女の危機11
女の危機11
「ファイアー!」
コールマン髭の指揮官が叫ぶ。
その声に応じて居並ぶセルマ修道士たちが次々と掌から衝撃波を放つ。
途端にすさまじい勢いで酒場の壁に大穴が空きはじめ、30ミリ機関砲で連打されたかのようなありさまとなる。
もちろん中は埃まみれ。マリアカリアの予想通り破砕された木片と漆喰で濛々として視界が利かない。
「チャージ!」
頃よいよしとみたのか、コールマン髭が剣を振り上げ、控えている完全武装の騎士たちに突入の合図をおくる。
合図を見て騎士たちが盾で身を庇いながら未だ視界の利かない酒場の中へと一斉に突入する。
しかし。
周りが固唾を飲んで見守る中、しばらく経っても酒場の中から何の剣戟の音も聞こえてこない。突入を果たした20名ほどの騎士たちの戸惑いながら中を歩き回る音だけが響く。
しばらく困惑がつづいたあと、変化は突然、外で起こる。
ピシャッ。
外にいたコールマン髭の指揮官はなにか生暖かいものが自分の顔にかかったのを感じた。
その瞬間から彼にとり周りすべての出来事が非常に緩慢に動き、もどかしくさえ感じられる。部下たちの間から漏れる不気味な「ぐひゅ」とか「ひゅー」とかの音も間遠に聞こえる。
そして、彼にはそれらすべてが信じられなかった。
どこからかピアノ線のようなものが飛んできて次々と護衛の兵士やセルマ修道士たちの首を斬り飛ばし、残った胴体から噴水のように血の水柱が立つ。
見えない何かに吊り下げられるようにして兵士たちが宙に浮き、まるで逆さ磔に架けられたように固定される。そして、顎の下に自身の持っていた槍の穂先を突き付けられ、ゆっくりと内へとねじ込まれていく。悲鳴。ドボドボと滴り落ちる血。響き渡る女の哄笑。
穴だらけの酒場の中では百雷が落ちたかのような発射の轟音がし、薄れかかった埃の中で絶え間なく発火がきらめく。そしてその発火に応じて次々と鎧姿の騎士たちが埃の中に崩れ倒れていく……。
やがて兵士たちのだれもが動かなくなった。
辺りは急に静かになる。
樽の描かれた酒場の看板が風に揺られてギシギシと鳴る音だけが聞こえてくる。
ようやく指揮官の感覚もいつものものへと戻ってきた。だが、動けない。
「あら。反応が鈍いわね。少し刺激が強すぎたのかしら」
首になにか鋭いものを突き付けられた指揮官は確かに近くにいるが姿の見えない女性のそんな声を聞いた気がした。
やがて、ぶら下がっていた天井から漆喰の破片と木片でいっぱいとなった床へ降り立ち、残っている埃の中からマリアカリアが姿を現す。
両手にはいつもの拳銃が握られている。
彼女は天井にぶら下がり頭上から酒場の騎士たちに銃弾を浴びせていたわけだが、その神業めいた射撃の腕で騎士たちはすべてヘルメットの隙間から顔を撃ち抜かれていた。
マガジンを換えたマリアカリアが指揮官のもとへと歩み寄る。
「貴公。名前は何という?」
指揮官は未だ呆然としていて目の前の銀髪の少女の問いかけに答えられない。
「エスター中尉。こいつの名前と身分は?」
「アモ・ダ・ルエ。子爵でここウルペンの城代をしております。大尉殿」
苛立ったマリアカリアの質問に城代の真後ろに立っているエスターが端的に答える。
「エスター中尉。城内にあと何人、敵兵が残っている?」
「騎士10名。兵士57名です。大尉殿。セルマ修道士の応援はおりません」
起こったことがいまだに信じられないルエ子爵に対し冷たい目の少女が容赦のない言葉を吐きかける。
「ルエ子爵。貴公は勘違いしているようだが、われわれはゲンセンカの一味ではない。それと、手配書に描かれている内容はすべてでたらめだ。
われわれは精霊防衛隊とその協力者だ。
つまり、貴公は対象を見誤り、先制攻撃をかけたというわけだな。
だが、安心するがいい。貴公のやったことは決して違法ではない。
なぜなら、われわれは現在、ゲンセンカと同盟関係にあり、ゲンセンカと戦争状態にある貴公にとってわれわれは敵対勢力にあたるのだからな。
逆に言えば、われわれにとっても貴公は集団的自衛権行使の対象であり、先の反撃は正当な行為に当たる。決して一方的な虐殺ではない。その点だけは認識しておいてくれたまえ。
さて、ルエ子爵よ。現状、貴公の部下はもうほとんど残っていない。抵抗するにしてもわれわれの戦力から言って数分しか持たないだろう。これ以上の虐殺は無意味だ。
降伏するがいい。そうすれば、われわれは交戦規定に則って貴公と残りの部下たちを戦時捕虜として扱い、命と名誉の守られることを約束しよう」
「……」
ルエ子爵の目に映るものは血の海、首を切断された部下の死体のやま。そして宙に浮かぶ兵士たちの串刺し。
恐怖で凍り付いたルエ子爵はマリアカリアの感情を押し殺した冷たい声に答えられない。
そこへ新たな声が降ってくる。
「ねえ。ねえ。猪女。この串刺し死体たち、どうしようか?
なんなら城門にでも飾っとく?通る人がびっくりするから面白いわよ」
「悪趣味な。面白いのは妙な性癖のあるおまえだけだ。サディストの三流魔女めが。
衛生上の問題がある。迅速に片づけられるよう(死体は)一か所に集めておけ。できれば石灰をかけてな」
マリアカリアが怒鳴り返すと、「へい。へい」と2度返事をしながらアリステッドが串刺し死体を連れて空を飛んで行った。
「ああああ」
その様子を見てルエ子爵は力が抜けてついに血のしみ込んだ地面に膝をつく。
そこへマリアカリアが苦い顔をしながら子爵に告げる。
「ルエ子爵。よく聞いてくれ。
降伏を約束するなら、この虐殺をなかったことにできる。わたしにはそういう能力があるのだ。
どうする?子爵。すべては元の状態に戻るのだぞ」
マリアカリアの謎の言葉を聞いた途端、ルエ子爵の意識は途切れた。
* * * *
話は少し遡る。
城塞都市ウルペンに至るまであと5マイルの地点でマリアカリアたちが馬を停め休憩をしていたところに林青蛾と魯雪華が現れた。
「り、林先輩に魯先輩か。何の用だ?」
赤面したマリアカリアが異世界で久方ぶりに会った知り合いに対しては少々違う物言いをする。
それもそのはず。マリアカリアは周りが緑の高原であることに浮かれたのか、さっきまでサウンド・オブ・ミュージックのオープニング・テーマを大声で歌っていたのだから。それもジュリー・アンドリュースをまねた振り付けでくるくると回りながら。
「……昔からおぬしは変わっておったから今更感もあるが。少し驚いたの」「『士、三日見ざれば括目すべし』と言いますが、悪い方に括目されたようですね」
横でアリステッドが「♪アイ ウォナ ビ ア ミュージカル・アクトレス~」とか歌いながら皮肉る。
「見てたのか。やはり」
マリアカリアが力なくつぶやく。
「最初の歌いだしから終わりまでしっかりと」「あまりにも楽しそうだったから、つい声をかけるのを躊躇ってしもうたがの」
ニヤニヤしている林青蛾たちにやけくそになったマリアカリアが声を荒げる。
「で。何の御用ですかな。先輩方」
「うむ。おぬしは話が早くて助かるぞよ。
仙人からの課題でな。妾たちはいま、ゲンセンカというそれは不憫な小娘を助けようとしているのだが、領地を取り返すのに少々人手が足りんのじゃ。そこで、おぬしたちに手伝ってほしい。
ただとは言わんぞよ。妾たちも武林で生きるものの端くれじゃ。手土産もなしに頼み事はせん。おぬしたちの最も欲しがっているものと素敵なプラスアルファをつけて差し上げようぞ」
マリアカリアの性格を熟知している林青蛾たちに抜かりはなかった。
こうしてマリアカリアたちとゲンセンカの間で攻守同盟が結ばれ、マリアカリアたちはゲンセンカの身代わりを務めることになった。ゲンセンカのもとに兵力が集まるまでひたすら騒ぎを起こしてかく乱することが仕事である。これがため、山の国ディナリスはますます混迷を深めていくことになる。
ついでに言うと、このときはじめて大司教以外誰も知りえなかった黒皮の鞄の中身の秘密も顕わになった(中身に興味を持ったアリステッドが勝手に自前のパソコンで調べた)。
度々登場している黒皮の鞄の中身はもともとはゲンセンカが不審死をした父の蔵書の中から発見したものであった。貴重なものらしく、大判の本5冊の中身がくり抜かれ、その中に古代文字が刻まれた石板とともに巧妙に隠されていた。だが、ゲンセンカには古代文字が読めない。興味のないゲンセンカは隠し持つだけで満足して中身がなんであるかを追究しようともしなかった。その後、叔父に監禁されたとき、中身が邪悪なものだと直感したゲンセンカが取り上げられて中身を叔父に利用されるのを防ぐため説明の書かれているらしい石板の方だけは砕いてしまった。以来、中身の方はなんであるかわからないまま、ゲンセンカから叔父へ。叔父からエンセンカへ。宗教に関係するのではないかと考えたエンセンカから大司教のもとへと贈られた。中身が何であるかを知っている大司教がほくそ笑んだのは言うまでもないが、何か貴重なものだと考えた魯雪華に強奪されることになる。
中身の正体は細胞のミトコンドリアを食い荒らしながらとってかわる生きた何か、つまり、俗にいうゾンビ・パウダーだった……。
このゾンビ・パウダーをめぐる大司教との取り合いのゲームはまだまだ続く。




