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愛の牢獄4

 愛の牢獄4


「……以上のとおり、我々と協力関係にある魔女協会からの情報によれば、サンフランシスコで凶行に及んだのはホセ・エミリオ、27歳、メキシコ系アメリカ人男性と特定されました。

 ホセ・エミリオは同地の信託銀行に勤めている銀行マンであり、周囲との軋轢も無い温厚な人物と評価をうけております。もっとも、それは一般を欺く仮の姿であり、彼の実態は天性の毒殺魔であって、年少の頃から毒による殺人未遂あるいは既遂を繰り返し起こしていた模様です。今回の犯行の動機もいつもと同じく『毒の効果を知りたかったから』だそうであります」


 『サンフランシスコ囚人大量毒殺事件対策本部』とマジック書きされた紙が貼られた乗馬部の部室でエリザベス・グラディウス伍長が淡々と、紫煙をくゆらせる強面の面々を相手にブリーフィングを続けている。


「なあ。ヤマさん。そいつと例のやつとの共犯関係もバッチリ分かっているんだろうな?エッ?」

 乗りやすいナカムラ少年が質問をする。


「えーと。わたしはヤマさんという名前じゃありませんよ。ナカムラ少年。

(洒落なのは)分かりますが、今回は放置ということでよろしくお願いします。巻が入っていますので」

 いつもはニコニコしているのだが、最近、マリアカリアにモノづくり以外の雑用ばかりを押し付けられて不機嫌になっているエリザベスも容赦がない。


「……続けます。

 共犯者であり黒幕でもある自称美女こと悪い魔女、年齢不詳がホセ・エミリオに人外の能力をつけたせいで今回の囚人大量毒殺という密室殺人を可能にした模様であります。

 魔女協会の調べによりますと、その能力とは無数の蜘蛛を自在に操るというものであり、ホセ・エミリオは実際、遠く離れた場所から蜘蛛を操り、蜘蛛の目を通して索敵したり、毒物を運んでターゲットの口にする食物に人知れず混入したりすることができた、とのことであります」


 警戒厳重な監獄内で大量殺人を可能にしたからくりは直径2ミリにも満たない無数の蜘蛛の使用であった。一匹では到底致死量に及ぶほどの毒物を運べないが、何百万何千万もの蜘蛛を使えばひと目に触れずに大量殺人の遂行が可能になったのだ。


「そんな物騒なサボテン野郎(ヒスパニックに対する蔑称。1960年代とは異なり、アメリカ本土では公の場で使われることはない。当時と異なり、アメリカではいろいろな圧力団体がいる。そのせいで、ほとんどすべての人がサゲズミアウ現実を知りながらも表面上はなかったことにする公然たる社会的取り決めがある。人種や社会的地位に対する蔑称で、アメリカのメディアでの使用が認められているのはレッド・ネックのみ)がうちの学園を攻めてくるというの?

 早速、(叔父様の伝で)退役在郷軍人会へ連絡して自動小銃を送ってもらわないと。

 でも、それくらいの戦力では足りないわね。これは自衛のためだし、テロとの戦いでもあるから、いっそのこと、第七艦隊に地上攻撃用のアパッチ(攻撃ヘリ)の支援もお願いすべきかしら」


 なぜか全米ライフル協会の会員で交流部の副部長でもあるマリアン嬢もエリザベス伍長のブリーフィングを聞いていた。


「馬鹿な!戦争でもする気か、君は。

 巨大蜘蛛型の怪獣が襲ってくるわけではないんだ。相手は蜘蛛使いの個人の犯罪者だろうが。どこの世界でシリアル・キラー相手に攻撃ヘリを使う人間がいるんだよ」

「あら。大は小を兼ねるという言葉を知らないの?相手を見くびりすぎるより過大評価する方が結果的にはいつでも物事はうまくいくものよ」


 なぜか生徒会書記の華山寺昇までいた。自分の留守中に家をマリアカリアに急襲されて母が卒倒させられたという前代未聞のできごとがあってから彼はマリアカリアの行動を警戒して常時監視を続けているのであった。


「何を言っている。大体、ただの普通の高校生の僕たちがどうやってそんな変な能力を持った犯罪者と渡り合えると言うんだ。そもそも、なんで僕たちが戦わなくてはならないんだ?」

「へー。生徒のことを第一に考えるべき生徒会の人間とは思えない発言よね。敵が学園を攻めて来るというのよ。戦わなくてどうするのよ」


 マリアン嬢の言う『生徒』とは、この場合、マリアカリアのことを当然に指す。だが、個人的な理由でマリアカリアを生徒会の保護すべき『生徒』の中に入れたくない書記は次のように反論した。


「戦う必要がどこにある。

 そのシリアル・キラーは共犯者のよくわからない悪い魔女とかと言うやつのために動いているんだろう?だったら、その悪い魔女と敵対していて学園を危機に晒している人物(マリアカリア)こそが学園からいなくなれば万事解決する問題ではないのか。その人物がどこかへ行けば学園の他の生徒の安全は確保できるはずだ。生徒会としてはそんな人物を『生徒』として認めたくはない。そんな人物のためにリスクまで払って戦う義理もない」

「はあ!ミスター・華山寺は自分のクラスメートを見捨てるというの?呆れてものが言えないわ。それだから、陰で陰険メガネなどと呼ばれているのよ!」

「なにを!何も事情を知らないくせに。君は(マリアカリアのために)僕の家がどれだけ迷惑を被ったか知っているのか?」


 なおも言い募ろうとするマリアン嬢をマリアカリア当人が押しとどめた。

「いや。マリアンの気持ちは嬉しいが、メガネの言うことにも一理あるのだ。

 たしかに自称美人の悪い魔女はわたし個人の敵だ。これはわたし個人で解決する問題かもしれない。

 そう考えて、この間、個人的に問題解決を図ろうとしたのだが、どこかのメガネがいたいけな三歳児の認知を断ったためにすべてはご破算になってしまった。

 あの時、わたしは考えさせられたよ。

 愛とは何なんだろうって、な。

 ああいう結末では、愛なんて虚しく感じるものだな」


 ここまで言ってからマリアカリアが部室の天井に向かって紫煙を吐き出す。

「でも、幸いなことにまだ時間はある。どこかのメガネが頷きさえすればすべては丸く収まる。

 それこそ、少ない犠牲でこれほど平和的な解決方法はないのだがな。

 なあ、メガネ?」

「何を勝手なことばかり。

 君の口から出ると、『愛』というものが汚されるような気さえしてくるよ。マリアカリア!

 そもそも、なんで未成年者の僕が見ず知らずの幼児の父親にならなくてはならないんだ!」

「なんだって。君は我が身可愛さに大量殺人がこの学園で起こってもいいというのかい?しかも、あの可愛い愛の結晶を捨ててまでして君の体面というなんの価値もないものを守らなければならないのかね。わたしは理解に苦しむ」

「君の頭の中の方がよっぽど理解しがたいわ。もう黙れ。

 あのとき、妊娠の期間がどう考えても合わないと指摘されて君はどう答えた。えっ?わたしは卵生だから翌日には産みます?鶏か、君は。しかも、卵生の子供は成長が早く通常の100倍のスピードで大きくなりますだと?平然と嘘ばかりつきやがって。思い出すたびに胃が痛くなりすぎて吐血しそうになるわ」


 マリアカリアのやった嫌がらせを思い出して普段咎めているマリアカリアの喫煙すらも目に入らないくらいメガネが怒り狂った。そのせいで対策本部の議事が一時中断することとなる。


 15分後。

 こうして騒然となった部室内に理性を取り戻させたのは少女の凛とした一声だった。


「撃つべし!それしか方法はありません。

 (大尉の性格の悪さはこの際置いといて)問題を直視すれば、向こうの放つ刺客はシリアル・キラーであり、この学園の生徒全員の命を奪いにかかってくるということです。戦っても戦わなくても刺客は生徒全員の命を取りに来るということなのです。避けて通れないと言うならば戦かって撃退するしかありません」

 奥で大人しくアーサーと並んで座っていたグロリアの発言である。


「グロリアさん。それは無茶だ。兵器を使うとかの通常の暴力に対しては大尉殿をはじめここにいるみんなさんはプロだ。だけど、毒を使うとか蜘蛛を使うとかについては専門外だよ。それに相手にはわけのわからない魔女までついている。魔法なんてどうやって対処できるんですか。これはもうお手上げなんですよ」


 ナカムラ少年がグロリアを(言葉的には丁寧だが)たしなめた。彼は石橋を叩いてから渡るくらいの安定志向の持ち主であり、軽はずみに勇ましいことを言う人間が嫌いだったのだ。


「魔道士を雇いなさい。

 わたしがアーサーとともに神殿を出て彷徨っている時に見たことがあるわ。敵対する精霊に襲われた村々で焼けていなかったのは魔道士を雇った村だけだった……」

「魔道士を雇いなさいって。世界が違うんですよ。この世界のどこにそんな連中が居るんですか」

「いなければ別の世界の魔道士を雇えばいいわ」


 こうして9歳児の鶴の一声で対策本部の結論が出た。

 この結論は実はマリアカリアが密かに検討していた二つ目の方策とピタリと一致するものでもあった……。


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