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女の危機3

 女の危機3


 林道を疾走していた馬車が突然止まる。

 木が切り倒されて道をふさいでいるのだ。


「ドウ。ドウ」

 手綱を引いた御者の顔に緊張が走る。

 そこへ前から2人、後ろから1人、プレートアーマーを着込んだ騎士たちが現れた。


「ゲンセンカ・ナ・コーツ嬢よ。

 覚悟を決め、馬車から姿を見せられよ。もはや地上のどこにも貴方様の逃げ場はござらぬ。哀れとは存ずるが、これもまた貴人に生まれた定め。諦められよ。

 ……我らも鬼ではござらん。お祈りの時間は差し上げよう」


 騎士たちは女ひとりと侮ってはいない。その証拠に得物の斧や大剣を握る手が汗ばんでいる。


 ひと呼吸おいて馬車の扉が開く。

 真っ赤な豪奢な絹のドレスの裾が見える。ついでほっそりとした胴。大粒の真珠を連ねた首飾り。腕にぴったりとした白い袖。最後に小さな黒いマスク(ヴィザルド・マスク。紐で結わえるタイプではなく、口のあたりについているビーズで歯に固定する。日焼け防止と神秘的な印象を見る者に与えるという理由で16世紀、17世紀とスペインの貴婦人たちの間で大流行した)で覆われた顔。

 髪は真ん中から分けられて髪飾りとともにうしろで編み上げられ、薄絹のベールがかけられている。

 その貴婦人が右手の長扇子で口元を覆いつつ、欠伸混じりにこう曰うた。


「やれやれ。情報を流し馬車まで用意したのに、かかったのは雑魚が一匹とは。コスト倒れもいいところじゃな。

 あー。お主たちのことではないぞえ。お主たちでは雑魚にすらならぬからな。怪我をせぬうちに退散するがよかろ。妾の用があるのは、ほれ。そこの斧持ちの影に潜んでいる薄気味の悪い男だけじゃ」


「ククククッ。退屈な野暮仕事だと決めつけていたが、どうやら久しぶりに面白いことになりそうだな」


 不審がる騎士たちをよそに、斧を持つ騎士の影から修道院のローブを着た痩せた男が姿を現す。


「なぜ、セルマ修道士が!」

 騎士の一人が驚きの声を上げる。


 だが、真っ向から相対しているこの場の強者2人には驚く様子もない。


「名乗りはせぬのかや?」

「おかしな事を言う。刺客が名乗るはずもあるまい」

「ふむ。あながち素人でもないか。じゃが、刺客と名乗るのは少々おこがましくはないかえ。殺気がダダ漏れじゃったぞえ。故郷ではの。刺客は冬の夜に舞う雪のごとく音もなく忍び寄るものと決まっておったものだがの」

「フン。安い挑発はそこまでにしておけ。たかが市井の腕自慢が対精霊用に特化された我らに勝てると思うていること自体、片腹痛いわ」


 痩せた男の輪郭がブルリとぼやけると、たちまち辺り一面、白光が入り乱れる。が、剣を合わせる音はまったくない。無音の中の死の輪舞。両者は忙しく上へ下へと姿を入れ替える。


「なかなか素早いな。だが、これで終わりだ!」


 凄まじい体術で煙のごとく変化自在に動き回り男の剣をかすらせもしなかった林青蛾の背後に突如、腕が一本出現して赤黒い炎を吹き付ける。


 ポイズン・スティール。

 しかもただの毒ではない。林青蛾のいた場所そのものを焼きただらせた。


「それはこちらのセリフぞえ」


 いつの間にか宙を飛んだ林青蛾が叫ぶ。


「人の身で空間転移まで修めた点は褒めて取らす。じゃが、それだけでは妾との相性は悪いぞえ。反省はあの世で致すがよかろ。再見!」


 林青蛾は無人の宙でひらひらと落ち葉が舞うようにその細剣を閃かす。その刃に鋭さはない。

 しかし……。


 男が逃げ込んだ空間では虚空風が吹きすさび、逆巻き、すべてのものを切り裂いた。

 たかが空間転移程度では陰の内功を究極まで修めた林青蛾から逃れられる道理はない。


 トンッ。

 軽やかに地に降り立った林青蛾の背後で男の絶叫と右腕、胴の一部、そして半分になった首が落ちる。


「風揚剣、なれり。

 剣仙静寂には未だ及ばず。じゃが……」


 ニイィ。

 黒い仮面の下で口角の片方があがる。


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