名誉と汚名の狭間8
名誉と汚名の狭間8
「なんだよ。なんだよ。僕が何したってんだよ、とまで厚かましいことは言わないが、一応、こちらさんへ協力するつもりで海を越えてはるばるやってきたんだぜ。この対応はないんじゃないのかな?」
押し込められた部屋近くにいる大型ヘリコプターの轟音がホセ・エミリオの声を邪魔する。
「それに、あんたはシルヴィアだろ。僕としてはマリアカリア大尉に直で話したいんだがね。あんたじゃ、少しばかり格が足りないと思うんだ。
なにしろ、僕はあんたらにとって重要かつ緊急の話を持っているんだからな」
「必要ない」
屋上に近い小部屋の一室で、ホセ・エミリオと机を挟んで対座しているシルヴィアはそっけなく言い捨てる。
「いやいや。少しばかり自信過剰じゃないの?拷問で僕の口を割らせる気なのかな?
それ、無理だし、無駄だし。
いやになって、僕、逃げちゃうかもよ。それでも、いいのかな?」
「拷問も必要ない」
「ふむ?どういうこと?」
シルヴィアは深い溜息とともにセブン・スターのパッケージを机の上に放り出した。
「吸っていいよ。
好みに合わないかもしれないけれど、わたしは銘柄にあまりこだわりがなくてね。それ(トマスの私物)しか持っていない。
セン。拘束を解いてくれ」
「いや。だから、どういうこと?」
「おまえは説明を受けないと、死ねないと言うのか?戦場では誰も彼もなんの説明も受けずに死んでいるというのに。
タバコを吸うまで待ってやる。それがおまえに対するわたしの最大限の温情だ」
今度は、手のひらから少しはみ出る程度の小さな拳銃がゴトリと置かれた。
「マカロフだ。安全装置は下から上へ押し上げればいい。その拳銃はダブルアクションにもシングルアクションにもなる。
好きに使え」
余裕のなくなったホセ・エミリオが指を噛み、少し早口になる。
「正義漢ぶって、おまえが僕を裁くというのか。
独断だろ?
TOKYOが火の海になることは知っていても、いつ、どんな兵器が使われることまでは知らないはずだ。独断で情報を握りつぶしていいのか。おまえ!」
「さっきから言っているように、おまえからの情報収集はまったく必要がない。われわれはすべてを把握している。
独断?たしかにわたしの独断だな。(おまえと対面しているのが)大尉だったら、おまえは生きてここから出られただろう。同じように戦場でひとを殺してきた経験があるといっても、大尉のは正規の兵士を相手にしたものだ。
だが、わたしは違う。わたしは10のこどもから老人まで無差別に殺してきた。いまさらゴミ虫一匹殺すのになんの躊躇もない。
さあ、選べ。自分でするか。それとも最後まで他人の手を煩わせるのか」
ヘリコプターの飛び去ったあと、小部屋から2発の銃声が響いた。
✽ ✽ ✽ ✽
昨日からサラ・レアンダーは記憶がない。気がつけば、朝になっていて、見知らぬ家の玄関先でこれまた見知らぬ表情に乏しいハイ・ティーンエイジャーに職場へと送り出されるところだった。B.M.Wを使っていいとも言われた。
「これ。美女の車だよね。ということは、ここは美女の家……。
美女はどこ?
わたし。昨日からの記憶がないの。彼女はわたしになにをしたの?」
「……答えてあげられない。たぶん、(職場から)帰ってきたら解ると思う」
「なに、言ってんの。答えてよ。答えなさいよ」
大きな不安にかられたサラがルイスの肩を揺さぶる。
「昨日は彼女(美女)は貴女になにもしていないと思う。
僕も何がどうなっているのかよく知らないんだ。彼女が何をしているかなんて興味がなくて、あまり聞いていないから……」
結局、サラは事情のわからないまま事務所に出かけることになった。
そして、昼過ぎ。
突然、サラは奇妙な笑みを張り付かせたままバックからワルサーP38を取り出してパソコンを打ち抜き、それから事務所内の備品に向かって乱射をはじめた。警官が駆けつけた頃には、サラの姿はどこにもなく、煙のように消え去ったあとだった。
以後、サラの姿を見たひとはいない。サラ・レアンダーはこの日から生死不明となる……。




