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情けは人の為ならず2

 情けは人の為ならず2


 山賊の住処らしい洞窟の方へ向かおうとするマリアカリアの手を振り払い、なんとか逃れようとしてサラがジタバタする。しかし、どんなにサラが暴れようと、冷たい目をした17歳の少女の鉄の腕を微動だにできない。

「わたしはこれから君をなるべく危険な目に合わせていこうと考えている。サラ・レアンダー。

 そうすることによって、君に同居しているらしい自称美女を表に引っ張り出すことができるからな。君ごとやつを抹殺するという手もあるが、それではわたしが個人的に課している最低限のルールに触れてしまうので、それは最後の手段と考えている。

 分るか?危険な目には合わすが、ギリギリ生存できる程度の配慮はしてやると言っているのだ。だから、安心してあの洞窟に突入してこい」

 逃げられないように片手でサラの腕をねじり上げながら、マリアカリアが一方的な宣言をする。


「はあ?どういうことよ。そもそもなんでわたしがそんな目に合わされなければならないのよ?

 あんたがババアとどういう関係にあるかは知らないけど、わたし、関係ないじゃないのよ。

 それにわたしがババアと同居しているって、どういうことよ?わけのわからない言いがかりはやめて頂戴」

「ふむ。やはり知らないか。

 君が自分の曾祖母だと思っている存在というのは、実は千何百年も前にいたもとセイズ魔術の巫女(ボルボ)だ。セイズ魔術には視覚を通して相手の精神に侵入して根を張り身体を乗っ取るという術がある。奴はそれを使って自分の子孫の身体を乗り潰して存在し続けてきた化物なのだ。

 サラ。君は奴と会ってしまっている以上、身体を乗っ取られているとみていい。どういうつもりで奴が君にその身体の自由を与えているのかは知らんが、奴はいつでも君から身体の自由を奪えるはずだ。

 わたしと奴とはとある事情で敵対関係に有り、わたしは奴を抹殺するつもりでいる。

 ところがだ。一晩、君を観察してみたが、凶悪な魔女のくせになぜだか奴は君の体の中に引きこもったまま出てこない。

 それで、君にギリギリの危険な目に遭ってもらうことにした。君が死ねば中の奴もただでは済まないからな。出ずにはいられないだろうと予測を立てたというわけだ。

 ということで、君はとりあえず山賊の住処へ逝ってこい。

 わたしとしても自称美女と殺し合う前に会話ぐらいしたいではないか。いきなり最終手段では曲が無さすぎる」

「なにが『ということで』よ!

 信じられない!ババアが出てこようと出てこまいと、わたしの身体なのよ。あんた、わたしを殺す気満々じゃない!」

「わたしの精神的負担を軽減するためには、是非とも相手が自称美女であるという認識が必要なのだ。尊い犠牲だと思って諦めてくれ。墓もちゃんと建ててやる。別にそう不安がることもあるまい」

「なんなのよ。あんたは!言ってることめちゃくちゃじゃないの!」


 サラは目の前にいないのに美女の声が聞こえた理由を知り、愕然とする。

 ババアに身体を乗っ取られる!契約ではそんなこと少しも言ってなかったのに!


 あまりの衝撃にこころが麻痺してしまったのか、傲慢で不気味な少女とは思うものの、どういうわけだか未だサラにはマリアカリアに対する例の衝動が生まれてこない。

 ただし、現況に大いに不安を感じているため、どうしてもマリアカリアの吊っている拳銃をチラチラと見てしまう。


 山賊だなんて信じたくはないけれど、映画の撮影かなにかだとも絶対に言い切れない。だって、洞窟のある方からはあの嗅ぎなれた生臭い臭いがプンプンするのだから。

 ああ、せめて拳銃さえあれば、こんなに不安にならずに済むのに。


 サラはマリアカリアの拳銃が欲しくて仕方がない……。


  ✽      ✽       ✽       ✽


 とうとうサラは洞窟の入口まで連れてこられてしまった。


「サラ。見てみろ。

 袈裟懸けに切って背骨まで一刀両断か。なかなか見事なものじゃないか。わたしでもこうはいかん」


 洞窟の入口付近に倒れている山賊の死体を見分してマリアカリアはなぜか上機嫌である。


「あんた、異常じゃないの?死体を見てなにニヤニヤしているのよ。

 腕、離してよ。わたしは死体なんて見たくもないし、洞窟にも入りたくない。一刻も早くここから離れたいの!」

「だめだ。目を大きく開けてしっかりと見てみろ。サラ・レアンダー」

「なんでよ。なんでわたしがそんなことしなくちゃいけないのよ?」

「理由などおまえが知る必要はない。おまえはしっかりと見ていれさえすればいい」

「横暴すぎるでしょ。あんた、年下なんだから少しくらいわたしの言うこと聞きなさいよ。

 わお。腕、引っ張んないでよ。やだやだやだ。洞窟の中へは金輪際入りたくない!」


 血の匂いで充満している洞窟内にマリアカリアは無理やりサラを引っ張り込む。そして、鼻歌交じりにあちこち見ながら盛んにサラを挑発する。


「そっちには首を切り飛ばされた死体があるな。そこには頭を割られて中身が飛び出ている死体があるじゃないか。いや。なかなか賑やかだな。目の保養になる。

 おっ。歯をむき出しにして睨んでいる死体もあるな。こいつは珍しい。こういうのは戦場でもあまり見かけないものだぞ。よく見ておけよ。サラ」

「見たくない見たくない。わお。死体と目があった。もう無理。腕はなして。ここから出して!」


 マリアカリアは洞窟の奥でこちらを見ながら木箱の中の宝物を漁っている姿勢まま固まった冒険者らしい美丈夫を発見する。


「よう。強盗殺人犯。儲かっているか?」

「……」

「たぶん、ほんの短い付き合いになると思うが、自己紹介だけはしておこう。

 われわれは通りすがりの大人たちだ。以上。

 さて。強盗殺人犯。

 早速だが、貴様にはこれからとるべき行動を三択で選ばしてやろう。これはとびきりの温情だぞ。有難がるがいい。

 いち。貴様は犯行を咎められて逆上し、わたしに襲いかかって返り討ちにあい、命を落とす。

 に。おとなしくわたしに捕まって官憲に引き渡され、裁判の末、死刑になる。

 さん。山賊から奪った金銀財宝と持っている武器をすべてわたしに献上して賄賂とし、見逃してもらう。

 さあ、選べ。

 ちなみに、わたしのお勧めは『いち』だな。『に』の官憲に引き渡すは面倒だし、『さん』の賄賂はわたしが受け取らんからな。

 さっさとかかってこい。そして、死ね!強盗殺人犯」

「……」


 マリアカリアは右手を離してサラを洞窟の壁ぎわへと突き転ばし、両手を自由にする。


「どうした。男の子だろう。かかってこい!」


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