私の時代が来た!6
私の時代が来た!6
「……前の世界では俺は子供の頃からヒーローだったんだ。野球が好きで熱中してたら、リトルリーグ入りして試合では大活躍。高校の野球部でもそれは同じ。プロになっても同じ。
みんな、褒めてくれた。拍手してくれた。俺の活躍を喜んでくれた。ファンからサインをねだられたし、大金ももらった。テレビに出演したこともある。俺も嬉しかったし、みんなも喜んでくれた。
だから、……ヒーローをやめられなかった。この世界でも俺はヒーローで有り続けたかった。
セルマに利用されているのはわかっていた。
でも、彼女は最初、エルフに捕まって散々ひどい目に合わされた挙句、嫉妬に狂ったヒト族の女に封印を解いてもらえたかと思えば、すぐにヒト族の裏切りにあって再封印されたかわいそうなひとだった。同情して助けるのがヒーローとしての義務だと思ったんだ」
「ハッ。悪者にいじめられている囚われのお姫様を救出するヒーロー気分でいたということかしら。
とんだヒーローもいたものね。
あのセルマが本当に感謝するとお思いになっていたの?何千年も閉じ込められて恨み骨髄に達している、あの精霊がそんなしおらしいことを思うわけがないじゃありませんか。
あなたはヒーローじゃなくて、大マヌケのただの野球バカさんですわ」
「俺はあんたに話しているんじゃないんだ。少し黙っていてくれ」
もと野球選手は縛られているエンセンカに馬鹿にされてむすっとした。嫁であるスーパーウーマンはエンセンカの座っていた長椅子(硬い玉座を嫌うエンセンカは謁見の間でも長椅子を用いていた)を占拠して、目をつむり腕を組んで黙っている。
「……とにかく俺はセルマに同情した。それに、地下都市で骸骨のロボットになったもと古代エルフにも会い、封印から解放されたセルマがヒト族の大虐殺をしないとの保障も得た。
それで、俺はセルマのために今まで働いていたわけだが、3か月前、北の城塞都市で古代の転移陣を発掘していた時に取り返しのつかないことをやらかしてしまった。発掘自体はセルマの指示だったんだが、俺を監視していたピクシーに先回りをされていて、代わりにカプセルに入った植物の種子を掘り出してしまった。おかげで、5万人もの住民が死んだよ。俺は転移陣を使って住民を避難させたかっただけなんだ。
なんでそうなったんだ!ヒーローになるはずのつもりが大虐殺者になってしまった。その後もひどい。怖くなった俺はすべてをヘイパイストスINCのせいにして毒ガス弾の噂をばらまいて真実を隠そうとした。
ヒーローどころかただの下衆だ。俺は。
そういうことから、贖罪のつもりでセルマがいなくなった今日でも活動をしているというわけさ。冷血な女王のところへ来るのは怖かったんだが、過去を振り返るとどうしてもやらなくちゃいけないという気持ちになったんだ。殺されても自業自得だし」
もと野球選手は一旦口を閉じ、口を湿らせた。
「今までにもう人は散々死んでいる。数え切れないほどに。
ここの女王が妹との戦争をやめれば一応この世界の戦火はおさまる。ムンケの大軍はまだ南下していないから、女王が戦争をやめればムンケも南征の口実を失い平和が保たれるはずだ。(女王が戦争をやめさえすれば)この世界はようやく平和を取り戻せるんだ。
ルメイ君も同じ考えだった。それで、俺たちは戦争をやめるよう女王に陳情しに来たというわけさ」
「僕ひとりだと勇気が出なかった。だけど、タナカさんがいてくれたおかげで陳情できたんです」
壁の花だったルメイも口を添える。
だが、もと野球選手の熱弁の後も嫁の表情は変わらない。相変わらず目を閉じたままムスっとしている。
やがて何秒かの沈黙のあと、嫁は座っている長椅子の横をパンパンと片手で叩いた。
横に座れということだろう。恐る恐るもと野球選手が座ると……。
「最高っ!もう惚れ直してしまうやろ!うちのダーリンはやっぱり最高や!」
ブチュッ。
スーパーウーマンはその剛腕でもと野球選手を抱きしめるとそれはもう長い長いディープなキッスをいてこました。
「目を覆いたけど、縛られていてできやしないわ。
ああ、もう。謁見の間はバカップルがイチャイチャをする場所ではありませんわ。お分かり!」
縛られているエンセンカは歯ぎしりをする。ルメイにいたってはいつもの青白い顔を真っ赤にして横を向いている。
そんな二人に構いもせず、スーパーウーマンは勝手な注文をつける。
「ああ、そうや。セルマがいなくなって地下都市の電気も途絶えてしもうた。もう、あそこに住まれへん。うちら、今日からここに住むことにするわ。
スイート・ルーム用意してんか。悪の女王さん!」
「「はあ!?」」
もと大阪のいとはん(お嬢様)も異世界で鍛えられてかなり大胆でがめつい性格になっていた……。
* * * *
解放軍は困りきっていた。
長期戦をするための武器も弾薬も食料も足りない。このままではジリ貧になってしまう。しかし、購入するための金は底をついているし、仮に金があったとしても幹線道路をエンセンカ側に抑えられており、国外からの食料購入等は無理である。そうかといって、農民から食料を強制的に供出させて彼らを飢えさせることもできない。
結局、八方塞がりであった。
林青蛾は事態を打開するため、『革命』を輸出することにした。解放軍の一部を周辺国に潜入させ、現地の小作人たちを組織して革命を起こさせる。そうしておいて彼らとの間でこちらの塩や銀、木材といった生産物と食料(主に小麦)とのバーター取引をしようと目論んだのである。
しかし、これも上手くいかない。
周辺国でも貧しい人たちの組織化はできる。いくつかの地方都市も占領できた。だが、春になればムンケ公の大軍が南下してくることを知っている現地の領主たちが粘りに粘って抵抗をやめようとしない。ついに周辺国でも戦線が膠着状態となってしまい、食料の輸入どころか逆に援助をねだられる始末である。
「どうしたらいいんだ!?」
内部の憔悴と混乱の中、ゲンセンカは突如、行動に出た。解放軍本隊を率いて王都東5キロのところにある城塞都市クシャナを目指す。
ゲンセンカは宣言する。
「冬が来るまでに必ず王都を落とす!」
ゲンセンカとて自軍の弱点を熟知している。敵に決して主力の姿を晒さないよう、小部隊に分け、それぞれがゲリラ戦をしているように見せかけながら戦線を突破して浸透していった。
「おい。クシャナ前面に陣取ることができたのはいいが、こっちは攻城砲など持っていないんだぞ。どうやって攻め落とすんだ?」
5日後、ゲンセンカの指揮の下、解放軍本隊4000はエンセンカ側に一度も補足されることなく城塞都市クシャナが見渡せる山中に無事集結できた。しかし、攻城のための重装備を一切持っていない。ゲンセンカについてきたポランスキーは当然の疑問を口にした。
城塞都市クシャナの防御はエンセンカが力を入れて最高のものに仕上げられていた。
旧来の城壁の上には厚い石材で組み立てたトーチカが乗り、その銃眼からはラチェット四斤砲の砲口が覗いている。ラチェット四斤砲は前装砲ながらライフルを施されており、射程が長いうえ、側面にポッチのついた強力な榴散弾や榴弾を発射できた。解放軍の持っている有効射程距離675メートルの軽迫撃砲では到底太刀打ちできない。
そのうえ、駐屯しているエンセンカの軍(一個連隊約2000)にはムンケ公の軍事顧問団が派遣されていて比較的高い規律を保っている。
「大丈夫。彼女たちが必ず成し遂げる」
ゲンセンカはそれだけ言うと、口を閉じて夕日に赤く染まるクシャナの城壁を見守った。
日も暮れ、夕食の時間が過ぎた頃、駐留軍のために働いている下働きの女中が城壁の上にいる歩哨に水瓶と柄杓を差し出す。
「兵隊さん。お水は要らない?」
「おお。これはありがたい」
歩哨は肩にかけていた小銃を立てかけ、水瓶と柄杓を掴む。
その瞬間、陰に隠れていた別の女中が歩哨に飛びかかり、スカートの下から取り出したナイフで喉を掻ききった。
水瓶を渡した女中が合図すると、次々に物売りの女や下町の主婦が現れる。彼女たちは事前に決められていたトーチカに素早く駆け寄り、取り出した柄付手榴弾のヒモを引いて中へ投げ込んでいく。
数秒後、爆発が起こる。
それがクシャナ攻略の合図だった。
街では、乾物屋の前で干物の積まれた箱がひっくり返されて中から取り出した小銃が次々と女たちに手渡され、素早く武装がなされる。武装した彼女たちは街中を走り回り、担当している箇所を攻撃しに赴く。
城門前の衛兵詰所には爆雷が仕掛けられ、爆発後には銃剣をもった女たちが中へ飛び込み血まみれの警護隊長を引きずり出す。食事に毒を仕込まれ苦しんでいる兵士たちがいっぱいの兵舎には通りかかった女たちから手榴弾が放り込まれる。司令部の置かれている代官役宅には武装した娼婦たちが押しかけ、扉を爆破してなだれ込む。
戦闘の音に驚いた住民たちが何事かと家々から顔を出すが、解放軍の女性兵士たちから「わたしたちは解放軍よ。流れ弾に当たりたくなければ家にいて頂戴!」と制止の声をかけられ、震えて家の中に閉じこもる。
やがて小銃の音が聞こえなくなり、街中の鐘楼の鐘が一斉に鳴らされる。
戦闘開始から半時間後、こうして城塞都市クシャナはわずか300名の貧しい女たちの手によって落とされた。
かがり火が焚かれ、開け放たれた城門から入城したゲンセンカ以下4000の解放軍本隊は居並ぶ300名の彼女たちに敬礼する。
娼婦。物売り。行商人。肉屋のおかみさん。掃除の老婆。ボロボロの物乞い。下働きの女中。
職業はバラバラであるが、一様に黒色火薬で煤けて真っ黒な顔が整列してゲンセンカへ向けて敬礼をする。
「ありがとう。あなた方はやり遂げた。あなた方の成果を決して無駄にはしない。今度はわたしたちが頑張るわ」
ゲンセンカは本隊の4000名に振り向いて叫ぶ。
「今なら王都側は防衛の準備がなにも出来ていない。それに、前線に兵力を集中させていて守備隊の数は少ない。持っている大砲も建物の多い街中では使いどころは難しいわ。
市内に突入さえすれば必ず勝てる。朝までに王宮に旗を立てるのよ!みんな」
こうして秋の終わりの長い夜に姉妹の最後の戦いが始まった。




