情けは人の為ならず6
情けは人の為ならず6
「酒か。では、レミー・マルタン ルイ13世をひと樽もってこい」
店の中には長テーブルがふたつ、縦に並べられており、天井からは大きな鉄製の輪燭台が鎖でぶら下がっている。
閑散としており、客は8人しかいなかった。
左側のテーブルで奥に長剣を吊った身なりのまともな男たちが3人。話し込んでいるのか、マリアカリアたちを見ようともしない。
右側のテーブルには真ん中にヤクザ風の男たちが5人。
右側の男たちは木椀に入った生ぬるいエールを片手にサイコロ遊びに興じながら、ニヤニヤとマリアカリアたちを眺めている。
明かりとりが少ないため酒場の内は薄暗く、お世辞にも清潔とはいえない。食べ残しが転がっている床をねずみが一匹横切り、右側の男たちから固い何かを投げつけられた。
「レ、レミー?」
「コニャックだよ。ブランデーも知らないのか。呆れた田舎者だ」
酒場のオヤジは目を白黒させている。
「か、金、持っているのかよ。タダじゃ飲ませられねえぞ」
「レミー・マルタンはあるのかないのか。どうなんだ?」
「先に金を見せやがれ」
「フン」
マリアカリアはベルトの内側から金貨一枚を抜き出し、黒革の手袋をはめた右手の指先で弄ぶ。
「1オンスのメイプルリーフ金貨だ。純度99.99パーセント。これで足りるか?」
金貨をひったくろうとするオヤジの手をひょいと避け、マリアカリアは左手でオヤジの頭を押さえると2度ほど強く仕切り板に打ち付けた。
「しつけのなっていない犬コロだな。客商売は礼儀が大切だと教わらなかったのか」
「ぐはァ。は、鼻が。オレの鼻が」
「おまえのことなど誰も聞いていない。レミー・マルタンはあるのか。それともないのか?」
「ね、ねえよ」
マリアカリアはもう一度、オヤジの頭を打ち付けた。
「ございません。マドモワゼル、の間違いだろう。田吾作。
仕方がない。この店で一番高い酒で我慢してやる。もってこい」
マリアカリアの鉄の腕から解放されたオヤジは血の吹き出している鼻を気にしつつ仕切りの奥へ消えていった。
「ほう。金貨とは豪勢だな。旅のお嬢ちゃん。でも、最近は偽の金貨が出回っているっていう噂だぜ。本物かどうか鑑定してやるからその金貨、オレに貸してみな」
右側の5人のうちの1人が食べかすを床に吐きつけながら猫なで声を出す。
「フン」
男の声に対して仕切り板に背凭れたマリアカリアは顎をわずかに動かし、エスターに合図を送る。
ウザイカラ右側ノ5人ヲ黙ラセロ。
「盗ったりしねえよ。オレ、優しいからな。だから、ほれ。貸してみな」
空気の読めない男はなおニヤニヤしながら自己主張を続けてしまう。
エスターは猫のように音を立てずにゆっくりと5人に近づいた。
「ガッ!」
「ギッ!」
「グッ!」
「ゲッ!」
「ゴッ!」
膝蹴り。肘打ち。手刀。掌底。回し蹴り。
床に伸びた5人を背にしてエスターはなんでもなかったようにマリアカリアの横へと戻る。
左側の男たちは固まってしまったが、マリアカリアは一顧だにしない。そして、怒鳴る。
「おい。オヤジ。いつまで待たせるのだ。(酒を)はやくもってこい。つまみは豚の塩漬け肉でもいい。ただし、いいところだけだぞ」
「へーい。ただいま」
ゴブレットを2個載せた小盆を片手にオヤジが脇にオークの古樽を抱え、肉料理を持った小僧を従えて奥から出てきた。
「うちで最高の、7年寝かせた苔桃酒でごぜえますだ。お嬢様」
「田舎臭いが仕方がない。注げ」
マリアカリアとエスターがゴブレットをカチンと当てた。




