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女の危機1

 女の危機1


 迫ってくる静寂尼を避けて蟻塚から地下都市へと撤退したピクシーと小野少年は早速、『聖遺物』破壊とエルフによる再統治復活に向けての様々な活動を開始した。

 たとえば、執務室にある情報端末を使って必要な情報を入手すると、小野少年はてきぱきとピクシーに対して提案を始める。


「資料を読む限り、この豪胆公ムンケという男は使えそうだね」

「ああ。北部でブイブイいわしている奴ね。暴力が大好きで、低脳のくせに領土欲が人一倍ある。まさにヒト族の典型だわね。そんな奴、何に使うつもり?」

「名誉を与えてやるのさ。反乱後は現地のヒト族で君の守護地に入ったものはいないんだろう?こいつにその第一号の名誉を与えてやるのさ。できるだけ麗々しく書いた招待状を送ってね」

「ちょっと。敵を招き入れてどうすんの?」

「ヒト族がエルフに敵対していたのは大昔の話。いまではおとぎ話みたいなもの。そのおとぎ話の住人から数あるヒト族の中から選ばれて招待されるんだよ。招待された方はどう感じる?薄気味悪く感じるとともにあのエルフがとうとうオレの実力を認めたかと鼻高々になるのじゃないのかな」

「アハハハ。そういうことか。そいつ、きっと招待されたことを触れ回るわね。そして、周りからエルフの後ろ盾があるんじゃないかと警戒と羨望を呼び込むことになる」

「そのとおり。支配される側を団結させてはならない。常に分断して統治せよ。これ、基本だよ」

「なるほど。でも、そいつ、本当に招待に応じて来ちゃったらどうするの?何話したらいいのかわからないよ。それに肝心のエルフ族は眠っちゃっているし」

「御簾を下ろして中に人形でも座らせておけばいい。こういう時は偉い人は一言も喋らないものだ。代わりに君が『遠路はるばるご苦労。主上もお喜びであらせられる』とでも言って、なにかちょっとしたお土産でも持たせていやればよいのさ。たとえば、そこの鎧だとか」

「はあ?これ、スポーツの防具だよ。機能としては汗臭さ防止のデオドラント効果しか付いてないし」

「そう。そんなもので結構。何の役にも立たない安物でもまったく問題はないよ。だって、貰う方はそんなことは知らないからね。伝説の鎧でももらったと勘違いするんじゃないかな。勘違いしてまた周りに吹聴すれば、ますます警戒と羨望を呼び込んでこちらのためになる」

「アハハハ。悪いやつだね。君は」

「僕としては公家らしいと言ってもらいたいね」


 だが、活動はそんな得意の策謀に偏ったものだけではない。

 早朝、小野少年はピクシーに頼まれてとある異世界人の住居へと行かされた。


 小野少年が会ってみると、その男は桃を手でむいていた。

 男は異世界人には珍しく、元の世界で活躍していた野球選手だった。現役時代の名残で指を怪我するのが怖くて男は刃物やはさみを使うことが一切できないでいる。


「……オレはピクシーさん、呼んだんだけど。君、誰?」

「新参者でピクシーさんの手伝いをしている、小野弘道といいます。以後、ご昵懇に」

「まあ、いいけど」

 ため息をついて言い捨てると、男は今度は米を研ぎだした。


「昨日、嫁と喧嘩してね。いつまでも起きてこないんだわ。だから、今日はオレがメシを作る」

「えーと。話が見えてこないんですが」

「オレ。包丁とか持つことできないんだよね。料理作れないわけ。インスタントは体が受け付けないから、このままだと毎日、卵かけご飯のお世話にならなくてはいけないわけ」

「……つまり、夫婦喧嘩の仲裁をしろ、ということですか?」

「喧嘩なんて大げさな。オレが嫁に壺で一方的に殴られただけだよ。オレ、女子供に一切手を上げられないから」

「……」

「まあ、そんなこと、どうでもいいよ。嫁が機嫌直して料理つくってくれたらオレは満足」

「いやいや。打ちどころが悪けりゃ、死にますって。事情がわからないから何とも言えませんけど、きちんと話し合いだけはしなくては」

「オレ、話苦手だし。嫁はふて寝しているし」

「……」


 小野少年が内心、頭を抱えたのは言うまでもない。

 異世界人の管理が重要だということはわかるが、なぜに僕が夫婦喧嘩の仲裁までしなくてはならないんだ!こっちは結婚もしていないんだぞ。未成年なんだぞ。なにより公家の本質に関係ないじゃないか!


 本来の自分を取り戻すために戦いを始めた小野少年であったが、早速、試練に心が折れそうになるのであった……。


✽     ✽     ✽     ✽


 その頃、マリアカリアたちも文官の私邸で出立前の朝食を摂っていた。

 必要な情報を取得したうえ、美女ことアリステッドをも捕まえたのだ。マリアカリアにとってこの地にはもう用は無い。


『わたしをどうするつもり?殺すの?それだったら早くしてちょうだい。こんなの、耐えられないわ』

「どうするつもりもない。けじめはつけた。もうおまえが死のうが生きようが、わたしの知ったことではない。

 ただ、目の前で首だけはつってくれるな。見ていて気持ちのいいものではないからな」


 アリステッドの捨鉢な態度をマリアカリアがコーヒーもどきの後、紫煙を吹かしながら切って捨てる。


「これ。コーヒーのようで、そうではないのね。苦味とか酸味とかよく似ているんだけど」


 今度は同じ口から別の口調が飛び出てくる。実に紛らわしいが、サラの身体をアリステッドと兼用で使っているため仕方がない。


「異世界なんだ。似たようなものはあっても、まったく同じものなどありはしない。

 たとえば、さっき出されたオムレツ。鶏の卵を使ったものかどうかさえ定かではない」

「ええ!?そんなもの食べて、わたし、アレルギーとか出ないかしら!」

「サラ君。君は建築士としてひとりでサンフランシスコに住んでいたという割には頭が悪いんだな。

 普通、そういった疑問はもっと前にすべきものであろう。

 なぜ言葉が通じるのか、とか。体内に住む微生物はどうなっちゃうのだろうか、とか。月の引力の違いが及ぼす体への影響とか。大気に含まれる有毒ガスの度合いとかといった疑問とともにな。

 異世界初心者とはいえ、危機意識がかなり乏しいと言わざるを得ない」


 マリアカリアは軍人らしく危機意識の乏しいものへはどうしてもきつく当たってしまう。


「へー。だったら、もちろん大尉さんたちはそういった疑問にちゃんとした納得できる解答を用意されておられるわけね。後学のために是非教えて欲しいわね」

 頭が悪いと言われてカチンときたサラも見かけ年下の少女にくってかかる。


「簡単なことだ。こちらの世界でも生存可能なように送り手に造り変えられているのだ。われわれは元の体のままこちらの世界に来ているわけではない。ただ、言語機能だけは似せて作ることができないから、便法として自動翻訳機能がつけられて念話のようなことができるようになっている。それだけさ。

 詳しく言えば、情報だけをこちらの世界に送って体の再構成をするのだ。再構成をするには何らかの有機体が必要となる。サラのいまの体がそこらの植物がもとになっているのか、それともゴキブリに似た虫の集合体でできているのかは知らんがね。送り手が残虐なやつならヒトであった可能性もあるが」


 サラは絶句して目を見張るばかりである。


「サラ君がなにも気を咎める必要はない。すべて送り手が悪いのだ。

 ちなみに、わたしは精霊になりかけであるからリリスでもすべてを再構成することはできない。ダークエルフの体の情報に精霊というエネルギー体がくっついて離れないという性質を利用したにすぎん。

 とはいえ、リリスは送り手としてはかなり優秀な技術を持っていることだけは褒めておいてやろう。あいつでなければこれほど完璧に元の体に似た再構成はできないからな。低級な送り手ならごまかすためにやたらとマニュアル化した人外の能力をつけたがるのに比べれば、だがな」


 マリアカリアの説教癖を断ち切るようにエスターが質問する。彼女にとって異世界初心者いじめなどどうでもいいことなのだ。


「で。大尉殿はこれからどういう行動に出られるわけですか?」

「決まっている。リリスの用意したイベントとやらをこなしていく。まずは、この近くの神殿に眠っているとかという『聖遺物』とやらの見学に出かけよう。

 リリスとしては、こちらにエンシェンカとかゲンシェンカとかいう姉妹の殺し合いにでも参加して欲しいのだろうが、そんなものには関わるつもりはない。裏をかく。勝手に騎士たちに馬車でも襲わせておけばいい。現地の人間の問題などわたしの知ったことか」


 ちなみに、マリアカリアたちの泊まった屋敷の主人である文官は挨拶にも御機嫌伺いにもましてや見送りにも出てこなかった。彼としては以前、ブルクタフトに自身のスキャンダルをもみ消してもらった恩義から嫌々マリアカリアたちの宿泊を引き受けただけなのであって、一切社交の必要性を感じなかったのだ。


「フン。襲撃やら死体の後始末をさせられなくて本当に良かったわい。ブルクタフトめ。得体の知れない外部の者を押し付けよって」


 窓に鼻を押し付けつつ嫌な客たちが出立する様子を見て彼はひとりごちた。

 マリアカリアの気分一つで厄介事を避けえたことを彼は知らない。

 


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