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花も嵐も6

 花も嵐も6


「この一撃で全てが決まる!」


 会戦数時間前、丘陵に陣取る敵を目の前にして豪胆公ムンケは自分の幕僚たちに宣言した。

 結果はこの小男の言ったとおり。こちらの被害が戦死傷者併せて3000余に過ぎないのに対して、相手方は戦死傷者7万8000、捕虜3万の被害を出して軍自体が崩壊してしまった。


 ムンケはピクシーがかつて評したような低脳の野心家ではない。軍事に関しては天才的な才能を持つ、極めて狡猾な男である。

 ヘイパイストスINCという死の商人の活躍で北部地域で争う諸侯たちの間では今や小銃を持った兵士たちを揃えることは当たり前となっている。

 だが、小銃の性能の凄さには驚くものの、真に理解してそれを効果的に用いた戦術を思い浮かべることができたものはほとんどいない。ムンケはその例外に当たる。


 ムンケはエルフ側の支援もあって今や強大な勢力を率いるようになっていた。

 強大になりすぎたムンケを恐れた北部地域の諸侯たちは互いの争いをやめて軍事同盟を結び一致団結してムンケに当たるよう包囲網を敷く。包囲網を敷かれて長期戦になればやがてはジリ貧となり最終的には敗北することを認識していたムンケは包囲網の効果が出る前に敵の主勢力の殲滅を計画した。

 まず、ムンケが病気であり部下たちが動揺しているという偽の噂を流す。次に、会戦予定地であるこのベルガ丘陵に脆弱な囮部隊を送って重要拠点である丘を占領させ陣地の構築をするという派手な示威行為をする。最後に、味方の有力部隊をバラバラに動かして秘匿しながらベルガ丘陵周辺に伏せた。

 結果は、諸侯たちが見事にムンケの誘いにのり、ボリ公、ゴリツ公、マックス公などの有力諸侯が軍を率いて出張ってきた。

 ムンケはさらに諸侯たちを安心させるため囮部隊を丘から引き上げさせた上、左翼をわざと弱めてみせる。

 左翼を脆弱と見た諸侯たちが全軍でこれを粉砕しようと動き出すと、ムンケは温存していた予備の騎兵集団1万2000を右旋回させて逆に諸侯たちの左翼を突き崩す。その後は文字通りの殲滅。虐殺でしかない。包囲を完成させたムンケは混乱した諸侯たちを小銃を持った戦列歩兵で丘陵に押し上げた上、これをライット四斤山砲で散々に打ち据えた。

 丘陵は将軍、将校、兵士の区別もなく、体のあちこちを失った死体でいっぱいとなる。そして、傷ついて倒れた馬たちが死にきれずに絶え間なく苦しげな嘶きを上げた……。


 会戦終結後、捕虜との引見を終え処刑するものとそのまま拘束するものとを決めたムンケは諸侯たちの血で染まった大地を眺めながら鼻を鳴らした。


「……今のこの時期に魔術とか占いとかまやかしの戯言をほざく輩を連れてくるとはどういう了見だ。

 おい。連れてきた奴の首を切ってしまえ。無能な奴は部下に要らん!

 そして、おまえ。俺は女だからといって容赦はしない。俺は戯言を言いながら権力者に擦り寄ってくるフザけた奴が嫌いなんだ」


 ムンケが緋色のマントのうえから素晴らしい黄金の髪を波打たせた、若い女の首元に剣を突きつけた。


「王様は聡明ですわね」

 女は恐れる様子もなくクスリと笑うと付け加える。

「それでも、抗う術も知らないまま運命に流されてしまう普通の人とあまり変わりはありませんわね。つまり目隠しをしたまま崖の淵を歩いている愚者でもある」


「おい。俺が無力だと言いたいのか。俺は魔術など信じはしない。理解できるものしか信じはしない。思考こそ力だ!理解できない、そんなあやふやなもので運命に抗えると思うほど俺は愚か者でもない。

 囀りたいだけ囀らせてから首を切ってやろうと思ったが、気が変わった。串刺しにしてやる。力を持つものを謗るとどうなるか分からないような愚か者に弁じさせる必要はない。せいぜい苦鳴をあげるだけがお似合いだ。苦しみながら死ぬがよい!(女を)連れて行け!」


 激怒するムンケに対して女は涼やかな顔をして言い放つ。


「王様が聡明だと言ったのは、知らないことでもご自分の頭で考え抜いて対処する王様の能力を褒めたもの。運命に流されると言ったのは、王様でも知らないことが多すぎて対処できない事実を指摘したもの。

 王様。王様はエルフ側の意図をどれくらいご存知ですか?エルフが王様を援助するのはヒト族を皆殺しする計画の一環だとご存知でしたか?」

「そんなこと、考えれば子供でも分かる。エルフはヒト族を分断して相争わせ、力を弱めようとしているのだ。

(エルフが)今までしていなかった動きを見せ始めたのは、エルフもとうとうこの世界の覇権を握るため足を踏み出す決心をしたということだ。

 だが、それがどうした?

(覇権争いという)このグレート・レースに参加しているのはなにもエルフやセルマだけではない。この俺もだ。エルフが俺を利用しているというのなら、俺もエルフを利用している。力をつけてこの俺こそがグレート・レースを制してやるのだ!」

「力をつけて?異世界の商人から買ったご自慢のちっちゃな青銅砲のことを言ってらっしゃるのですか?そんなものでは今迫っている危機も乗り切れませんわよ?」

「危機?」


 眉根を寄せるムンケに対して女はその白いほっそりとした指で地平の彼方を指してみせた。

 虫。虫。虫。

 そこには赤い大海嘯にも見える巨大な軍隊アリ1000万の集団が展開していた。


「なぜ虫たちが境界を越えているのだ?なぜ今になってエルフが俺を殺そうとする?わからん。全然わからんぞ!」

「ほら。王様でも分からないことがあった」


 怒り狂うムンケを前に女は薄い唇に人差し指を添えて悪戯っぽく笑う。


「直接の原因は王様がこの間の毒ガス騒ぎの時、偶然を装ってエルフが示した兵器を使わなかったことではないですか?王様同様にエルフ側も使えないひとは要らないみたいですから」

「あれが兵器か?あんな気味の悪い植物などどうやって使えというのだ」

「使用方法はあれがばらまいた種子を王様が気に食わないひとの所へ持って行って置いてくるだけというもの。短時間で自然に発芽して周りの空気を汚染し近寄るものには強酸を吐きかけるという仕掛けでしてね、(使用していれば)種子一個で数万人の住む都市が消滅していました。

 王様は賢明にもすべての種子を破棄しましたわね。実に賢明な処置です」


 2か月前、ムンケが北部のとある大きな城塞都市を攻撃中、突如城壁内部でうねる巨大な蔦に似た何かが発芽して内部の住人が汚染された空気と強酸によってすべて死滅した事件があった。

 戸惑うムンケのもとへ謎の旅人姿の男がやってきて言った。「真相が漏れるといろいろヤバイですから。ほら、パニックになったりするでしょう。ですから、何事もなかったことにしましょうよ。ああ。王様は何もする必要はありませんよ。俺が適当に術をかけてすべてウヤムヤにしときますから」

 ムンケは胡乱なことを言う男を捕まえて殺そうとしたのだが、なぜかできなかった……。


「最期の時になっておまえに褒められても嬉しくともなんともない。第一、後始末をつけたのは旅人姿のフザけた男だ。俺ではない」

 思い出して歯噛みをするムンケに女が微笑む。

「いいえ。王様。王様があの時、(蔦に似た巨大な植物を)兵器として利用する意思を示していたなら、軍に紛れ込んでいたエルフのスパイがしゃしゃり出てきて使用方法の説明をする予定だったのですよ。もともとあの植物(に似たもの)は大昔に魔力汚染された大地を浄化するために作られた魔法生物であって、大地に魔力がないと短時間で枯れてしまうというもの。現在、この世界の大地で魔力汚染されたところはありません。あの旅人姿の男は捨てられた種子を適当に無人の土地に撒いて枯らしただけですわ。結局、王様が利用する意思を示さず種子の温存を許さなったことが破棄に繋がったんですよ。安心して誇ってください。

 それと、王様。今は最期の時ではありませんよ。そうさせないためにわたしが来たのですから」


 女は周りの人間を遠ざけると、体を変化させ始めた。


 胴から下の部分がたちまち灰色のウロコに覆われて足も何もかもが消え、うねりながら巨大な尻尾へと変化する。

 色を転じさせて巨大化したのはなにも下半身だけではない。顔も腕も上半身も。全体が大理石のように黒と白のマダラ模様となり、硬質化して青白い光を帯び出す。それから、女の見事な黄金色の髪はうねる灰色の大蛇の巣に変わり、背中からは黄金の翼が生え、目からは瞳が消え失せ濁った灰色の何かで覆われた。


「グググッヅルグルッハッはははー。グルるっハハッー。ハハハハー。アハ。あ、ああああー」

 女の、鋭い二本の牙が覗く口からは悲鳴とも笑い声ともつかない奇妙な絶叫が漏れ出しあたりに響かせた。同時に、女の内部から漏れ出した極めて生臭い、暴力的な何かが爆発するように一帯を圧倒しはじめた。


「なんだ、おまえは?何者なんだ、おまえは?」

 女に恐怖した目が集まる中、ムンケは右手に剣を握り締め甲高い声で問いかける。


「グハッハハっ。グハハハー。グッハ。わ、わ、わ、たしは。ゴル、ゴ、ンの。メデューサ。す、すべてを恐怖で凍りつかせるお、おんな」


 直後、女の周辺で膨れ上がった、ムンケの理解できない力が1000万の軍隊アリの集団を消し飛ばした。


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