女の危機12
女の危機12
「人に自分の意思を伝えたいのであれば、その人の気持ちを知れ。人の気持ちを知るには、一緒に働くのが一番だ」「人間には、自分のために剣を握る手と他人に差し出す手の2つがある」
戦争で燃え尽きてしまったポランスキーの言葉としては似合わないが(ポランスキーは第一次大戦が始まった頃、まだクラクフで学生をしていた。なので、たぶん他人の言葉の受け売りだろう)、ともかく世間知らずのゲンセンカはこの言葉を信じた。
ゲンセンカに領地を取り戻すための兵力をどこから捻出するか?
ゲンセンカの自称参謀を務める林青蛾が抱えた最大の問題であったが、これについてもポランスキーがいとも簡単に解決のヒントを与えた。
曰く「どこの世界でも貧乏人が圧倒的多数なんだから、貧乏人を味方につければいいんじゃね」
この言葉を聞いて林青蛾は領内で姉のエンセンカにこき使われている鉱山労働者や大農園の小作人、森林伐採の従事者たちに着目した。
山国ディナリスはもともと人口が少なく慢性の人手不足であった。これでは領内にいくら豊かな銀鉱山や塩坑、森林があっても宝の持ち腐れであり、エンセンカはこれを他国の借金を背負った農民たちを買うことで賄っていた。つまり、多数の奴隷を輸入してこき使っていたのである。
この世界では、ヒト族がエルフの奴隷から解放された歴史もあって、建前上、奴隷制は禁止である。しかし、借金の肩代わりをすることで借金で縛られている者たちを安い賃金でこき使うことは認められている。エンセンカはこれを最大限利用して他国や他領の紛争地域で戦災に遭った農民などを集められるだけ集めて富を量産していたわけである。
林青蛾がこれら搾取されている人たちを味方につける計画を立案し、ポランスキーの先の言葉を信じたゲンセンカは身代わりとなったマリアカリアたちがつくった時間を利用してポランスキーとともに最も過酷な銀鉱山の労働に身を投じた。
安い労働力大歓迎の鉱山では特に身元を調べられることもなく二人は易々と潜り込めた。
それはよかったのだが、その後の二人の生活は過酷を極めることになる。
銀鉱山の労働者は、つるはしや鏨と山鎚で採掘する堀子、採掘された鉱石を坑道から運び出す背負子、湧き出る地下水を木製ポンプで汲み出す水汲み、鉱石を砕いて炉で不純物と分解する精錬士に分かれる。
いずれの労働も30歳まで生きられないと言われている過酷なものである。
体の大きいポランスキーは最初水汲みとなり、直ぐに精錬の仕事に従事させられた。防護服もない環境であり、熱のため異常に体力を消耗する仕事であった。一方、ゲンセンカは少年と偽っていたこともあって背負子をやらされた。約2プード(32.76キログラム)もある鉱石を背負って一日に何度も坑道を行き来する重労働である。坑道は換気が悪く、落盤の危険が常にあった。
体力自慢のポランスキーですらこれには音を上げたし、今まで勝手気ままに生きてきたゲンセンカもあまりのつらさに涙をこぼした。
だが、時は来た。
ゲンセンカたちが労働をはじめて2週間後、ついに女侠たちが行動を起こした。今や、鞭をもって威張り散らしていた小頭や監督たちも林青蛾たち女侠によって排除され、鉱山は制圧されている。
ゲンセンカが集まった坑夫たちを前に馬に輪乗りしながら演説をする。
「わたしはゲンセンカ・ナ・コーツ。前の領主の娘で、いまは国のお尋ね者よ。
わたしは政治のことはなにもわからない。でも、ここにいる人たちの生活を見て思ったことがあるの。
なぜ鞭でたたかれなければならないの?なぜ病気になっても休ませてもらえないの?なぜ働けなくなると捨てられて食事も与えられなくなるの?
わたしは思うの。これは人間の生活ではない。変えなければならないことだと」
ゲンセンカの視線が集まった人々の雑巾のようなボロボロの衣服と埃だらけの裸足を捉える。
「3人の女侠たちのおかげでいま、鉱山であなたたちを働かせようとするひとはいないわ。でも、これは今だけ。直に別の人たちがやってくる。
女侠たちはあなた方に自由を与えられない。わたしも与えられない。自由は自分たちで勝ち取るものよ。
さあ、選んで。
ここに残って今までと同じように犬の餌にも劣る食事を投げ与えられながら死ぬまで働くのか。それとも、人間らしい生活ができる権利を勝ち取るために闘うのか。
わたしはあなたたちを救うためにお尋ね者になったのではない。でもね。気に食わないこの国を変えるために闘うことだけは約束する」
ゲンセンカは馬上で剣を引き抜く。
「この闘いは途中で和解などありえない。殺し殺されの血まみれのものとなる。相手を殺しつくすまで終わらないわ。闘うことを選んだらもう後戻りはできない。
わたしはもう行く。
覚悟があるのならわたしについて来てちょうだい。残ることを選択してもわたしは軽蔑したり責めたりはしない」
ゲンセンカは細剣を鞭代わりにして馬の尻にあて、駆け出していく。そのあとを女侠たちとポランスキーも馬で追う。
集まった人たちの中で最初にゲンセンカの後を追ったのは、やはり赤子を抱えた女性たちであった。子供たちの将来を考えた彼女たちは痛切に社会の仕組みを変えたかった。本能が彼女たちに今がその時だと教えていた。
つられて子供たちが後を追い、最後に男たちが動いた。
この日だけでゲンセンカは3000の共に闘う同志を得ることになった。あくる日には大農園で2000人の小作人たちからなる兵を得、次の日には3000人の森林伐採の協力者を得た。
この世界初の解放軍の誕生である。
林青蛾は解放軍に対して自分たちでリーダーを選ばせ、自分たちで軍律を定めさせてこれを厳しく守らせた。そして、破るものに対しては即座に人民裁判を開き厳罰に処した。ほとんどが死刑であり、木の枝からぶさがって死体をさらすことになる。
それでも参加した女子供たちはついて行き、全員の人相が鋭く変化して集団の醸し出す威圧感がますます高まった……。かなり物騒な集団になったといえる。まるでポル・ポトのクメール・ルージュや毛沢東の紅衛兵たちのように危険な集団と化した。
とはいえ、領内の主要な街はマリアカリアたちによって既に制圧されており、兵站も整えられている。後は組織化され雪だるま式に増えていった解放軍が進軍するだけで事足りた。そのため、住民の虐殺などには発展しなかった。
事実、領内ではエンセンカの領外への撤退戦以外、これといった戦闘は行われなかった。
こうして解放軍により領内のすべてが制圧されエンセンカの居城が陥落したのは、銀鉱山でゲンセンカが演説したわずか10日後のことであった。
しかしながら、闘いはまだ始まったばかりと言える。
ゲンセンカは坑夫たちと伐採従事者たちに労働条件の改善を約束し、小作人たちには地主の土地を分割して分け与えることを約束した。これは既得権益を侵す行為であり、これまでの社会の根本を覆す行為といえた。国王以下従来の支配者たちの容認できるものではない。
ゲンセンカの予言通り、まずは彼らたちとの血で血を洗う闘争がはじまることになる。
このとき、解放軍は士気が高く厳しく規律されているとはいえ、まだ女子供を含む素人の寄せ集めでしかない。
では、熟練した国王側の騎士団や兵士たちとの戦いに勝ち残るためには一体どうしたらよいのか?
林青蛾は将来を見据えて考える。
女子供でも扱える強力な武器さえあれば相手側の熟練兵と遜色はなくなる。数なら圧倒的にこちらの方が上だ。地の利を生かすこともできよう。
幸い、領内にはエンセンカの集めた精錬された銀が大量に残されている。これで北部の紛争地帯で暗躍していると言われている異世界の武器商人から小銃と火薬を買うのだ!
このとき、毛沢東の著作を読んだこともない林青蛾が近代兵器で武装した人民によるゲリラ戦という必勝の軍略を思いつく。
山国ディナリス中を人民の海として、やつら(敵)を溺れさせてやればよい!
* * * *
「この際、間違いをはっきりさせておこう。わたしには学があるのだ。故郷では軍の学校といえども最高学府を首席で卒業し、そのうえエルフランドのベルエンネ大学にも留学している。近代的な学校教育を受けたこともない古代の魔女風情に馬鹿にされる覚えはない!」
『あら。わたしにだって学歴はあるのよ。
子孫の学歴はその肉体と融合してきたわたしの学歴。
お分かり。
だから、わたしの最終学歴はサラの(大学の)建築学科卒業となるの。
軍の学校なんてろくに学問もしない各種学校扱いじゃない。大卒の学士様になめた口、叩くんじゃないわよ!』(ウエストポイントやサン・クレール出身の人からみれば全くの暴言であり、抗議殺到というところだが、魔女には各国で軍の士官学校がどういう扱いを受けているのかなんてどうでもいいことなのである)
どっちの学歴が立派かという不毛極まりないアホな議論をしているのは、当然、怒れる軍人マリアカリアとサディストの大魔女アリステッドである。
きっかけは、ゲンセンカとの約束を住民に対して虐殺の悪夢をうえつけることでほとんど履行してしてしまったマリアカリアたちが残る抵抗勢力であるセルマ修道会本山を叩き潰すため間道を進んでいたところ、古代文字を刻まれた妙な石碑を発見したことにある。
興味をひかれたマリアカリアがアリステッドに古代文字の解読するよう頼んだところ、『やっぱ。頼られる人間はつらいわね。優秀すぎて自分が怖いわ』などとアリステッドが妄言を吐き始めたのにマリアカリアがカチンと来てしまったのだ。
最初の頃は、お互いの能力のけなし合いにはじまり、次いで相手の思想の異常さについての批判合戦、果ては性癖やアンチ・エイジングのやり方の汚さ、26歳にもなってマリアカリアが結婚をしていないことへの当てこすりにまでテーマが飛んで行き、なぜか最終的には、特にくだらない互いの学歴のなさについて白熱した言い合いの展開をみせるようになったのだ。
石碑を前にしてふたりが延々2時間も不毛なことを繰り返しているのに小学校も出ていない古代の暗殺者エスターがとうとうしびれを切らした。
パンッ。
貴重な歴史的記念碑だったかもしれない石碑をエスターが指一本で粉砕する。
「なんて乱暴な。エスター中尉。よき軍人である前に女であるという自覚を忘れてはいかんぞ!」『ああ。やだやだ。これだから野蛮人は嫌いなの。感情のはけ口を物を壊すという暴力に求めるなんて。理性というものがないのかしら』
さきほどまで争っていたふたりがこもごも自分を棚に上げた、ずいぶんと勝手な発言をする。
「大尉殿。行きかう行商人たちの記憶を読んだところ、石碑にはこう書かれていたそうです。
『来たれ。若人たち。
能力あるものは能力を示せ。力あるものは力を示せ。
さすれば、門は開かれるであろう』
つまり、この間道の先にはかつてセルマ修道院の幹部候補生になるための試練の場があったのです」
「ふーん。つまらんな。
で、かつてあったということは今ではもう試練の場というのはないのか?」
「いえ。使われなくなったというだけで、壊すこともできずに放置されているということです。
内容は『不死身の黒騎士』『死の橋』『聖杯の置かれた迷える古城』の3つで、地元では間道の通行を妨げる迷惑な障害物として有名です」
並行して後から敷いた本道では修道士たちが関所を建てて通行税を取っているので、地元ではわざと残したとのもっぱらの噂である。
『黒騎士だとか聖杯だとか、なんだかすましたふりして中身、子供のイギリス野郎の考えそうなことじゃない。気に食わないわ』
「それについては同感だな。ついでだ。行って叩き潰そう」
大英帝国魔女協会憎しのアリステッドの意見に、混んでる本道でまたぞろ虐殺の悪夢を展開するのに飽き飽きしているマリアカリアが同調する。
「石碑を越えて間道を進むのを決めるだけで2時間の空費。これからどれだけ時間がかかるのやら」
すでにあきらめ気分のエスターがそっとため息をつく……。




