名誉と汚名の狭間7
名誉と汚名の狭間7
「銃ならわたしも持っているわ。精霊さん。
少し年代ものだけれどもね」
リリスの背後からワルサーP38を持ったサラ・レアンダーが声をかける。
「君がサラかい?それとも……」
「あら。察しのいいこと。
すでにわたしはサラと同化しているわ。精霊さん。
それにしても、トリック・スターと言われているのに芸のないこと。完全に名前負けだわね。精霊さん」
「なに。序盤戦のほんのジャブ程度のつもりだよ。自称美女君。
それより、アレ、どうするつもりなのかな。もうすぐ床が水浸しになっちゃうかもね」
両手を挙げたリリスが首だけ曲げて、血だらけのもと美女の体を抱きしめて泣き崩れているルイスを指し示す。
「……貴女は偽善をバカにしていたけど、それのどこがいけなかったんだよー。ひとに慈悲をかけることがどうしてだめだったんだよー。
貴女が本心から願っていないことだって、それが一瞬でも他人に幸せを感じさせるのならそれでいいじゃないか。自己満足でもなんでも、関係ないだろう。
大抵のひとは1分でも1秒でも長く生きることを願っているはずだよね。貴女にそのひとを殺す理由があってもなくても、(殺しを)止めさえすれば、そのひとはもちろん、貴女だって……。
貴女は馬鹿だ。あんなに聡明だったのに、そんな簡単なこともわからなかったなんて。
見ろ!自身のつまらないプライドに拘ってどうなったのさ!
結局、貴女も偽善や慈悲を嫌う愚か者に殺されちゃっただけじゃないかよ。クソッ。クソッ。クソッ」
全身が真っ赤に染まったルイスは震える指でもと美女の乱れた前髪を丁寧に分ける。
「貴女は僕が今まで見てきたどの女の人と比べても美人だった。魅力的だった。そして、(僕に対しては)誰よりも優しかった。
いまなら分かる。僕は貴女が好きだった。心の底から本当に好きだった。
でも。でも。死んでしまっては何もならないじゃないかよ(ブエェーン)」
ケチャップまみれのルイスが号泣しているさまを見て、美女は固まってしまった。
「彼はラテン系か?
なんなら場所を変えて仕切り直しということにしてもいいよ?わたしは」
「……いいえ。お気遣いなく。こちらにも都合があるから」
リリスにまで気遣われて少し呆れ気味の美女がため息をこぼす。
「あー。ルイス君。水を差すようで悪いんだけれども、わたし、生きているから。それもピンピンして。
わたし。君に話したよね。わたしがセイズ魔術の達人であることやスカンジナビアで精霊狩りをしていたことなんかを。
こんなダメ精霊なんかにやられるわけないじゃないの!しっかりしてよ、もう!」
「へっ!!」
ルイスはもと美女の体を抱えたまま、一瞬、間抜けた顔をさらすが、すぐにわがままを言い出す。
「そんなんじゃ、嫌だ!(サラ・レアンダーの姿より)もとの方がいい!」
「ハイハイ。これでいい?」
「うわーん」
一瞬で姿を変えた美女にルイスは抱きついて涙でぐしゃぐしゃになった顔を押し付けた。
「あーあ。なんか要らない子になった気分だわ。もう帰っちゃおうかな、わたし」
リリスはそっぽを向いて壁を蹴った。
✽ ✽ ✽ ✽
その頃、白薔薇学園の校長室では夏姫が生徒会書記からの報告を受けていた。
「なるほど、学園を取り囲むよう防虫業者に7重の殺虫ラインを引かせた上、各所に微細な昆虫でも捉えることのできる高度なセンサーを多数、配置。そのアラームが鳴ると、主要建物の外壁から瞬時に液体窒素が噴出してこれを冷却破砕する仕掛け、ですか……。
ふむ。なかなか頑張っているようではないですか、彼女は」
「鉄壁を期すために本日よりロボット『セン』が構内のすべての壁に張り付いて見張っているとのことです……。
あのおんな(マリアカリア)、『戦とは金のチカラでするもの。貧乏人(夏姫)には縁のない話だな』と嘯いておりました。本当に憎たらしい」
メガネがフレームを中指で押し上げながら憎々し気に吐き捨てる。
「いいのです。気にする必要はありませんわ。華山寺さん。
お金はお金を持っているひとに使わせればそれでいいのです。昔から『将の将たるは、ひとをよく使いこなせる者』というではありませんか」
貧乏すぎてメガネとのお話中も夏姫が内職のハンダごてを休めることはない。
だが……。
いつもは居眠りこけている席から冷え冷えとしたなにかを全身に浴びせかけられ、夏姫は肌が粟立つのを感じ、手を止めた。
「(ゴゴゴゴォゥゥウ)……手ぬるい。まったくもって手ぬるい。
なぜ、攻めぬ。なぜ、殲滅せぬ。
ひとは死ねば終わり。ならば、蹂躙してしまえばなんの憂いも消え失せるというもの。守るばかりではなんの解決にもならんということがなぜわからぬ」
「おお。覇王さまが興奮されておられる」「いけません。このままでは街が壊れてしまう。華山寺さん。はやく棚からお酒を持ってきて。さあ、はやく」
「……解せぬ。
我は校長。生徒に手本を示すのが務め。
よし。
関雲長。雲長はおらぬか!」
「はっ。ご面前に侍り候」
「汝に鉄騎兵五千を授ける。兵を率いて至急、サンフランシスコを攻め落とせ!」
「御意!」
「呂奉先。汝は虎噴兵三千を率いて魔女の住む街を焼き払い、敵味方の容赦なく、犬の仔一匹残さず殺し尽くせ!」
「承知!」
「馬、引けーいっ!出陣じゃ!」
「「「おおーっ!!!」」」
だが、校長室から出て行ったはず伝令が扉ごと蹴り戻されてくる。
「何奴!」
近衛の兵がすばやく剣を引き抜き隊伍を組んで、侵入者に備える。
「この戦はわたしの戦争。手出しは御無用」
「貴様。マリアカリア!」
「メガネ。控えておれ。
これはもうお遊びではない。東京1350万の命と日本の将来がかかった大戦争だ。
異世界へ渡ってから避け続けてきたことを、どうやらわたしはしなくてはならないようなのだ。そのために、戦える仲間以外の力を借りるつもりはわたしにはない」
「……攻めるのか?」
「そうだ。校長。
攻撃し、蹂躙し、殲滅する!わたしに挑んだ愚者には徹底的に教育せんといかんからな」
「フンッ。その高言、しっかと耳に入れたぞ。
暫時、手を控えてやろう。
その代わり、出来ぬときは……。わかっておろうな!」
「お任せあれ!」
ドスンッ。
マリアカリアの背後で簀巻きにされたホセ・エミリオが投げ出される音がした……。




