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花も嵐も2

 花も嵐も2


「これ、動かんぞ。壊れて錆び付いているのではないのか」


 マリアカリアがそんなことを言いながら拾った木の枝で黒騎士のバケツ型兜をベシベシと叩く。


『馬鹿ね。猪女。こういうのは作法があるのよ。木の枝に吊ってある盾が見えるでしょ。あれを槍の石突で3度叩いて挑戦の意を示すのよ。昔、きっとこの世界の住人に『アーサー王と円卓の騎士』の愛読者がいたに違いないわ』

「なるほど。イカレタ三流魔女も時として役に立つな。

 だが、めんどくさい話だ」


 マリアカリアは落ちている石を適当に拾って盾に乱暴に投げつける。


 ボガーン。ゴガーン。ドガーン。


‘黒騎士に対する挑戦者が現れたことを認めます’


 途端、どこからともなく女性の声が聞こえてくる。


‘今から10秒後に試験が開始されます。挑戦者は準備をしてください。なお、黒騎士の中身には挑戦者自身の過去最大のライバルだったものが投影されます’


「わたしのライバル?なら、あの女しかいないな」


‘……5,4、3’


 マリアカリアは左手にナックルをはめた。大剣を構える黒騎士に対して彼女のした準備はそれだけだった。


‘2,1。開始’


 大剣を振りかぶる黒騎士の左脇に迅速に移動すると、マリアカリアは強烈なローキックを見舞う。

 それからの展開は一気である。

 やや上体の重心がぶれた黒騎士にそのまま朽木倒しに似た技を仕掛けて仰向けに倒す。地面に後頭部を打ち付けた黒騎士が起き上がろうとしたところを胸に蹴りを入れて再び地面に寝かして、その上に飛び乗り、両膝で肩を押さえたうえ右手で黒騎士ののど輪を掴む。


「前に肘に関節技を決められた時から対策を考えていたんだよ。シルヴィア」


 マリアカリアはナックルをはめた左手を振り上げる。


 べゴンッ。バゴンッ。ブゴンッ。


 鉄でできた兜を構わず殴り続ける。それにつれて兜のバイザー部分がボコボコに変形していく。


「わたしが腹を立てているのはだな。シルヴィア」


 ガゴンッ。


「JKの分際で英語教師宅にお泊まりをして満足そうな顔つきで朝帰りしてくることに対してではないぞ。シルヴィア」


 ゲゴンッ。


「ニートのトマスと舞踏会の衣装合わせをしたことをドヤ顔で自慢したことでもない」


 バゴンッ。


「教えてやろう。不良少女。

 お前がこの間、酔ってわたしとアポロニウス君との関係をみんなにばらしたことだ。

 キスもしていないだと。当たり前じゃないか。メラリアの女は身持ちが固いんだよ。故郷では婚前交渉などしようものなら(女性の方だけが)社会的に抹殺されてしまうからな。

 恋愛に狂うとどこまでも堕ちていくロシア人とは違うんだよ。

 それをみんなの笑いものにしやがって。

 わたしだってな。本当はもっとディープなことをしたいんだ!」


 マリアカリアはおもむろにホルスターからUSP拳銃を取り出すと、すでに変形している兜のバイザーの隙間に銃口を差し込んだ。


 バンッ。バガガガーン。


 問答無用である。マリアカリアは何度も引き金を引く。


『さすが。猪女。容赦ないわね。ちょっと(わたしでも)引いちゃうわね』


 アリステッドの賞賛の声からしばらくして例の女性の声が聞こえてきた。


‘……合格を認めます。挑戦者は次の『死の橋』まで移動します。

 なお、修復に手間取りそうなので次の黒騎士への挑戦者はしばらくお待ちください’


 マリアカリアの姿がその場から忽然と消えると、アリステッドがエスターに話しかける。


『ねえ。どっちが先に挑戦する?先にやらしてくれない?(楽しみで)待ちきれないのよ』

「どうぞ、お好きなように自称美女さん。でも、あまり楽しんで手間をかけすぎないこと。こういう茶番はもううんざりなの。わたし」


 後に残されたエスターはうんざりしながらも人を虐めるのが大好きな魔女に釘を刺すことだけは忘れない。


  *        *          *         *


 道端で高級そうな人形を抱きしめて泣いている女の子の前を旅人らしい男が通り過ぎようとしてやめた。どうやら女の子の様子に興味が湧いたようである。


「お嬢ちゃん。どうしたの?」

 男は女の子の目線に合わせて腰を折る。


 しばらく無言で泣き続けた女の子がポツリポツリと事情を話し出す。男の視線を感じると女の子はどうしても話さなければならない気がしてきたのである。


「……そうか。それは気の毒に。

 おじさん。そういう話を聞くと、なんだかむしゃくしゃしてくるね。

 マタちゃん。おじさんにして欲しい事を言ってごらん。なんでもできるわけじゃないけど、少しばかり不思議な術を使うことが出来るんだ。たぶん、(希望通りに)してあげられるよ」


 少女は男の目を見ながらボソボソと願い事をした。


 その夜、リタという若い女性が地区の責任者を務める街ではとても不思議で悲惨なことが起こった。


*        *          *          *


 その頃、林青蛾はため息をついていた。目論見通りにすべてがうまくいかない。

 まず統治するのに金がかかりすぎる。解放軍の近代化のために当て込んでいた銀の蓄えも500キロほどしか残らなかった。なにしろぼろをまとった裸足の集団なのだ。衣服を整えてやることからはじめなければならないし、それに食事の世話もしなければならない。

 金はいくらあっても足りはしない。

 しかも、1万人を超えていた解放軍もいまでは1500人ほどに減っていた。兵士たちはもともとが農民やら伐採従事者やら鉱山労働者なのだ。彼らがそれぞれ働かなくては領内の経済が麻痺してしまう。それに彼らも労働条件の改善のために戦っているのであって、本業を放棄して職業軍人になるのでは本末転倒なのだ。

 林青蛾は渋々ながら彼らが改善されたそれぞれの職場に戻ることを許した。


「軍隊とはもともと金が掛かるものなのだ。それよりも領内が上手く回っていることを見せつけたほうが周りに領地を持つ貴族たちに十分脅威となる。われわれに倣って周辺領地で革命が勃発しかねないからな」


 ポランスキーが慰めるが、参謀を自認している林が唸る。


「だからこそ、国王側は本気でこちらをつぶしにかかってくるぞよ。まだ混乱していて動員をかけられないようじゃが、それも時間の問題じゃ。妾としては一刻も早う銃を手に入れたいんじゃが……」

「銀も残り少ないし、北の紛争地帯までいくつもの国境を越えて買いに出向かなければならないか。まず無理だな」

「残念じゃ。あとは玉女神剣が要人暗殺のテロでも起こすしかないぞよ」


 悩める林青蛾を眺めながらポランスキーはふと疑問が湧く。


「ちょっと聞きたいんだが、仙人からの課題とはそんなに血なまぐさいものなのか?内乱とか戦争とか武装蜂起とかいう?」

「うん?いや、違うぞよ。『ゲンセンカという少女に歓喜という感情を起こさせてみよ』というものじゃ」

「はあ?!その課題からどこがどうして解放闘争とか領地奪還につながるんだよ!」

「分かっておらぬな。おんなの幸せはまず安定した生活からじゃ。なんの取り柄もない領主の娘が安定した生活を続けるには自らが姉を蹴落して領主になるしかない。どこかの貴族の嫁になるのはゲンセンカ自身が断っていたのじゃからな。これしかあるまいぞ。

 領地奪還には軍隊が要る。金もコネも無いゲンセンカが軍隊を組織するには解放闘争をするしかない。すべては論理明快な帰結じゃ」

「いや、最初から間違っているでしょうが!ちっとはゲンセンカの身になって考えてやれよ。15の娘が戦争だとか喜ぶ訳無いだろうが!」


 この時、言い争いをしようとしたふたりのもとへ兵士が駆け込んできた。


「大変です。宇宙人が襲来して街は大混乱です!」

「「はあ?!」」


*      *        *         *


 大型輸送ヘリMi-26が轟音とともに街の近くに舞い降りた。

 音に驚いた解放軍兵士たちが建物からバラバラと飛び出してくるが、目の前の物体が信じられずに口を開けて呆然としている。

 衆人注視のなか、ヘリの後部ハッチがゆるゆると開き、中から人が出てくる。


「はーい。ご当地、お初でーす。

 わたくし、ヘイパイストスINCの渉外担当をしておりますエリザベス・グラディウスと申します。急な飛び込み営業で驚かれていることとは存じますが、もし武器兵器の類でお困りのことがございましたのなら、なんなりとお気軽に当社にご相談ください。あらゆる兵器について売るのも買うのも修理するのも破棄するのもなんでも承りますよ」


 スーツ姿のエリザベスがニコニコと営業トークを展開し始める。

 当然、ヘリばかりか中の人の意外性に周囲はドン引きする。現代人が自宅前で宇宙船に乗った宇宙人にサンドイッチを売りつけられる程度には驚く出来事である。


 そこへ我に返った一人によって呼び出された林青蛾とポランスキーとが駆けつけてくる。


「君、何やっとるんだ?君が北部で暗躍しているという武器商人なのか?」

「あら。ポランスキーさん。意外なところでお会いできてわたくしも驚きです。それにしても林先輩とご一緒とは。変わった組み合わせですが、とにかくお元気そうでなによりです」

「俺は君のことを知らないんだが。(俺と)会ったことあるのか?」

「何言っているんですか、ポランスキーさん。ニューヨークでシルヴィアさんや大尉殿といつも一緒にいたじゃないですか。わたし」

「知らんが」

「わたしですよ。わたし。ロールス・ロイスを覚えておられませんか。わたしはあの時、車だったんです。最っ高の車。ポランスキーさんも喜んでわたしの上に乗っていたじゃありませんか」

「はあ?!」


 自称もと最高級車の赤毛の少女になにか誤解を生むようなことを言われた気がポランスキーはした。



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