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赤毛の男 6

      赤毛の男 6



 私がアイリーンと暗闘を繰り広げている間、アンドレアスらは虐めを放置した校長とその監督責任者である市長を名指しで非難して市民たちの支持をあつめていた。


 改革派の支持母体は一見優れた人道主義者の集りにみえるが、実際には異世界人を単純労働者として取り込みたい新興の工場主らと大規模農場主らだった。

 ところが、オギワラ少年の事件を契機にアンドレアスらはもともと異世界人と何のかかわりもない一般市民の多くの支持を得ることに成功した。

 一般市民はこれまでの保守派主導の堕落した政治に不満を抱いており、オギワラ少年の事件をきっかけに不満が爆発したのだ。

 そこで、アンドレアスらは事件を起こしたレナードの父親が保守派の重鎮でその日頃の無軌道ぶりが有名であったことや、保守派の市長の無能ぶり・厚顔さを巧みに織り交ぜて市民を煽った。


 アンドレアスらは、これで次の選挙に勝てるとほくそ笑んでいたことだろう。


 ところが、そこへ水を差すかのように若い異世界人が校長を刺すという事件が起った。


 私からすれば、とんでもないことである。 

 若い異世界人は正義感に駆られての犯行だったと弁明しているそうだが、正義をおこなうのは法を執行する裁判所の役割りのはずだ。私的なリンチは事実誤認によるものや感情による暴走をおこしやすく、代わりに正義の実現は手続きを踏んだ裁判所の慎重な判断に委ねられているはずではなかったのか。

 校長の怠慢に法の規制が及ばないとしても、市長の懲戒や市民からの非難で十分だろう。

 若い異世界人のやったことは、隣の家に泥棒が入ったのを憤り、追いかけていって泥棒を刺すのとなんら変わりない。心の中で正義のヒーローを気取るのはいいが、実行するのは自分に他者に暴力をふるえる権利があるのかをよく考えてからにして欲しいものだ。


 私の感想はともかく、若い異世界人の暴走は通常ならばアンドレアスらに冷水をかけるはずだった。

 愚か者の暴走で市民たちも自分たちが巻き込まれた現状の異常性に気づくようになり、冷静さを取り戻すはず。

 私はそうなると思っていた。


 しかし、現実にはそうならなかった。

 かえって、若い異世界人の行動を是認するように減刑嘆願書が裁判所や検察官のもとへ殺到した。大半の市民も熱に浮かされたように正義感に酔っていたのだ。


 私には解らない。

 なぜ新聞や扇動家に利用されることに気づかないのか。

 

 私はなにもオギワラ少年の事件に関心をもったり憤りを感じたことを非難するつもりはない。どのように感じようと考えようとそれは個人の自由だし、憤りを感じる方がむしろ自然だと思う。

 しかし、感情にまかせて裁判に圧力をかける行為をしたり、レナードの家に投石をしたりすることはどう考えてもおかしいだろう。



 アンドレアスらは校長の襲撃後、若干トーンを落としたものの市民の無自覚さに付け入り未だに保守派の市長への攻撃を繰り返している。

 新聞も同様である。


 それにしても、あの赤毛の男は市民たちの無自覚さや無責任ぶりを何のためらいもなくよくも平気で利用し続けていられるものだ。

 危険な火遊びであるということも人を完全に馬鹿にしきった行為であるということも自覚しているはずなのに。

 本当に嫌な男だ。



「三流新聞めが」

 私は執務室の机の前で読んでいた新聞紙を丸めた。

 新聞の紙面には、市長が学生のころ虐めをしたりされたりしたことを事細かに書いてあった。


 そこへ秘密警察のエスターがいつものようにポニーテールを揺らしながら報告書を持参してきた。


「アイリーン・パーシヴァルらと接触している精霊の名前がわかりました。秘密警察長官のマルグリットです」

 エスターの発言で私は顎が落ちそうになった。


 マルグリットという精霊は、かつて私がヌーディストのプライベート・レイク・ビーチと勘違いをして精霊たちのたまり場に踏み込んだ際に私に向かって通行料をせびった奴である。

 とにかく変わった奴でほかの精霊たちとはまるっきり違う。精霊たちの代表格でもあり、私に異世界人の送り手からこちらの世界を守るように頼み込んだ張本人でもある。


 それなのに何故、裏切るまねをする。


「……マルグリットの特殊な能力について何か知っていることがあったら教えて欲しいのだが」

 エスターはマルグリットの部下だ。教えてくれそうにもないが、私はとりあえず聞いてみることにした。


「はあ。とにかく変わっているとだけで、精霊たちの誰もが彼女の能力について詳しく知りません」

 何故かエスターは答えた。精霊たちは嘘をつかない。

 しかし、精霊たちでも分からなければ、私としては対策のとりようがない。


「マルグリットについて何か知っていることがあったら教えてくれ」

 焦った私は質問を重ねた。


「報告書に書いたこと以外は特にありませんね。それと、マルグリット本人が保安局に来ていて、今この部屋のドアの前に立ってることぐらいですかね」


 エスターはそう言って微笑んだ。

 


 

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