名誉と汚名の狭間11
名誉と汚名の狭間11
深夜、サンフランシスコ市内のとある交差点で一台の銀色のセダンが追跡してきたパトカーに止められた。
「このあいだ、これと同じ型の車に張益徳(張飛)さんが乗っているのを見ましたよ。運転手つきで。色は黒でしたけれど。
益徳さん、すっかりお金持ちになっちゃっていて驚いちゃいました。なんでもグリーン・メイラー(株の買い占めをして高値で売り抜ける相場師)をしているんですって」
アメリカではあまり高級車を売り出すイメージのない日本のあるメーカーのセダン(レクサスLS)の車内で運転手であるエリザベス伍長がひとり、はしゃいでいた。
後部座席ではケピ帽を目深にかぶったマリアカリアが無言で前を向いている。もうひとりの同乗者、アン・チェスター少尉も無言である。
警察無線がうるさくさえずる中、後ろのパトカーから懐中電灯を持った警官が近づいてきて口からチューイングガムの臭いを撒き散らす。
「ユニオン・スクエアのメイシーズはもう閉まっているぜ。こんな夜中にどこへ行こうと急いでいるんだい?」
警官が強い光で車内のエリザベス伍長たちの顔を照らし出す。
「なんだ。ネオ・ナチか。しかも、女ばっかり。こいつは驚いたぜ。
黒人の集会へ殴り込みをかけに行く途中だとしても、スピードの出しすぎはご遠慮願いたいものだね。もっとも、地獄へ急いでいるんなら別だが。
取り敢えず運転免許証を出しな」
「ネオ・ナチではありませんよ。ポリス・オフィサーさん。
わたしたちはセント共和国大使館付きの駐在武官です。大使館員の身体は不可侵ですから、ポリス・オフィサーさんは停車を命じてわたしたちをどうこうすることはできないんですよ」
エリザベス伍長はそれらしく偽造した大使館員の身分証明書を提示しながらニコリと笑う。
「そうかい。でも、その胡散臭い名前の大使館に身分照会が済むまでここで留まってもらうぜ。オレにはティーンエイジャーを駐在武官にする大使館なんてこの世に存在するとは思えんがな。なに、照会なんて10分もあれば済む。
後ろの席の大尉さんもそれでいいですね?」
警官はそう言うと、口から噛んでいたガムを吐き出した。
停車を求めた警官に不審な点などどこにも見当たらないように見える。だが……。
警官の最後のワンフレーズを聞いてからのマリアカリアの行動は迅速だった。
ニヤつく警官めがけて窓越しに発砲しながら、マリアカリアが叫ぶ。
「(車を)出せ、エリザベス伍長!そして、飛べ!」
次の瞬間、警官が大爆発を起こし、銀色のレクサスが噴煙に包まれた……。
爆発から3分後、マリアカリアたちを乗せたレクサスは未だサンフランシスコ市内をひた走っていた。
マリアカリアの横に座るアン少尉の額に汗が浮かぶ。
「美女の千里眼をレジストできません。大尉殿。
リリスが裏切ったか捕まったかして美女に力を提供しているのが原因だと思われます」
「織り込み済みだ。アン少尉。気にする必要はない。
それよりもだ。エリザベス伍長。
美女とは遠慮し合う仲でもない。ひとつ、夜中の挨拶でもしてやれ」
「フフ。了解であります。大尉殿」
あまりのスピードで車体が浮き上がるような高速運転をしながらエリザベス伍長が片手でそばの機器を操作し始める。
どこからともなく現れた無人のステルス戦闘機がサンフランシスコの高級住宅街の真上を亜音速で飛行する……。
✽ ✽ ✽ ✽
「オゥ。ジーザス」
化粧室の鏡の前でサラ・レアンダーが叫び声を上げる。
「なんでわたしの顔が変わっているの!
これは美女のせいね。
やい。ババア!クソビッチ!わたしの顔を元に戻せ!」
『うるさいわよ。サラ。それに下品。
汚い言葉を大声で連呼するなんて、ほんとわたしのひ孫には見えないわね』
「はっ!どこにいるの?ババア。はやくわたしの顔を返して!」
『それはできない相談だわね。ルイスが学校から戻ってきているし。それにあなたはもうお尋ね者だし』
「はあ?どういうことよ。
ルイスって誰?
……もしかしてあの男の子のこと?あの子とわたしの顔とどういう関係があるの?
答えてよ。ババア!」
『……それは、そのう。何というか。うーん。
わたしも最初はそういうつもりはなかったんだけど。しょうがないじゃない。なんだかお互いに気に入ってしまったんだから』
「はあ?なんのことを言っているのよ。言っていることの意味がサッパリ理解できないんですけど。ババアのふしだらな感情とわたしの顔になんの関係があるというのよ!」
『ふしだらって……。
恋愛に年齢は関係ないと思うのだけれどなあ。たしかにわたしも困っているんだけど、そう言う言い方はないと思うわ』
「おーい。おふたりさん。恋バナしているところ悪いんだけど、いま家の上を通過した飛行機からお届け物(誘導爆弾GBU-39 SDB)が来たよ。屋根が吹っ飛んで、雨漏りするようになったら困ると思うんだけど」
応接間でブランデーのグラスを片手に寛いでいるリリスからのんきそうな声がかけられる。
『大丈夫よ。精霊さん。本陣のセキュリティは万全にしてあるから。
それにしても愛の巣に爆弾なんて、マリアカリアも無粋ね』
ルイス・マンフィールドの家に直撃する寸前、誘導爆弾の姿が掻き消えた。
『そういう訪問時の花束のプレゼントは不要よ。マリアカリア大尉。フフフ。アッハハハー』
サンフランシスコの星空に美女の狂ったような哄笑が響き渡る。




