情けは人の為ならず8
情けは人の為ならず8
マリアカリアたちを乗せて夕暮れの街を馬車が往く。
御者は警備隊長のブルクタフトである。マリアカリアが東ナニナニにある隊商用の旅籠すべてについて不衛生だと言い、泊ることを拒否したため、急遽、酒を奢ってもらったブルクタフトが知り合いの未亡人宅へ案内することになったのである。
馬車は東ナニナニを東西に横切り、西ナニナニへとつなぐ巨大な石橋に至る。
西ナニナニは東ナニナニが交易の中継のための役割を果たすのに対し、行政のための、いわゆる役人街である。それゆえ、橋の両端には衛兵の詰所があり、出入りするものを厳重にチェックしている。
「よう。ダード。相変わらず時化たツラしてやがんな」
「これは隊長殿。こんな時刻に西へなんの御用で?」
「いや。後ろの方々を知り合いの未亡人宅へ連れて行こうと思ってな。東の旅籠に泊められなくて」
「そうですか。それは大変だ。どうぞ、お通りください」
ダード以下3名の衛兵は後ろに乗るマリアカリアたちをまともに見ることもなく、馬車の通行を許した。
風が少し出ているが、石橋の上から見る景色は格別である。
夕日に染まる山並み。濃い紫色の深い渓谷の影。谷川に沿ってうねうねと周りくねっている白い街道。
「おい。ブルクタフトよ。なかなか風流なものだな。今生の終わりに黄泉路への客人に絶景を拝ませてやるという趣向とはな。
『知り合いの未亡人宅へ案内する』が符丁になっているところをみると、かなりの人数が消えているみたいだな」
「……」
マリアカリアが嘲笑すると、御者席にいる巨体の雰囲気が変わった。
「おまえはこの街の掃除屋だな。山賊とつるんで他国や他領のスパイ、あるいは生きてもらっては都合の悪い人物を抹殺していた。普段はだらしない能無しの警備隊長のフリをしながら。
ブルクタフトよ。汚れ仕事は楽しいか?」
「……そこまで知っていて何故馬車に乗った?オレはおんなを手にかけるのは嫌なのに」
「出来もしないことを口に出すのは悲しいぞ。
おまえ程度が1万人寄り集まったところでわれわれに傷一つつけられはしない。一番弱いサラ・レアンダーですら大魔女だ。人質に取ろうというような甘い考えはよせ」
「フンッ」
御者席から振り返りざまブルクタフトが長靴に挟んでいた串のような細いナイフをマリアカリア目掛けて投げつける。
「本来ならわたしに襲いかかったものにはそれ相応の報いを受けてもらうのだが、わたしを正当に評価(美人の令嬢)できる者は特別だ。それくらいのことでわたしは怒ったりはしない。
ブルクタフトよ。わたしを代官に会わせろ。それでおまえの無礼は許す」
馬車の後ろで寝そべったマリアカリアが掲げた右手の指の間に投げつけられた3本のナイフを挟み、あくびをした。
「……代官に危害を加えるつもりなら、馬車ごと橋から落とす。一応、オレにも忠誠心はあるからな。一緒に死んでもらう」
「小物に手を振り上げるほど、わたしも暇ではない。知りたいことを教えてもらえさえすれば、われわれはここから消えるよ。
それはそうと、今夜の宿を都合しろ。できるだけ上品できれいなところでなければいかんぞ」
もう一度、あくびをすると、マリアカリアはエスターに笑いかける。
「昔、シルヴィアが馬上で機械弓の石火矢を指で挟んで止めたことがあってな。観客を大いにわかせたものだ。
大した技ではないのだが、やつは魅せ方というのを心得ている。わたしではああはいかん。真似してみて今日初めて分かった」
「それはようございました。大尉殿。わたしなどは職業柄、目立つことが苦手で、よくわかりませんけれど」
前回同様、エスターはジト目でマリアカリアを見る。
本当はマリアカリアにとって馬車に乗る必要も、橋の上でブルクタフトを挑発する必要も、代官ホウカ男爵に会いにいく必要もないのである。しかし、エスターが行く先々ですべての秘密を暴いてしまうため、なかなかハードボイルド調にならずに不満を募らせたマリアカリアが無理やり活躍を求めてこれらのことを演出したのである。
事を手っ取り早く片付けて早く帰りたいエスターにはマリアカリアの心情が理解できない。
✽ ✽ ✽ ✽
マリアカリアたちを役宅で代官に会わせ、それから文官トップの私邸へと連れて行ったブルクタフトは、今日一日を振り返りうんざりとした。
朝、騎士たちがゲンセンカを暗殺した後の始末の段取りを山賊たちに伝えるため馬を走らせたところ、彼は洞窟内で山賊たちの姿を見出す代わりに濃い血の匂いを嗅いで終わった。山賊たちが皆殺しにされたのは分かったが、誰が何のためにしたのかまでは皆目見当がつかない。
あわてて街を引き返すと、今度は街道で不審なおんなを発見する。サラという件のおんなはろくな旅装をしていないばかりか水も食料も一切持っていない。けしからんことに恥ずかしげもなく生足を見せている(今度、酒場に来る女たちに同じ格好をしてもらおうと考えたのは内緒である)。当然、当地の人間でないことがわかる。物腰、目つきを見れば間諜の類でないのは明らかである。だったら、山賊か部下たちによって身ぐるみを剥がれた巡礼か?その辺の事情を聞こうと馬に乗せて酒場まで帰ったのだが……。
「鬼か悪魔か、一般人がたぶん一生遭遇することもねえ凶悪な奴らになんでオレが団体で遭遇して、そのうえこき使われなくちゃならねえんだよ。理不尽すぎるぜ。まったく」
命拾いをしたことを実感してブルクタフトは夜道で身震いした。




