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名誉と汚名の狭間6

 名誉と汚名の狭間6


「わたしはあなたがやって来た理由をよくわかっているつもりよ。くどいくらいにね。精霊さん。

 結局、ホセ・エミリオが裏切ってわたし(情報)をあなたへ売ったということね。

 彼。やっぱり、わたしの嫌っているLINEを使えばバレないと思ったようね。

 フフ。愚かな男。

 先にわたしのザイルを切ったつもりでも、それが自分自身のだとも気がつかないなんてね」


 美女が意味深な笑みを浮かべたままリリスに告げる。


「フ。わたしとしても話が早くて助かるよ。

 いいかい。わたしは怒っているんだよ。

 わたしはなにも君に難しいことを頼んだわけではない。マリアカリアたち3人を抹殺してくれ、と頼んでいるだけじゃないか。マリアカリアが精霊になりかけの女で手こずるようなら、ナカムラ少年かシルヴィアだけでもいい、とも言ったはずだよね。

 なぜ、そんな簡単なことをしようともしない?

 仮装舞踏会は3日後に開かれるんだよ。

 わたしから受けた恩義を考えると、君が出されるケーキの中にバニー・ガール代わりに3人の生首でも仕込んどいて丁度いい頃合だと思うのだけれども。(こう考えるのは)間違っているのかな?」


 リリスは白いエナメルのベルトを巻いた腰に手を当てて睨みつけるが、美女はどこ吹く風である。


「わたしは大魔女。約束したことを違えたことは一度もありませんわ。

 まだ3日もあるのに、なにを慌てていらっしゃるのか理解に苦しみますわね。精霊さん。

 それと、言っときますけど、精霊さん。

 バチュラー・パーティでもあるまいし、宮廷料理にバニー・ガール入りのケーキは出ませんよ。知ったかぶりして、その低俗なアメリカ文化に毒された発想をひけらかさないでくださいな。胸焼けしそうになりますから」

「知っているさ、それくらいのことは。

 あえて嫌味として言っているのだよ。君が生首入りケーキを焼く代わりに学園を含めた首都圏という場所全体を焼こうとしていることも知っているからね。

 フン。君のやろうとしていることの方こそ、下品で、低俗なアメリカ文化に似ているじゃないか。力にモノを言わせてなんでも解決ってね。

 いいかい。これは、わたしのゲームなんだよ。

 君にも事情があることだ。海の向こうで君が幾ばくかの囚人の命をおもちゃにしようと、わたしはちっとも構いはしない。

 でも、わたしのゲームを無茶苦茶にしようとするなら、話は別だ。君のおイタを大目に見てはいられないね」

「さっきも言いましたが、わたしは約束を守りますわ。

 あなたと交わしたお約束はマリアカリアたち3人の抹殺。その約束遂行のついでに東京というところが焼け野原になるだけ。

 なんの問題もありませんわね。

 それと、お約束の中にあなたの身体の安全自体は含まれていませんから、いまからわたしがやることにもなんの問題もない。そういうわけ。

 ご理解いただけましたかしら。精霊さん」


 美女の笑いが意味深なものからこれから始まる狂気の愉悦に対する期待へと変わった。真っ赤な唇が少しだけ開けられ、舌が犬歯をなぞる。


「おい。そこの少年!

 危ないからその女から離れていた方がいいぞ。悪い娘にはきっちりとお灸を据えなければいけないからね」


 リリスが西部劇に出てくる正義のガンマンみたいなことを言う。


「フフ。無駄よ。

 ルイスはわたしのことが好きなのよ。愛するひとが殺されかけようとしているのに、守ろうともせず、どこかへ行くわけないじゃないの。お馬鹿さん」


 美女はピアノに頬杖をついたままニヤついている。


「余裕じゃないか。自称美女君。

 稀代のトリック・スターと讃えられているこのわたしに勝てるとでも思っているのかい?」

「もちろん。だって、わたしは大魔女ですもの」

「大魔女という割にはメダルの中に閉じ込められていたのはどういうわけかな?

 なかなか笑わせてくれるじゃないか。その過大な自信。

 いっそのこと、マチネに出てくるコメディエンヌにでも転職したほうがいいんじゃないのかい?」

「ふぅ。おバカな精霊さんと会話するのも疲れてくるものね。

 あなたはわたしをメダルから救い出したと自慢気に言うけれども、あんなもの、あと10年もすれば自力で抜け出せたわ。それも、中で自前のコンピュータを組み立てていたから後回しになっていただけ。本気で抜け出そうとしていたら、囚われてから1年で抜け出していたわ。

 わたしはひとがいいから、ついつい切羽詰まった雰囲気のあなたに同情して約束してあげただけなのに。なにを勘違いしているのやら」

「君は法螺を吹くのがうまいな。ますますコメディエンヌになった方がいい。 きっと、そちらの才能の方が開花して成功するよ。チンケな『大』魔女さん」

「わたしは昔から何をやってもうまくやり遂げているから、そう見られるのも仕方がないことかも。

 でも、本業は大魔女なのよ。そこは間違えないで頂戴な。人間の真似だけしている精霊さん」


 もう導火線に火がついている状態。あとは、どちらが先に仕掛けるかの問題が残っているだけ……。

 だが、この対決を避けられない緊迫した空気をものとせずに朴訥な声が挟まれる。


「そのマリアカリアさんというのがどういう人かは知らないけど、人を殺すなんてつまらないことだから、やめといた方がいいと思う」


 一瞬の沈黙の後、女性たちから堪らず吹き出した笑い声が起こる。


「アハハハ。

 つまらないから止めろ、ですって。いいこと言うじゃない。こういうのを究極の至言というのかしら。

 君なら、今まさにユダヤ人を殺そうとしている親衛隊の将校に向かっても同じことを言いそうね。

 ルイス。君のそういうところをわたしは気に入っているのよ。

 愛しているわよ。ルイス。

 約束するわ。君だけは絶対に殺さないから」


 美女は笑いすぎて涙まで浮かべている。


「やれやれ。なかなか面白いチャチャが間に入るじゃないか。

 どうやら君たちは性質が真っ向から逆だけれど、お互いに気に入っているから、言いたいこともなかなか言えずに遠慮し合っているというわけだ。

 なんというか。微笑ましいね。

 業の深い魔女と朴訥な少年の恋。

 じゃ。わたしが遠慮せずに仲良くあの世へとやらへ送っちゃっても何の問題もないわけだ」


 無数の撃鉄を起こす音が聞こえる。


「ここは銃の国だから合わせておいたよ。『郷に入れば郷に従え』ってね。

 バイバーイ。では、総統によろしく」


 空中に浮かんだ無数の銃から発射音が一斉に鳴る。


「わたしはマリアカリアみたいに銃について詳しくはない。

 でも、大体、合っていたんじゃないかな。特に自称美女を貫いたやつなんかは。

 魔女というロクデナシでも赤い血を流すんだということには驚きだけど、一応の成功と言えそうだからね」


 赤く染まった胸を掻き毟る美女に向かってリリスが冷然と続ける。


「それはね。精霊の分身で作ったものだから、多分、致命傷だよ。

 わたしの永遠のライバルを気取っているしつこい(マルグリット)を真似るのは癪だったけど、自称美女程度のお仕置きにはそれで十分だよね」


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