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名誉と汚名の狭間4

 名誉と汚名の狭間4


 マリアカリアたちがよその世界を騒がしていたちょうどその頃、海を越えたサンフランシスコでは、美女がピアノの弾き語りをしていた。


 ♪「愛している」という言葉をもう二度と口にしないで

   その言葉はわたしのこころをとても傷つける

  「愛」というのは千もの問題を持ってきてしまうものなのよ


  かつてわたしは幸せだった

  愛するひとと同じ家に住み、多くの人に囲まれた

  でも、気づいてみればいつの間にか空っぽの部屋しか残っていなかった


  「愛している」という言葉をもう二度と口にしないで

   その言葉はわたしのこころをとても傷つける

  「愛」というのは千もの問題を持ってきてしまうものなのよ……



「意外そうな顔をしないで頂戴。ルイス。

 この体の時代、わたしは最初からナチス党員だったわけじゃないわよ。

 わたしはね。スウェーデンの南の港街を歌って流していたのよ。ナイトクラブとかキャバレーとかでね。ナイトドレスを着て、今みたいに弾き語りをしていたわ。

 いわゆる『歌手』ね。

 どんな職業でも同じことだけど、楽しいこともあれば嫌になることもある。そういう、ごく普通の生活を送っていたわけ。

 きっかけはね。それまでしていた学者の生活に嫌気がさしたこと。

 イギリスのメス豚ども(大英帝国王立魔女協会)が擦り寄ってきて『共同研究しませんか』などと甘いこと、言ってきたのよ。わたしは何世紀にもわたって彼女たちのずっと先を行っていた。それが気に食わなかったみたい。最初からわたしの研究を盗むつもりで彼女たちはわたしに擦り寄ってきたわけなのよ。何度か断ったんだけど、彼女たち、しつこくてね。わたしもつい根負けしてしまって、実験データの共有だけはしましょう、と話が決まったわ。

 ことわざに『軒を貸して母屋を取られる』というのがあるじゃない。

 えっ。知らない。

 あっそう。世の中にはそういう厚かましいひとたちがいるってこと。

 要は、彼女たちは自分たちの研究テーマを基礎づけるデータが欲しくて申し込んできてたわけじゃなかったのよ。わたしがなにを研究してなにの実験データの蓄積をしているかを探りに来ていたわけ。彼女たちが二言目には『魔女の誇り』だとか『白魔術の大義』だとか大層なことを言うから、わたしは(彼女たちが立派な人たちだと)すっかりだまされちゃって、よもや卑劣なことをするなんて思いもしなかった。安心しきっていたわたしの隙を突いて彼女たちはわたしの書きかけの論文を盗み見た。そればかりかそれに必要な実験データも盗んでいった。

 科学の論文というものはね。それを証明するちゃんとした実験データがないと、なんの価値もないたわごとでしかないわけなのよ。

 わたしはそのずっと以前に不老不死の技術については開発しきっていたの。その当時、していたのは、人の体を超えて永続して存在する方法についての研究だった。つまり、有機体とは別の存在に人は進化できるのではないか。精霊のようなエネルギー体かなにかへ、と。

 (論文は)ほとんど完成していた。そればかりか、彼女たちの言う『賢者の石』さえあれば、実用化もできた……。

 でも、盗み見た彼女たちはそれを別のことに利用した……(長い沈黙)。

 裏切られたことを知ったわたしは荒れたわ。研究なんてどうでもよくなってやめてしまった。あの頃、倒錯した例の世界(サディズム)に何度溺れていったことか。ちょっと口には出せない生活を送っていたわね。

 それがね。ある日のこと、海岸通りを歩いていると、どこからともなくピアノの弾き語りが聞こえてきたの。

 (歌詞の)内容は今でもはっきりと覚えているわ。男に捨てられた女が昔の生活を懐かしみながら嘆く、というやつ。

 当時のわたしにはそれがしっくりと(こころに)きてね。自分でもピアノを弾いているうちに、いつのまにか『歌手』になっていたの。

 どう?なかなか面白いでしょ。わたしの人生」


 居眠りをしているふりをしたルイスがかすかに頷いた。


「ナイトクラブで働いている時にね。オーストリア人の音楽監督(劇場の)に喉を見初められたの。

 スェーデン人の使うドイツ語って、あちら(ドイツ人)からしてみるととてもエキゾチックに聞こえるんだって。特に語尾が巻き舌調で。

 だから、オペラ歌手としてデビューしたら人気が必ず出る。そう言ってその男に口説かれて、わたしはウィーンへ行ったの」


 美女がラデツキー行進曲を(ピアノで)弾き出す。


「でも、結果は最悪。

 わたしより先にわたしより才能のある女の子がプリマドンナとしてデビューしてたの。それで、わたしは隅に追いやられて結局デビューできず。

 それから流れ流れてミュンヘンへ」


 美女が今度はホルスト・ヴェッセルを弾き出す。


「着いてみるとね。褐色のシャツに黒い乗馬ズボン姿の男たちがゾロゾロゾロゾロ。

 いわゆるミュンヘン一揆(1923年)の直前だった。一揆そのものはすぐに終息。

 わたし自身、そのころ、政治には何の関心もなかった。ただ、キャバレーで歌を歌っていただけ。

 それから10年ほどしてヒンデンブルク大統領がヒトラーを首相に据えた頃、わたしはとあるナチス党員の医師と知り合った……」





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