花も嵐も1
花も嵐も1
エンセンカ、ゲンセンカ姉妹の叔父、ドニ・ダ・コーツは臆病な男である。臆病だからこそ、狡猾で面の皮が厚く、2枚舌を使うのである。
エンセンカが解放軍に押され始めたと見るや、またしても彼は裏切りをして今度はゲンセンカに返り忠をする。私兵たちを解散したうえ、領地も居城もすべてゲンセンカに献上して味方すると申し出たのだ。
常識的に見れば、彼に殺されそうになったゲンセンカがそんな申し出を受けるはずもないのだが、ゲンセンカはこれを受け入れた。否、受け入れざるを得なかった。
解放軍にも事情があったのである。
解放軍の兵士たちのほとんどは借金を背負ったもと農民であり、文字を読めるものが非常に少なかった。ポランスキーに至っては異世界人であって、(自動翻訳機能があるため)耳にしている音と文字の対応関係すら皆目見当がつかない有様である。ゲンセンカにしてみても勉強を怠けていたせいで文字を読むのがやっとである。
つまり、解放軍がいくら街を制圧してみても、自分たちの中にはそこの住民たちに行政をサービスできるものがいないのである。
そこで、ゲンセンカは領地内をいくつかの解放区に分けてリーダーたちを責任者とし、リーダーたちのもとへ降伏した貴族や参加を申し出た商人たちを行政担当として送り込んだ(むろん涜職や利敵行為にはしるおそれが十分あるので、各リーダーには厳重な監視をつけるように申し送りしてではあったが)。
こういった事情があったため、叔父のドニも処刑されずに受け入れられて遠く離れた解放区に行政担当として送り込まれた(彼が自分のもと領地では非常に評判が良くないための配慮である)。
その彼が今日、人民裁判の呼び出しを受けた。
被告人としてではない。裁判記録を取る書記役として呼ばれたものだった。だが、彼は臆病者である。人民裁判の開かれる農家の中庭にある小さな机の前に座っただけでも、身体中が震えた。
「兵士セザ。君はもと貴族の館に無断で侵入し、中にあった人形を強奪した容疑で告発されている。間違いないのか?」
地区のリーダーのリタが裁判官役として被告人に認否を問う。
農家の中庭には、大人たちに囲まれて10歳くらいの男の子が立たされている。目の大きい、おどおどした色の白い栗毛の男の子である。
「……間違いありません」
「降伏した貴族は敵ではなく、同じ市民として扱われるということを知っていたな?」
「はい」
「市民の財産を盗むことは解放軍の軍律に背くことも知っていたな?」
「……は、はい」
解放軍ではどんな小さい軍律違反でもほとんどが死刑である。そのことを認識して男の子の声が震えた。膝に力が入らず倒れそうになった男の子を横の大人が支える。
「当裁判所は兵士セザがギド・ダ・ナセもと子爵の財産を窃取したことを認定する。これは解放軍の軍律に違反することである。
情状を酌量される事情も見当たらない。
判決は、軍籍剥奪の上死刑。即時、もと兵士セザを街道の並木で絞首刑にしろ!」
リタの硬い声にあたりは静まり返る。
リタを含めて周りの大人はみんな知っていたのだ。親に死なれたセザが泣いてばかりいる妹のために人形を盗んできたことを。そんなことでセザを死刑にしたくなかった大人たちはみんな気づいていないふりをして目をつぶっていた。
だが、告発するものが現れた以上、人民裁判を開かなくてはならない……。
告発したのは、もと森番のジベだった。異常に背の高い、少し知恵遅れの青年である。決して意地悪な男ではない。むしろ頼まれたことをなんでも一生懸命にする、人のいい、馬鹿正直な男である。
前の職でもそうであったが、彼はまったく融通が効かないのである。セザの妹が人形をもらったのをやっかんだ女の子たちが騒いだのを真に受けてしまったのだ。
ジベはいま、少し誇らしげにして腕を組んで中庭に立っている。
周りの大人たちは誰もがジベに視線を向けることを避けた。視線を向けるとどうしても怒りの表情になってしまうから。この、愛すべき馬鹿正直な男を憎悪してしまうから。
「さ、裁判長。この少年には情状酌量の余地があるのでは」
口の中をカラカラにしながら臆病者のドニもと子爵が発言する。
「そのう。被告人は第一、幼い少年ですし。被害者からの被害の届け出もなかったことですし。本人も反省しているようですし。
仮に犯罪だとしても微罪であって、死刑に相当するほどのものではありません」
リタはドニの発言の意図がわからず睨みつける。
「黙っていろ!誰もこんな裁判、したくてしているんじゃない!」
* * * *
「あるひ、ぼくはもりへいきました。
くろいりゅうがいました。はなからひをふいていました。
ぼくはおもわずたいぶつライフルをとりだしてうってしまいました。はずれました。
くろいりゅうはおこってにらみました。
ぼくはこわくなって2はつめをうちました。あたりました。ぼくはうれしくなって3ぱつめをうちました。
くろいりゅうはしにました。すかっとしました。
したいはぶつぎりにしてドラゴン・ステーキにしました。うまうま。レベルも100まんほどあがりました。スキルもいっぱいもらえました。よかったです。
また、りゅうにであったらたおしたいとおもいます。まる。おしまい」
馬に乗りながらマリアカリアが忙しそうにタブレットを操作している。
タブレットは強権でエスターの体の一部を変形させたものであり、アリステッドの自前のパソコンと通信で繋がっている。
『猪女!なに勝手にわたしのパソコンに落書きしてるの。ほんと信じられないわ。
気が合わないと思ってたけど、あんた、やはりサディストだったのね』
アリステッドが目を三角にして怒鳴る。
「まあそう喚くな。嫌がらせをしているつもりではないぞ。この世界では保存先がないからTOKYOに帰るまで一時的に借りてるだけだ。帰り着いたら勝手に削除してくれ」
『嘘つき!落書きでも嫌がらせでもないなら、なんなの、この文章は!』
「Web小説の懸賞に応募するためのファンタジー小説ですが、なにか?」
『はあ!?これが小説ですって!小学一年生が書く文章よりもひどいじゃないの!』
「わざと読者層に合わせているのがわからないのか。漢字を省いて読みやすくし、内容がなく、しかも読後スカッとする物語。
現代ではなあ、みんなストレスを溜めていてわざわざ読むだけでストレスになる文章は読まないのだよ。
しかも、わたしの小説では、ショタガキの主人公、ドラゴン、現代兵器、料理、リアリティなし、ハイ・リターンの成功譚などの受ける要素がモリモリじゃないか。
わからないか?幼女、オッパイ、モフモフなどは続編に盛り込む方針で敢て出さないこのしたたかな計算が。
発表したら、閲覧件数は10億は堅いだろうな。
TOKYOに帰れば、わたしは一躍有名小説家の仲間入りだ。
アリステッドよ。態度を改めてわたしを敬うのであればサインくらいしてやってもいいぞ」
『あんた、アホ!?
なんでこんな奴にわたし、負けちゃったのかしら。理不尽すぎるわ』
「(黒騎士のところへ)着きましたよ。大尉殿。
体を元へ戻させてください。十分、暇つぶしになったでしょうから」
こめかみに青筋を立てているエスターがアホふたりを黙らせる。
見れば、エスターの言うように全身真っ黒なフルプレートアーマーに身を固めた、2メートルを越す大柄な騎士が道の真ん中に立っている。そして、騎士の脇には、当然のように柄の部分も含めれば3メートルはあるクレイモア(両手で持つ大剣)が地面に突き立てられている。




