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女の危機5

 女の危機5


 スーパー・ウーマンの亭主。その男、田中耕一。

 もと野球選手。母校の春夏甲子園連覇の原動力となった4番の主将。ドラフト2位で球界入り。新人賞。打率リーグ・トップ。年間MVP。華麗な履歴を持ち、いずれは球界殿堂入りとまで言われた男。

 周りの目からはすべてが順調に見えた。健康第一主義で、プライベートでも飲酒や女性関係で躓くこともなかった。

 だが、本人は気が気でなかった。30歳を目前にして引退後のあるべき自分の姿を思い描けずに焦りだけがあった。

 野球解説員?TVタレント?リトル・リーグの監督?それとも健康食品の通販事業主?

 いずれも自分には似つかわしくない……。


 そんな男が異世界へと連れてこられた。5年前のことである。

 春のチームの合宿に参加していたある日、屋内練習場で突然全身に衝撃が走った。落雷かと思った。だが、気づくと、木製バット一本持って異世界の大森林の中を巨大昆虫に取り囲まれて立っていた。


 俺にどうしろと!


 だが、そんな男の混乱は一瞬だけだった。絶体絶命の危機に際しても何故か落ち着いていた。いまから思えば能力がフル活動していたのだろう。

 ふと、男は願えばなんでも叶うという気がした。で、願った。


 俺は虫が嫌いなんだ。どっかへ行っちまえ!


 昆虫たちはそそくさと立ち去った。そのかわりピクシーが立ち現れて男は保護された……。


 男の能力は(自身も含めて)ほぼ異世界にいる生物全体に影響を及ぼせる。

 例外はピクシーと妻の美香、それと小野少年である。

 セルマはもとから生物でないので関係ない。彼女は精霊なのだ。


 ✽       ✽       ✽       ✽


 あの馬鹿野郎!


 セルマ修道士、ブラザー・コマは同僚を心の中で大いに罵った。


 空間転移をされると、転移直後、著しく注意力が減退してしまう。そんな常識を知ってか知らずか、同僚のブラザー・シンはコマをコロコロの街の正門に転移させたのだ。正門付近では街を訪れる旅人をねらって少年スリたちがたむろしている。その結果……。


 おかげでブラザー・コマは貴重な残り時間をさいてコロコロの街の裏事情を探り、ようやく盗品の集まる場所を知る。


 通称泥棒大通りのとある酒場。そこで本日の盗品のセリが行われる、と。


 コマはその酒場に飛び込んだ。

 酒場の名前はツバメ亭。先々代の店主が街の顔役の機嫌を損ねて死体となった。股を開いたその死体の格好がなんだかツバメの尻尾を思わせたので、つけられたあだ名である。


 酒場では、神経質そうな男が壁に貼られたボードに一心不乱に品名の書き込みをしている。客席はボードを眺める男たちで満席である。まだセリは行われていないようだ。

 だが、ブラザー・コマにとってそんなことはどうでもいい。


「今朝方、正門付近でスリ盗られた黒い皮鞄だ。金貨30枚、いや50枚払ってもいい。すぐに出してくれ」


 ブラザー・コマの呼びかけに誰も答えようとしない。ほとんどが事情を知らない愚か者がなにやらわめいているといった風情でうすら笑いを浮かべている。


「お客さん。困りますね。セリに参加したいのなら手順を踏んで代理人を立てなきゃ……」

 ボードに書き込みをしていた男がコマに注意をした。だが、注意は途中で遮られる。


 パンッ。パ、パンッ。

 注意をした男。それと最前列の客席で嘲りの笑いを浮かべていた男ふたりの頭が弾けとんだ。生臭い匂いとともに赤い水柱が3つ、立つ。


「いいか。5つ、数えるまでに出せ。でなきゃ皆殺しだ!」


 パン。パン。パ、パパパン。

 袖口からナイフを取り出した男。剣の柄を握った帽子の男。詠唱をはじめて指輪を向けた男……。

 いずれも上半身が弾け飛び、物言わぬ死体へと早変わりした。


「……4つ。5つ。終わりか?」

「待て。待ってくれ!」


 後ろの方から黒い皮鞄が放り出された。投げた男はガタガタと震えている。


「フン。ギリギリかよ。まあ、いい」

 ブラザー・コマはスリの元締めらしいでっぷりと肥えた男に向かって金貨の包を投げつけた。肥えた男のまわりに金貨が散乱する。

「50枚はあるだろうよ。よかったな。儲かったうえ、命まで拾えて。

 じゃあな。遠慮なく(黒い皮鞄を)返してもらうぜ」


 鞄を拾ってコマは出口へと向かう。

 中の客たちは時間が止まったかのように微動だにしない。反撃などとんでもない。悪魔が去るのを心の底から祈るばかりである……。


「ああ、そうだ」

 振り向くコマに客全員がピクリとする。

「おまえ。鞄の中身を見た?」

 眉を上げて問いかけるコマに肥えた男は一層、身をこわばらせる。

「……」

「見たかどうか聞いてんだよ。さっさと答えろよ!」


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