花も嵐も5
花も嵐も5
「高い!高すぎじゃ!ディスカウントしたも」
林青蛾は現在動員されている1500名の兵士すべてに小銃を配ろうと目論んでいたのであるが、その要望を死の商人エリザベス・グラディウスにあっさりとはねつけられた。
エリザベスは対価として銀塊500キロ(約3500万円相当)の提示に対して先込め式ライフル銃(ミニエー銃)を150丁しか売ろうとしない。
「高くはありませんよ。林先輩との仲ですからこれでも相場より値引きをしています。しかも、おまけで1丁につき銃弾(プリチェット弾)300発と紙薬莢300個までつけてのこのお値段。お買い得ですよ」
「戯言はやめるがよかろ。何がお買い得じゃ。とある異世界では200ドルも出せば新品のカラシニコフ(AK‐47)がオプション付きで買えるのじゃぞ。ちなみに、弾(7.62×39mm)が1発10セントで売られておって銃身がひん曲がるほど撃ったとしてもトータルで銃自体の代金を含めて1丁につきせいぜい1000ドルまでじゃ。どう考えてもおかしかろ」
「それはAK‐47が何億丁も出回っている世界だからでしょう?
高炉もなく満足に鋼鉄も大量生産できないこの世界では先込め式ライフル銃ですらオーバーテクノロジーなのですよ。
文明の度合いにあった商品を相応の価格でお買いいただくというのがわがヘイパイストスINCの昔からの変わらぬやり方なのです」
文句を言う林青蛾に対してエリザベスは嫌なら買わなければよいという態度を露骨に示す。
「南北戦争当時の銃が銀3キロちょっともするのか。武器商人というのは儲かるものなのだな」
「ええ。それはもう。なんといっても大昔に老朽化して大量に廃銃になっていたものを二束三文でかき集めてきてチョチョイと手直しすれば別の世界では最新式の商品に早変わりするのですから。
右から左へ流すだけで儲かって儲かって。しかもこれはエンドレス。
これで少しは師匠の世界も(経済的に)持ち直せるかも」
エリザベスのあけすけな答えに皮肉を言ったポランスキーが鼻白らむ。
つまり、エリザベスのいるヘイパイストスINCは文明の遅れた異世界には少しだけ先へ行く、よその世界ではとっくの昔に時代遅れになったタダ同然の兵器を高額で売りつけておいて、さらにその兵器が行き渡るともう少し先へ行く兵器を再び高額で売りつけようというのである。
搾り取れるだけ搾り取る。
旧ソ連が中東各国に戦車などのモンキー商品(オプションなしの劣化商品)を売りつけていたやり方にそっくりである。
「言い訳しときますと、わがヘイパイストスINCがただ儲かるだけではありませんよ。ちゃんと商品を売る世界のことも考えているんです。
ごく一部に最新式の大量殺戮兵器などを大量に売りつけてしまうと一方的な虐殺が始まっちゃうじゃないですか。その世界でも頑張ればコピー可能な商品を(価格を高めに設定して)少量ずつ売りさばくことで、一方的な虐殺を防ぐと同時に他の人たちに対抗の準備の時間を与えているのです」
「対抗の準備といったところでお前たち、ヘイパイストスINCから同じ武器を買うしかないじゃないか」
どう転んでも武器商人だけが儲かるという仕組みである。
「それはそうと、北部ではガス弾が出回っているという噂じゃが、あれもそのヘイパイストスINCとやらの会社の方針かえ?かなり悲惨なことになっているということらしいのじゃがな」
「あれは悪質な営業妨害行為です。根も葉もないうわさです。うちの会社は絶対に毒ガスも生物兵器も核兵器も売りません。そんな威力抜群な大量殺戮兵器が出回ってしまえばほかの兵器が売れずに儲からなくなってしまうじゃありませんか。細く長くしつこく搾り取るのがわが社のやり方です。
(誰がやったのかについては)調べはついております。配ったのはセルマで、それをうちのせいに噂をねつ造したのはエルフ側に寄寓していながらヒト族のために働いているもと野球選手の異世界人なのです。彼らはそもそも……」
ひょんなところからセルマともと野球選手の異世界人の活動が露見する。だが、何を意図して毒ガスをヒト族に使用させそれをエリザベスのいるヘイパイストスINCのせいにしているのかはまだわからない。
噂の真否についてはともかく、150丁の時代遅れのライフル銃を手に入れた林青蛾たちはエンセンカに対抗するため解放軍の近代化に着手することとなった。
ちなみに、ミニエー銃(作られた兵器工廠のある場所によって呼び名が各種ある。英国ではエンフィールド銃。米国ではスプリングフィールド銃。ミニエーは発明したフランス人の名前である)は悪い銃ではない。椎の実型のプリチェット銃弾は底にコルクが張り付けてあるうえスカート状になっているため発射時に広がってガス漏れの無駄がない。そのため有効射程距離が670メートルから900メートル(各銃でばらつきがある)もあり、それまでの火打ち式銃のそれを10倍程度伸ばした画期的なものである。有効射程距離が長いということは戦列歩兵による集団の突撃に対してはるか遠くから痛打を与えることができるということであり、この銃の出現により散兵と塹壕戦が次第に主流となっていく。前述のカラシニコフ自動小銃の有効射程距離が650メートルと言われていることからして射程距離に関してだけ言えば現代のそれと遜色はない。しかも、射撃の正確性についえ言えば現代銃のフル・オートはむろんセミ・オートでもはるかに凌駕する。発明(1849年)してからわずか20年もしないうちに金属薬莢を使った元込め式ライフル銃に完全にとって代られたミニエー銃であるが、その正確性から田舎など猟師たちの間では長らく愛用されたものである。また、プリチェット弾(エンフィールド銃を例にすれば口径.577径。つまり14.66mmもある)の威力はすさまじく、高速で回転しながら飛んでくるそれにまともに当たれば人間の腕など引き千切れてしまう。この銃は近代の悲惨な戦争が随所でみられる原因にもなった。
欠点は連射に時間がかかるということ。1分間にどんなに頑張っても2,3発しか撃てない。紙薬莢を噛み切って中の黒色火薬を銃身にサク杖を使って押し込め、プリチェット弾を転がしてさらに雷管を激発させる。この手間によりミニエー銃は元込め式ライフル銃にとって代られた。普墺戦争(1866年。ケーニッヒグラーツの戦い)において元込め式ライフル銃が鉄道と電信と並んで決定的な役割を果たし、ミニエー銃の時代は終わった。
「ヘイパイストスINCが他に元込め式ライフル銃を売らないというのであれば(ミニエー銃をそろえるということは)たとえ150丁しかなくてもかなりのアドバンテージとなるな。
あとは教練次第だが、それは俺がやらなくちゃならないのか?できれば戦争については御免こうむりたいのだが……」
ポランスキーが本当に嫌そうに呟く。
「でも、しっかりと(兵士たちに)近代戦に習熟させとかないとせっかく買ったミニエー銃のアドバンテージなんてほとんどありませんよ。なんといってもヘイパイストスINCは林先輩たちの相手にもミニエー銃を売りますから。それも大量に」
「なんじゃと!」
エリザベスの指摘に林青蛾が激怒する。そうなれば財力のある方が大量に銃をそろえて有利になってしまう。
「怒らないでくださいね。林先輩。武器商人も経済活動をしているんですよ。買ってくれるのならどこの誰にでも売ります。お金に支配されているのはどこの世界でも同じですから」
この世はお金で回っている……。
エリザベスが説くこの世の普遍的な法則には神様であっても反論できそうにない。でも、そうであるのであれば最初から貧乏人の代表であるゲンセンカたちの運命も悲惨なものになると決定づけられているということにならないのだろうか。
俺が戦ったボルシェヴィキの連中は一体どういうつもりで戦っていたんだろうな。
以前の戦争を強盗や強姦魔などとレッテルを貼って偽りの感情で何とか乗り切ったポランスキーはなんだかやるせない気分になる。




