒を振り下ろす。

「ファイアー!」

 城門の裏にいた指揮下の3列横隊が発砲しようとするが……。

「させるわけなかろ」

「「「アガががが!!!」」」

 いつの間にか突入の最前列に来ていた林青蛾が飛針で150人ほどの敵兵を重機関銃のように掃射していく。


「またありえないことが起こっている……」

 非現実的な光景を見てポランスキーは再び呟かざるを得ない。


 やがて勢いづいたゲンセンカたちは迫撃砲弾を満載した荷馬車をも残さず連れて東南の門を突破する。

 ゲンセンカたちは4000もの軍勢であるが、そのうち小銃を持っているのは1200ほどしかいない(もとは837丁しか持っていなかったが、クシャナで400丁ほど鹵獲した)。

 ゲンセンカがあえて夜間戦闘に臨んだ理由のひとつに敵にこの貧弱な武装ぶりを覚らせないことがあった。


 

 一方、ペールシュトラス墓地に32門の大砲を設置したロル少佐は王都の各城門を監視しており、すぐに東南の門で戦闘が行われているのに気づく。

「目標、東南の門。距離1890メートル。

(大砲の旋回と照準合わせを)急げ!」

 髭を震わせ部下を叱咤する。


 ところで、ラチェット四斤砲は前装砲であり、装填にかなりの時間がかかる。また、光学式照準器などはついておらず原始的な照準合わせをするしかない。仰角を決めるのもハンドル操作で正確にするのではなく、両脇に二本の棒を添えて経験と勘で行うものであった。つまり、なかなか狙い通りには命中しない。さらに厄介なことに駐退機がついていない。一発発射すれば大砲はガラガラと4,5メートルほど後退するため、一から照準合わせをし直さなければならない。

 だから、ロル少佐がラチェット四斤砲で夜間、(付近の民家の炎上や篝火などの照明があるとは言え)高速に移動を続ける標的を補足することは困難を極めた。


「初弾が勝負だ。よく狙え。ファイアー!」

 ロル少佐はもう少し東南の門の守備隊が粘るものと期待していたが仕方がない。彼は砲撃を命じた。


 ラチェット四斤砲の榴散弾が飛来する音は意外に小さい。

 ヒュっーという短い音ともに着弾する。


 大きな爆音と閃光がして石畳の通りの右側の商家の建物が軒並み崩れ落ちる。

 ゲンセンカは馬の上で思わず身をすくめるが、すぐに上体を起こして叫ぶ。

「走れ!走れ!走れ!先頭を行く騎乗の者たちの腰には火縄がついているからその明かりを頼りにひたすら進め!」



 東南の門を突破したゲンセンカたちは、やがて王宮手前の両脇に商家の建ち並ぶ石畳の坂道でシュトラッペン将軍率いる騎兵連隊と激突する……。



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