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私の時代が来た!3

 私の時代が来た!3


 侍従が滑るようにやってきてエンセンカに耳打ちをする。

 それを見たゴジムは軽く咳払いをして暇を告げる。


「陛下。臣はこれにて。

 ああ、そうそう。ルメイのほかに手土産を一つ、持参しておりました。

 わが家で飼っている異世界人をひとり連れて参って次の間に待たせております。ご喜納くださればわが家の誉。どうかお受け取り下さい」

「そうなの。どんな能力があるのかしら?」

「ありふれておりますが、『スキル』とかいうものを行使する剣術使いでございます。レジストする魔具などはつけておりませんので陛下の『魅了』でご自由にお使いくださいませ」

「剣術使いね。腕を試させてもらってもいいかしら?」

「どうぞ陛下のお気の召すままに」

「それでは遠慮なく」


 エンセンカは誰もいない部屋の片隅に向けて右手の指を鳴らす。


 すると。

 誰もいなかった片隅に真っ黒な猫が一匹、宙からポンと降り立ち、「にゃあ」と鳴いた。同時に次の間からは何かが倒れる音がする。

 しばらくすると、扉があき、銀の兜で鼻から上を隠した女性が一人、少年の生首を載せた銅の盆を捧げ持ってしずしずと入ってきた。


 エンセンカがため息をつく。

「やっぱり、水準以下ね。

 その汚らしいものは庭師のところへ持って行って頂戴。庭の肥やしくらいにはなりそうだから。

 ゴジム伯爵。

 ああいう黒目黒髪の妄想過多の連中というのはね。本質、市井のゴロツキと何ら変わりないのよ。気が弱くて優柔不断、緊張感がなくて自分以外すべてのものに甘えている。そのくせ有利な立場に立つとすぐ調子に乗る。

 お話にならないわ。

 いくら能力が高くても不意打ち一つ躱すこともできやしないのでは役には立たない。わたくしにはそんな見てくれだけの飾りはいらないわ」

「失礼しました。陛下」


 ゴジム伯爵に恐縮した様子はない。


「しかし、素晴らしいものですな。陛下のガードは。彼女いや彼女たちが噂に聞く『隠れた護衛』というものですかな。ふむふむ。眼福、眼福」

「ゴジム伯爵。わたくしを試すのはおやめなさい。高くつきましてよ」

「滅相もございません。陛下」


 そう言うとゴジムは盆の上の生首に近づいて耳についているイヤリングを引きちぎる。

「これが本当の手土産でございます。陛下」

「……」


 ゴジムがイアリングを操作すると空間に映像が浮かび上がる。


「陛下の叔父上の隠し財産目録でございます。彼は妹君にすべてを差し出したふりをしていつの日にかの復活に備えておりました」

「債権が多いわね。ふーん。かなり使えるわ。こういう手土産ならわたくしも嬉しいわ。ありがとう。ゴジム伯爵」


「あ、あなた方は狂っている。こんな蛮行が許されるはずはない!『魅了』を使えばいいじゃないか。殺してしまう必要はなかったはずだ」

 青白い顔のルメイが大声を出す。


「あら。世の中を動かすのになんの力にもならない役立たずで世間知らずのおぼっちゃまにまだ口を出すだけの元気がおありだなんて、驚きだわ。

 残念だけど、わたくしは役立たないものには『魅了』は使わない主義なの。

『魅了』された人間は頭の柔軟性を失ってしまうもの。フ。馬鹿をさらに馬鹿にしても仕方ないでしょう。ね」


 このエンセンカの人間全体を軽蔑しきった態度にルメイは完全に打ちのめされて今度こそ口を開く気力を失ってしまった。


「血の気の多いだけが彼の取り柄でして。お恥ずかしいかぎりです。その血が少しは顔の方にでも向かえば容貌もましになるのですが……」

「ふーん。よく見ればまずまずの美男子ね。誠実そうだし、思いやりもありそう。

 でもね。伯爵。悪いけど、わたくしには男の妾は必要ないの。心遣いだけ受け取っておくわ」


 エンセンカはゴジムがルメイを連れてきた訳に気づき、丁寧に断りを入れる。

 彼女は恋愛や愛欲について興味はない。そんなもの、彼女にとっては時間と労力の無駄にすぎない。

 ここで断りを入れとかねば擦り寄ってくる臣下に次々と献納されて困ったことになりかねない。彼女はゴジムの目を見て念を押す。庭の肥やしはそんなには必要でないのだ。



「待たせているセルマからの使いに入ってきてもらってちょうだい」

 エンセンカが扉の横で立っている侍従に合図を送る。

「伯爵も異世界のもと野球選手とかいう間抜けを見ていくといいわ。今度はなんの献策をしてくるのやら」


 ピシャリッ


 不快感を隠そうともしないエンセンカが椅子の肘掛を長扇子で叩いて音を立てた。


  *      *        *        *


 ポテトマッシャーと呼ばれる柄付手榴弾が砂袋の上に並べられている。


「いいか。手榴弾というものは普段から投げ慣れていないと役に立つものではないぞ。

 自分がどれくらいの距離を稼げるかが分からないと、せいぜい4,50メートル先の敵兵にしか効果を与えられないからな。それでは先手が取れずに投げ合いになってしまう。  

 また、手榴弾の効果的な使用方法は着地の半秒前、空中で爆発させることだ。この理屈は破片型でもこの柄付手榴弾のような衝撃型でも同じである。柄付手榴弾には4秒の摩擦発火型遅延信管がついている。各人には投げ方に癖があるからな。各自で着地半秒前に爆発させる計算をする他ない。

 要するに、コツを掴むまで投げ慣れなければならないということだ。

 以上だ。今言ったことを念頭に置いて、やってみろ」

 ポランスキーが教導部隊の兵士ひとりひとりの目を見ながら語りかける。

「ちなみに、投げ入れられた手榴弾に向かって味方に損害を与えまいと我が身を投げかける兵士が時々いるが、破片型ならともかく衝撃型では残念ながらほとんど意味はない。絶対にするな。その場合、味方に注意を喚起しながら少しでも遠くに逃げて地面に伏せろ。いいな」


 兵士たちが訓練用の塹壕の中から前方に向けて次々と底の拉繩を引いて手榴弾を投げていく。炸薬はTNT火薬であり、有効半径が10メートルもある。


 通りかかったゲンセンカがポランスキーに声をかける。


「おじさん。新しい兵器を買ったの?」

「いや。あのエリザベスとかいう赤毛がただで作ってくれた。

 小銃とか大砲とか黒色火薬についてはどんなに頼んでも作ってくれないが、それ以外のものなら設計図さえ持っていけばどんなものでも素材から自分で調達してきて作ってくれるんだ。物作り職人としての血が騒ぐとかなんとか言ってな。結局、TNT火薬までトルエンと硫酸、硝酸で作っちまいやがった。

 変わった奴だが、大いに助かるぜ。

 おかげで軽迫撃砲というか擲弾筒というか、そういうものまで多数、手に入れられた。彼女に言わせれば、迫撃砲は大砲に当たらないから販売商品とは被らないんだとさ」

「よくわからないけど、よかったわね」

「ああ。これで戦術の幅が大きく広がった。こいつらの訓練が仕上がりさえすればいつでも大規模反攻ができるぜ」

「ふーん」


 いつものように気のない返事をしてからゲンセンカが肝心の用事をポランスキーに告げる。

「あのね、おじさん。手が空いているんだったら、ちょっとついてきてくれないかな」

「どこへ何しに行くんだ?」

「連れ戻した叔父上のところへ金策に」


 途端、ポランスキーが顔を顰めた。

「嫌だぜ、俺は。あいつ、なんだか気持ち悪いんだ。近寄りたくねえ」

「何言ってんの。おじさんが謎の旅人のおかげで半狂乱になっていた叔父上を見事に直したんだからね。今は落ち着いているけど、ぶり返されると厄介だから念のためについてきてよ。『愛の聖人様』」

「術は時間が経てば自然に解けていたんだ。俺には人を落ち着かせる力なんてねえ(無い)の。その『愛の聖人様』と呼ぶのはやめろ」

「仙人から授かった力か。いいな。わたしにもそんな力があればいいのに」

「だから、ねえ(無い)って言ってんだろが」


 ポランスキーの力はもう少し後に大いに役立つことになる。今の時点ではまだ誰も知らない……。



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