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私の時代が来た!2

 私の時代が来た!2


 今日も王都の広場では、鬘をかぶった役人が少年兵の叩くドラムの音に負けじと長い長い名簿を読み上げる。


「もとピエモン領主 ブン・ダ・ナハ 罪状 反逆罪 絞首刑

 もと伯爵夫人 ギタ・ナ・コウセイ 罪状 反逆罪 絞首刑

 もとケトシ領主 ホーエン・ダ・アルケム 罪状 反逆罪 絞首刑

 もと王国騎士団長 べガン・ダ・ゴルム 罪状 反逆罪 絞首刑

 もと王室特別法廷主席判事 ブスケス・ダ・ゴーサ 罪状 反逆罪 絞首刑……」


 名簿で読み上げられた24人の老若男女が首に縄付きかつ後ろ手で縛られた状態で既に広場に設置された台の上に登っている。


 ドラムの音が急激に高まる。


「執行っ!」

 役人の一声に覆面をした処刑人が頷き、両手でレバーを押す。


 バタンッ


 台の底が開き、24個の物体が縄にぶら下がる。

 大半は首の骨が折れて即死であるが(足首には重しのついた足錠がしてあるため急激な重力がかかる)、一部は首が伸びきり意識を失ったまま手足をばたつかせて痙攣している。むろん糞尿を垂れ流しながら。


 後ろで控えている手押し車で死体を運ぶ係りの者が地面につばを吐く。

 こうなったら瞳孔が開き切り心音が聞こえず呼吸をしなくなるまで待たなければならない。大体5分ほどのはずであるが、仕事を早く終えたい係りの者はその短い5分が我慢できないのである。


 見物人の中には、処刑された者の近親者であろうか涙を流しながら(声を立てないよう)手で口を覆っている者もいるが、大半は処刑が終わると同時に何の感情も表さないまま足早に立ち去っていく。


 役人が完全に死体になったことを確認し、係りの者が死体を手押し車に積み出す頃には広場は全く静まり返る。明日の同刻頃までこの静けさが続く。付近で楽しそうに騒ぐのはカラスだけである……。


 *       *         *          *


「なぜ貴族たちを大量処刑する必要があるのですか!彼らはあなたの妹に対抗する、味方となるべきはずの人たちじゃありませんか!」

「オッホン!!ルメイ。言い直せ。あなたではない。陛下だ。女・王・陛・下だ。それから、おまえは……チト暑苦しい。声を落とせ」


 もと王族の代々の肖像画が取り外された王宮の一室で、縮れたヒゲの中年男が鎧を着込んだ背が高く顔の青白い青年を窘めた。


「陛下。我が甥ながらルメイは血の気が多くて物事を単純にしか見ることのできない粗忽者でして。勇気だけはございます。それに免じて無礼をお赦しくださいませ」

「別に構わないわ。ゴジム伯爵」

 奥の長椅子に身体をもたせかけたエンセンカが気怠そうに手にした長扇子を振るう。


「……勇気ねえ。確かにそれはありそうね。ルメイ君は処刑覚悟でこうして直接わたくしに諫言に来ているんだもの。

 それはそうと、ゴジム伯爵には勇気の代わりに何があるのかしら。ルメイ君の諫言を承知でわたくしの前に連れてくるくらいだからきっと素晴らしいものを持っているはずよね。わたくしは役に立たない人間は嫌いよ」

 エンセンカは微笑みながらも目を鋭くする。

 これに対して、ゴジムは自分のヒゲをひとなでして、今思いついたような素振りで言う。

「ふむ。臣の取り柄ですか……。何もありませんが、そう。『金』持ちであることぐらいですかな」


「アハハ。いまの回答は宜しくてよ。(仲間にするのに)合格だわ。ゴジム伯爵とは長い付き合いになりそうね」

「光栄の極み」

 ゴジムは慇懃にお辞儀をする。


「……どうして」

 不信と不安でいっぱいとなったルメイが思わず呟く。ルメイはゴジムが自分を売るためにエンセンカのもとに連れてきたことに気づき、青白い顔を一層白くした。


「単純なルメイ君にはわからないでしょうね。いいわ。君ももしかしたら役立つかも知れないから説明してあげましょう。一からね」

 エンセンカは扇子を開いて扇ぎ出す。

「さっきルメイ君は貴族たちについて擁護していたわね。

 でもね。国王の立場からしてみてれば『領主』というものは不要で有害なものなのよ。

 わたくしも領主だったからよく分かるわ。いろいろと特権を持っているくせに国王には税を収めない腹立たしい存在。内心不満タラタラで隙があれば集まって国王のすることにいちいち文句をつけてくる鬱陶しい存在。

 そんな連中、国王の側から見れば要るわけないでしょう?

 山国ディナリスには大小32の領主がいるけど、そのうち12の領主は妹の解放軍に追い払われた。残りの17の領主たちも時間の問題だわ。

 王都に逃げてきたもと領主たちは何を勘違いしたのか、わたくしにすぐに領地奪還の軍勢を出すように要請してきた。わたくしが拒否すると、愚かにも彼らはわたくしが『簒奪者』であるとして牙をむいてきた。厳重に監視がつけられていることも知らずに……。

 アハ。自業自得ですわね。大人しくしていれば命だけは全うできたものを」

「違う。あなたは軍勢を出すのを拒否したのではない。軍勢を送って解放軍から奪還した領地を彼らに返還することを拒否したのだ。返さずに自分のものにした。そして、あなたは自滅するよう彼らのもとにスパイを送って決起するよう扇動した。やり方が汚すぎる!」

「だから?

 不要な存在をわたくしが認めるはずないじゃありませんか。領地返還?冗談じゃありませんわ。

 それに扇動したのも親切心からですのよ。決意しているのになかなか重い腰を上げようとしないから」

 拳を握っているルメイに対して、涼しい顔でエンセンカは扇子を扇ぐ。


「宮廷貴族も法服貴族もわたくしには不要のもの。

 影でこそこそひとの悪口を言ったり噂話をしたり小細工に忙しい連中など害でしかありませんからね。官僚など読み書きができて常識をわきまえて真面目に仕事をする人間なら誰でもなれます。代わりはいくらでもいるわ」

「冤罪じゃないか。彼らが反乱を企てた証拠はない」

「彼らの存在自体が証拠よ。

 ルメイ君は正義感が強いのね。でもね。その正義感を振り回して一体、何の役に立つの?

 わたくしが不要な貴族たちを処刑したからといって、たとえばディナリスの国民がなにか困ったことになるの?むしろわたくしのもとに権力が集中して無駄がなくなり国民の負担が減るのではなくって?」

「あ、あなたは簒奪者だ。正当な君主とは言えない!」

「倫理の次は権力の正当性でわたくしを責めるの?でも、王権神授説なんてかなり古臭いわね。

 ところで、ルメイ君はセルマを女神だと信じているの?うん?」

 エンセンカは目を細めた。

「高位貴族の間では常識だけれど、下々のものは知らないようね。いいわ。教えてあげる。

 セルマがもともと異世界からやってきた精霊なのは知っているわね。でも、来たそうそう古代のエルフたちによって珍しい存在だとして囚われの身になってしまうの……」


 30分後、エンセンカの説明を聞いたルメイは身体中が震えた。


「わ、われわれ、ヒト族は絶滅させられる!?」

「そうならないようにわたくしとかが一生懸命努力しているんじゃないの。勝算は十分にあるわ。北のムンケ公とは既に秘密の軍事同盟を結んでいるし、セルマ修道会とは持ちつ持たれつの関係にある。異世界の武器商人からのバック・アップも取り付けてあるし。

 一番の問題は時間があまり残されていないこと。

 セルマの最後の封印が解けるのが確実となった今、エルフ達はなりふり構わずわれわれを殺しにかかっている。時間は貴重なのよ」

「それならゲンセンカとの争いも今すぐにやめるべきだ」

「それは出来ない相談ね。別の理由でわたくしには是非とも妹を殺す必要があるの」


 そう言うと、エンセンカは長扇子を静かに扇いだ。


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