名誉と汚名の狭間2
名誉と汚名の狭間2
マリアカリアの足元には既に20人ほどの悪党どもが転がった。だが、食堂に集められた囚人たちはまだまだ残っている。
「今、言ったように簡単なテストだ。わたしの長靴になんでもいい、掠りさえすればそれで合格だ。
どうした?顔色が悪そうだが。怖気づいたのか。
フン。たぶん、お前たちのようなクズにはこれが最後のチャンスだぞ。ここから生きて出られて自由の身になれるという、な。しかも、依頼された仕事を成し遂げれば一生かかっても使い切れないくらいの金までもらえるというのだ。
さあ。外の世界でしてきたように好きなだけ暴力を振るうがいい。
力の出し惜しみなどせずに、な。
まっ。もっとも、お前たちが本気でかかって来たとしたところでわたしに傷ひとつ負わせはしないが、な」
マリアカリアの度重なる挑発に残りの囚人たちも激昂する。
「ほざけ。その足を長靴ごと体から引き抜いてくれるわ。
鷹爪狂風掌奥義、烈風!!!」
拳法の構えをしていた髭面の男が大きく跳躍をしてその長く気味の悪い形をした指でマリアカリアに襲いかかってきた。
これに対して、マリアカリアの体がわずかにぶれる。
と。ひと拍子おいて、マリアカリアの背後にあった固定の金属製の長机が重い響きを立てて崩れ去る。
「くっ。避けおったか。だが、次はそうはいかんぞ」
男は鬼の形相でマリアカリアを睨みつける。
「フン。避けるもなにも、お前の動きはひどく鈍くて見え見えだ。つまらん。鶏のつっつきの方がまだ迫力があるぞ。
それに、お前にもう次はない。不合格だ」
「なにィ」
髭面の男がまさかと思って自身の体に気を巡らそうとするが、できない。すでにマリアカリアによって点穴が施されていた。
「ハハハ。ご婦人。少し冗談が過ぎるのではありませぬか。
おい。逍遙子よ。動くではないぞ。
松楓、燐月、海王の経絡を突かれておる。無理やり動けば、経絡がずたずたになったうえ、おぬしの心の蔵がはじけ飛ぶ」
囚人たちにも派閥があるらしく、食堂では3つに分かれてそれぞれかたまっている。そのもっとも多い人の塊の中から老人の鋭い声が飛んだ。
「雑魚の相手はもう飽きた。そろそろ出てくるがいい。わたしとしては3人、まとめて相手してやっても一向に構わんぞ。うん?」
「やれやれ。元気のいい女だな。俺としてはもっと淑やかな方が好みなんだがな」
「クククク。西の棟長さんよ。おめえさんもモノ好きだな。あんなアバズレを自分のイロにしようっていうのかい。
残念だが、そいつは諦めてくれよ。俺がぶっ殺しちまうからな」
それぞれの人の塊が崩れ、中から3人の男たちが出てくる。
寒々とした雰囲気を持つ金髪の巨人。
背は低いがガッシリとした体つきの長い髭の中年男。
それに、長身だが鶴のようにやせ細った体つきの老人。
「年の功で、わしからまず発言を許してもらえませぬかな。ご婦人よ」
「エルフか。気に食わないが、まあいい。許してやる」
「それはありがたい。わしは楓翔子と申すケチな拳法使いでな。くどい話は抜きにして質問が2つばかりありますのじゃ。
ひとつ。ご婦人をこの場であの世へ旅立たせても約束は守っていただけますのかな。
ふたつ。わしはこの監獄島の南一帯の棟の支配を任せられておりますのじゃが、長いこと任されたせいで弟子たちが多くいましてな。こやつらにも外の世界の空気を吸わせてやりたいのですのじゃ。
テストを死合ということに直して、ご婦人に血反吐を吐かせることができたならば弟子たち全員もここから出していただけるよう約束の項目を変えてもらえませぬかな?『大尉殿』」
「ありえない話をされても困るな。
だが、年寄りには敬意を払って、質問には明確に答えてやろう。
ひとつ。万が一、わたしが殺されても、そこにいるシルヴィアとエリザベス伍長が約束を遂行する。ご破算にするような真似はしない。
ふたつ。わたしは腕の立つ悪党が欲しいのであって、合格できない奴はいらん。
死合に変えてやってもいいが、勝ったところで弟子を外へ出してやるわけにはいかぬ。
所長が言っておったぞ。ここにいる悪党たちは全員、死刑になって当然のものたちだが、何らかの理由でその犯した罪の全部を立証できなかったがために死ぬまで収容されている、とな。当局側はお前たちが死ぬのを待っているのだ。それも、できることなら早くな。ここで囚人同士が殺し合いをしようがどうしようが放置されているのはそういう意味だ。
わたしはそんな廃物の中から自分の役立つものだけをもらい受けに来て、(当局側に)了承されたのだ。役に立たないものをわざわざ回収する理由がない。諦めろ」
「フフフ。知らぬうちに外の世界は情の薄い味気ないものに変わったと見えますな。ご婦人には麗しい師弟愛を認めて欲しかったのじゃが。
まあ。わしは年をとって欲も薄くなっておりますから死合だけでも我慢できますがな。フフフフ」
老人の笑い声が終わらないうちにドワーフの魔法使いが話に割って入る。
「ちょっと待てよ。南の爺様。死合かなにかしれねえが、こいつをぶっ殺すのは俺だぜ。
こっちは室長をやられてんだ。俺が直々に引導を渡してやらなきゃ、面が保てねえ。
ほれ。死ねや」
一瞬にしてマリアカリアの周りのもの、机、壁、床、そして囚人たちが形を歪めて波打ち、黒い奔流と化してマリアカリアに襲いかかる。
発言の許可さえもらおうともせず、乱暴者のドワーフがいきなり土魔法を使ったのだ。むろんタイムラグのない無詠唱であり、そのうえ黒い奔流に触れればどんなものでも泥に変わるという面攻撃。いかにマリアカリアでも……。
「カハッ」
「さっきから言っているだろう。お前たちの動きは鈍すぎると」
額に大きな風穴をあけたドワーフが目を見開いたまま、やがて風船がしぼむようにして崩れ倒れた。
「うん?こいつか。これはUSP拳銃。
さっきのベレッタより初速は遅いが、お前たちには十分すぎる。
言っていなかったが、わたしは二丁拳銃を使う。しかも左利きだ。命が惜しかったら勝手に(わたしが)右手のベレッタしか使わないと思わないことだな」
残ったふたりに対してマリアカリアが左手の拳銃を見せびらかして挑発を続ける。
「ふーん。面白い道具だな。
この世界にも魔法銃というものがあるが、そんな早撃ちはできない。それにもっと銃身が長くて扱いにくいものだったはずだ。
異世界には便利なものがあると見える」
腕を組んだ巨人はその姿に似合わぬことを言って感心する。巨人は他の囚人たちになんの仲間意識も持っていないらしく、そのひとりがこの世から消えたとてなんの感傷も抱かないらしい。
「いや。カールマンよ。あれは魔法銃じゃぞ。その証拠にグスタボは死んではおらぬ。体から気を抜き取られただけよ」
老人が目を細めながら付け加える。
「御託を並べ立てずに早くかかってくるがいい。
昼食の時間が迫っている。わたしは余程のことがない限り定時に摂ることにしているのだ。ここにはそれを遅らせる理由などどこにもない。
わたしをイライラさせるな!」
残ったふたりもマリアカリアの欲しい人材ではないらしい。彼女の目が失望でどんよりとしている。
壁に寄りかかって観ているシルヴィアが「あのふたり。可哀想なことに大尉に八つ当たりされてしまいそうだぞ」とエリザベス伍長にそっと耳打ちをした……。




