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名誉と汚名の狭間9

 名誉と汚名の狭間9


「ふーん。さすが軍人ね。的確でかつシビアな判断をするわね。感心、感心」


 自前のパソコンを見入っている美女が呟いた。


「『裏切り者を12時までに殺せ。さもないと、男に仕掛けている生物兵器を作動させるぞ』。

 こんな脅しをされたんじゃ、誰でも従わざるを得ないのじゃないかな。

 しかし、君もえぐいよね。ホセ・エミリオにわざと隙を見せて裏切るように仕向け、彼の始末とわたしの捕獲とマリアカリアに対する嫌がらせを同時にする計画を立てるなんてね。

 性格になにかしらの欠陥があるんじゃないのかな。自称美女君」


 魔法陣の描かれた応接室の床に下半身が埋まり、鎖でグルグル巻にされたリリスが呆れた笑いを浮かべる。


「昨日は大きなことを言っていたくせに随分と期待はずれの戦い振りだったじゃない。

 なにあれ。トリック・スターの名が泣くわよ。精霊さん。

 まだなにか隠しているようだけど、何をしても無駄よ。大人しく乾電池がわりにわたしに電磁気力を提供しなさいよね。いいわね。精霊さん」

「まあ、当分は大人しくしているつもりだけど。

 けど、それもしばらくの間だけだけれどね。これからチャンスはいくらでもあるわけだから。なんたって君はあの大尉殿を怒らせてしまった。

(どういう事態になっているのか)わかっているのかな。自称美女君」

「あ・き・れ・る。この大魔女であるわたしを馬鹿にするのもいい加減になさいな。

 言っておきますけど、わたしも親衛隊にいたのよ。そこらの国防軍の士官たちにくらべてもかなり優秀だったことをお忘れなく。精霊さん。

 わたしがあんな暴力だけが取り柄の猪おんなに負けるわけないじゃないの!」

「そうだといいけどね。自称美女君。

 ところで、君は完全にその体を乗っ取っちゃってサラ・レアンダーはもう現出することはないのかな?それだと、サラちゃんはかなりかわいそうだね。まだ若かったのに」

「いいえ。まだ(サラとの)同居状態よ。体自体はサラのままで、術で(ルイスの望むように)見せているだけだし」

 美女は肩をすくめてみせた。

「いつもなら本人の困ったときにしかわたしは現出しないのよ。中でわたしはじっとしていて、大まかな行動指針を本人の深層心理に働きかけて提示するくらいしかしない。

 自我があるのに若い時から体を奪われては本人もかわいそうじゃない。

 わたしが体を奪うのは本人が年老いて死期が間近になってからよ。その頃には体験も記憶も共有していて一体化もしやすいからね。

 今回は特別。

 あんたが悪いのよ。あんたがわたしのもとの体に穴をこさえるという真似さえしなきゃ、(現出して)サラの体の自由を奪うということをしなくても済んだんだから。

 記憶を奪って意識の奥に沈めとくというのは、(サラにとっても、わたしにとっても)本当に大変なことなのよ。反省しなさいよね。精霊さん」

「ハイハイ。計画的に見えるのは、わたしの単なる僻目なのね。自称美女君」


 リリスは小憎たらしく、舌をつき出して見せた。


  ✽         ✽         ✽        ✽


 ヘリコプターから降り立ったのは二十歳くらいのひとりの女性だった。

 黒のスーツに黒のパンツ。変わった意匠のピンでとめたレジメンタルのネクタイを締め、スーツのうえに黒の革コートを羽織っている。もちろん、彼女の左脇が(拳銃入りのホルスターで)膨らんでいるのを出迎えたシルヴィアは見逃さない。


「わたしはエスター・ガラハト。よろしくね。シルヴィアさん。

 いまは保安局(精霊防衛隊)に出向中だけれど、本来は秘密警察の中尉なの。

 そっちのグロリアさんとは何度か会ったことがあるから、自己紹介は不要かな」


 シルヴィアとは別の小部屋から出てきたグロリアは茶金色のポニーテールの女性の笑顔をきつく睨みつける。


「7000年前の古女狐がどうしてここにいるの?

 おまえはスパイ活動が得意だったはず。おまえはどうして大尉について行かないのよ」

「わたしはひとの頭を覗くだけでなく、相手の千里眼の邪魔をする能力にも長けているの。要するに秘密を探り出すのも秘密を保持するのも得意なの。

 だから、貴女方の作業が滞りなく出来るようサポートをするために、わたしはここへ来た。

 お判り?おちびちゃん」

「シルヴィア。こいつを見かけで判断してはダメよ。極めて性格の悪い怪物なのよ。マルグリットと同じくらいの」


 いまのは失言である。過酷な戦場にいた記憶をもつシルヴィアは見かけで騙されるほど甘い存在ではない。


 フン。グロリアでさえ嫌がる凄腕か。こんなやつまで(自分たちの世界から)引っ張り出すとは、大尉の本気度がよくわかる。

 ヤレヤレ。本当にヤレヤレだな。


 血の跡らしいエスターの靴の赤いしみに目をくれながらシルヴィアはそんなことを考えていた……。


 

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