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情けは人の為ならず9

 情けは人の為ならず9


 虫たちの楽園では常時、熾烈な争いが展開されている。自分たちの属する集団が生き残るためという極めてシンプルな目的のために。

 今日は、軍隊アリの斥候たちが白アリの巣穴を発見し、赤い絨毯のような大集団が白アリの女王を求めて襲いかかっている。


 この世界で巨大昆虫たちの生態系の頂点に立つのは、おそらく軍隊アリであろう。

 軍隊アリとは、恒久的な住処を持たずに食料を求め集団で放浪する組織的侵略者である。

 他のアリたちとは違い、恒久的な住処を持たないのは、短期間で移住した地域一帯の生き物をことごとく食べ尽くしてしまうからである。

 女王アリの産卵期はそれほどでもないが、孵化した幼生の育成期には狂ったように他の生き物たちに襲いかかる。そして、食い尽くすと、また進軍し、女王アリが産卵のため仮の住処を定め、辺り一帯が狩場と化してまたたく間に食い尽くしていく。これが女王アリの死ぬまで永永と繰り返される。


 もともとアリは女王アリを中心とした階級社会を形成する生き物であるが、軍隊アリの場合、侵略の効率化のためさらに階級が細分化されている。

 ヒエラルキーの頂点に位置する女王アリ。女王アリに産卵させるための雄の羽根アリ(逆ハーレム)。そして、底辺の働きアリ。

 働きアリは侵略の役割分担のため、働きアリたちを監督する指揮官、餌を運ぶ輜重兵、どんなところへでも集団の移動を可能にするため自らが橋となる工兵、進軍の先にある生きとし生ける物すべてに襲いかかり引き裂く戦士に分類されている。


 今日の、軍隊アリ1200万の襲撃に対する相手はゴキブリの仲間である白アリ約300万。

 高さが三百四、五十メートルに達するかと思われる、土を無数の白アリの唾液で固めた巨大な塔の要塞が攻防の中心となる。


 巣穴に通ずる出入り口という出入り口には、体長8メートルの兵蟻がその大きな頭で蓋をするようにして守っている。白アリの兵蟻たちも決して弱兵ではない。その大きな頭に生えている顎の牙は一撃で軍隊アリの戦士を葬る鋭さを持つ。

 だが、それでも軍隊アリの組織的な用兵ぶりにはかなわない。一匹の兵蟻に対して体長3メートルくらいの戦士たちが5、6匹で遊撃、攪乱、触覚と足に対する同時攻撃、背面から攀じ登っての急所攻撃と役割を分担して効率的に仕留めていく。

 両者とも視覚が退化してほとんどなにも見えていない。触覚と仲間のフェロモンだけを頼りの死闘である。


 白アリの兵蟻たちは勇戦した。だが、戦局は素人目にも明らかだ。

 300万もいた白アリたちがあっという間に数を減らす。これに対して、軍隊アリの方も戦死をかなり出しているものの全体の数から言うとほんの微々たるものでしかない。

 巣穴ではフェロモンによる警戒のアラームが鳴り響き、白アリの女王アリはほとんど腹部だけの体長25メートルにもなる重い体を兵蟻たちに引きずってもらいながら秘密のトンネルを伝って必死の逃走を図っている。

 すでに出入り口の辺り一面、兵蟻の死骸の山である。

 蟻塚のそこかしこで死骸となった兵蟻たちが軍隊アリの輜重兵たちに運び出され、障害のなくなった出入り口から軍隊アリの戦士たちが雪崩を打って中へと侵入を開始する。

 軍隊アリの戦士たちが玉座のある部屋に到達するまでに、果たして女王アリは無事、落城の蟻塚から逃げ出せるのだろうか……。


 この無数の巨大アリたちの激突している現場で、場違い感あふれる3人の人間があたりを睥睨しながら突っ立っている。


「スキールニル。ピクシー(妖精)の行方は判ったか?」

 ジークフリートから問われたスキールニル(豊穣の神フレイの幼馴染で従者。フレイより神剣と魔性の馬ブローズグホーヴィを与えられている)は頷いて前方の蟻塚を指し示す。

「ジークフリートよ。ならば、我が力ですべての蟻どもを焼き尽くしてくれようぞ」

「やめてくれよ。放火魔のおっさん。スキールニルは魔性の馬(炎の壁を突き破るなど耐火の性質を有する)があるけど、オレは防火服も酸素ボンベも持ってないの。普通に焼け死んじゃうでしょうが」

 北欧神話の英雄が炎の巨人スルトの提案をにべもなく退ける。巨人スルトが異常な虫嫌いで、何かといえば虫たちを焼き払いたがるのである。


 ひょっとしたらマリアカリアなどは忘れてしまっているかもしれないが、未だ蓬莱山の剣譜争奪大会は続いているのである。

 仙人たちの課題でチーム「バルハラトレーニング」の面々はこの巨大昆虫の楽園という箱庭へと送り込まれているわけだが、この課題のせいでチームには厄介な追跡者というおまけまでついてきていた。


「……ジークフリート。あの女が来る」

 スキールニルの警告にジークフリートの顔が苦く歪む。

「スルトの炎の壁では時間稼ぎにもならないのか。サイボーグめ。転ければいいのに」


 やがてジークフリートの耳にも錫杖を鳴らす音と何かを唱える女の声が入ってきた。


 ジャラン ジャラン


 むみょうじんじんみみょうほう  ジャラン


 ひゃくせんまんごうなんそうぐう  ジャラン


 がこんけんもんとくじゅうじ   ジャラン


 がんげにょらいしんじつぎ    ジャラン


 ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう  ジャラン ジャラン


 軍隊アリの戦士たちで両側を固めたハイウェイを、忙しく動き回る無数のエサを運ぶ輜重兵たちなどまるでいないかのように押しわたってくる一人の尼僧がいる。呂洞賓剣法の基礎を見ただけで剣仙の境地に達してしまった天才、静寂尼そのひとである。


 チーム「バルハラトレーニング」に出された課題はピクシーに囚われた小野弘道少年の奪還というものであった。

 しかし、小野少年を真人間にするとお釈迦様に誓っている尼僧にとっては他のチームが課題を達成しようがしまいがどうでもいいことである。一刻でも早く自分の手元に取り戻し、座禅三昧と読経で少年の腐った性根を叩き直す必要があった。

 静寂尼はいまや剣仙。次元の扉を自力で切り開けて、未来から来た不死身のサイボーグのように小野少年を追ってきたのである。


 困ったのはジークフリートたちである。優勝候補にまで謳われているのに、ここで静寂尼に小野少年奪還の先を越されでもしたら、その場で予選敗退、決戦にも出場できずにスポンサーたる主神オーディンに恥をかかせてしまうことになる。何としてでも静寂尼に先んじて小野少年を取り戻さなければならない。


「ここにはタンクローリーもプレス機も溶鉱炉もないよ。どうすりゃいいっていうの!」


 ジークフリートは嘆く。

 たぶん、静寂尼を止められるのはあのおんなしかいない……。


  ✽      ✽       ✽       ✽


 「とうちゃーく!どうよ。いいところでしょう」


 標高357メートル、蟻塚の頂上に小野少年を連れてきたナイトキャップをかぶった緑の服の少女が得意そうに鼻を蠢かす。

「きめー。虫虫ムシムシだらけじゃんかよ。

 なに、ここ?お空にトンボの羽根が複数付いた巨大百足がいるんですけど」

「ネバーランドですが。なにか?」


「!?工エエェ(゜〇゜ ;)ェエエ工!?あのムーンウォークが得意だったお方が少年たちとのお楽しみのためだけに作ったという成金遊園地ですか!」

「違うし。あのお方に関しては、お亡くなりになったとはいえ、未だお姉様が頑張っていらっしゃって批判はタブーよ。これ。世界の常識。わかる?

 それに顔文字はやめなさいよね。顔文字は。物語にもキャラにも合わないから」

 ピクシーが頬と尖った耳をピクピクさせながら小野少年を嗜める。


「ここはあんたみたいにイマイチ社交性のない引きこもり君のための楽園。

 そう。現実世界と向き合わず永遠に温い保護のもと子供のままいられる世界よ。

 ゲームでもコスプレでもしたい放題。BLでもやよいでもなんでもOKの腐った地獄。

 ようこそ。永遠のお子ちゃま君。一名様。ごあんなーい!」

「最後のはあんたの願望だろうが。

 僕はねえ。リリスとかいう悪魔に300年も『女殺油地獄』(おんなころし あぶらのじごく)みたいな芝居をさせられていて、もうはやく大人になりたいの。モラトリアムはもういいの!」

「ふーん。そんなこと言うんだ。

 だったら、君はあそこの筋肉3人とか、少し遅れてこちらへ向かってくるオッカナイ尼さんとかに捕まった方がいいのかな?日夜、結跏趺坐して警策で打ちのめされるのがお好きなのかな?

 ああ。君はMだったんだ。お姉さん。気がつかなかったわ」

「い、いやあ。座禅地獄から抜け出せたのは感謝しております」

「だったら?」

「クッ。究極の選択かよ」

「コミケもあって同人誌なんでも手に入るよ。ここでは」

「僕は健常者。そんなものイラン!」


 小野少年の絶叫が腐海の森にこだまする。





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