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愛の牢獄3

 愛の牢獄3


 人を招いてパーティを催すということは、主催者側も参加する側も大変な準備がいるものである。

 マリアカリアの場合、わざわざマリー・アントワネットの時代の仮装舞踏会と自らハードルまで上げてしまっている。

 もちろん、彼女自身がパーティに出される料理や2階の張り出し部分で演奏する音楽家たちの選定、会場の飾り付けなどをするわけではない。そういった面倒なお仕事は常に他人任せというのが彼女の流儀である。今回も富田氏に一任されている(もっとも、それでなんらかの不都合が生じたとしても、彼女には他人のせいにせず自分で責任をとる度量だけはあるのであるが)。


 彼女が最も頭を悩ましたのはそういう雑事ではなく、参加に消極的な態度を示す人間が実に多いということだった。つまり、主催する仮装舞踏会自体、不人気であったのだ。特に男子学生のほとんどが躊躇いを見せた(派手なことをするマリアカリア個人に対して嫌悪や嫉妬の念を抱いた女子も多かったのだが、原始的な力を誇示する彼女の前ではみんな口をつぐんでいた。ひとには自己保存の本能があるということを示すよい証左である)。

 まあ、普通に考えれば当たり前のことではある。

 現代日本の高校生男子たちが何が悲しくてぴったりとしたタイツに半パンツ姿という極めて恥ずかしい出立ちで慣れないダンス(しかも時代的にワルツではなくメヌエットを踊れという)や社交などをしなければいけないのだろうか。彼らからすれば、主催者の頭がどうにかなっているとしか思えない。


「貴様らはむざむざ王子様になれるチャンスをフイにしようというのか!貴様らみたいな人間には一生に一度あるかないかのチャンスなんだぞ!そんな態度だからいつも貴様らは女性にモテないのだ!」


 マリアカリアが不参加を表明しようとするクラスメートたちに大獅子吼する(マリアカリアには言えば言うほど自分の言動が不倶戴天の仇敵を増産していることの自覚がない)。


「それでもいいです。だいたいそんな恥ずかしい衣装、持ってませんから!」

 スプレーでも使っているのだろうか、長めの髪の毛をパリパリにして分けている男子がヤケクソ気味に言う。

「なぜ恥ずかしく感じなければならないのだ。そのための仮装舞踏会であろうが。

 よいか。そもそも仮装舞踏会というものは、一般のパーティが主催者の虚栄心の満足と参加する人間のコネ作りを目的としている社会の縮図であるのに対して、楽しむことのみを目的とした一種の無礼講なのだ。主催者によって厳密に選ばれた参加者たちがマスクで素顔を隠してお互い誰だかわからないという建前のもとで楽しむお遊戯なのだよ。ドレスコードとパーティの趣旨を違えない限りどのように楽しんでもよいのだ。

 言い換えれば、日常生活ではできないことができる夢の世界なのだ。仮装舞踏会というものは。

 目立ち方もひとそれぞれ。なんでもOK。

 それこそ会話で機知を飛ばそうが、身につけた一点物の小物をひけらかそうが、なんでもありだ。上品な立ち振る舞いで育ちの良さをアピールするのもよし。ダンスで妙技を魅せてパートナーを虜にするのもまたよし。

 要は想像力さえあればなんだってできるのだ」

 反抗的なクラスの男子を睨めつけながらマリアカリアは相手の退路を断つつもりで付け加える。

「それに、(持っていないとしても)衣装なら貸出をしているぞ。貸出が嫌なら天才デザイナーに実費かぎりで安く作ってももらえる。参加になにを躊躇することがあるのだ。

 だいたい貴様ら、軍人でも貴族でもないだろう。衣装といってもせいぜい襟の高いフロックコートと白のベスト、それにドミノマスク以外は必要ないはずだ(カツラもついては男女とも貸出)。簡単なことではないか」


 これでもう不参加の論拠は消えただろうと、マリアカリアが言葉を切り、頭を逸らして傲然と周りの男子学生たちを見回す。マリアカリアとしてはもうこの問題には決着がついたと言わんばかりである。

 彼女の目が、モブは余計なことを考えずに黙って従えばいいのだと語っている。民主主義を軽蔑してファシストの教育しか受けていない軍人にはありがちな態度である。こういう態度のことを世間では虫酸が走るとか言ったりするのだが、彼女はそんなことは気にしない。


 しかしこの時、自分の都合しか考えないマリアカリアに対して勇気ある一人が立ち上がり、皆の気持ちを代弁した。ナカムラ少年である。


「いや。面倒くさいです。僕たち、別に日常に不満はないですし。夢の世界だったら、仮装舞踏会へわざわざ行かなくてもお手軽にネトゲやラノベがありますから」


 この、パソコンの一件で最近とみに反抗的になった男子学生の一言がマリアカリアの大いなる憤激を呼んだ。

「なんだと。ラベノと同じだと!貴様、その言葉に責任を取れるんだろうな!ナカムラ少年!

 もういい!ラノベと仮装舞踏会を同列に扱う阿呆を説得しようと思ったわたしが馬鹿だったよ!

 現時点から(招待状をもらった人間つまり全校生徒およびその父兄の)仮装舞踏会への参加は強制となったと思いしるがいい!それと、どうせ貴様ら男子にはメヌエットなど踊ったこともあるまいからわたしが直々に稽古をつけてやる。火曜日の放課後に第三講堂に集合だぞ。これも当然、強制だ。いいな!」


 最後に、不満そうなクラスの人間(ほとんどすべて)に向かってマリアカリアが叫ぶ。

「なんだ。その不服そうな面は。

 わたしに逆らいたいのか。なるほど。わたしと肉体言語で楽しくおしゃべりがしたいのだな。よーく、わかった。その方がわたしとしても手っ取り早くていい。

 文句があるやつは後で乗馬部の馬場まで来るがいい。ゲロを吐くまで荒馬に乗せてやろう!」


 ちなみに、結局、マリアカリアは強制のクラブ活動として交流部ではなく乗馬部を選んでいた。乗馬部はいまや校長の独壇場ではなく、マリアカリアのベース・キャンプと化している。


 こうして最後にはいつものとおり脅迫という力技でマリアカリアは問題を解決してしまった(ナカムラ少年は実はこうした問題解決のためのサクラであるという穿った見方もあるが、真相は不明である。マリアカリアなら本当に荒馬に乗せかねないので、誰も乗馬部の馬場まで行って彼の反抗を貫いた姿を確認できないからである)。

 しかし、マリアカリアもこのように安閑として仮装舞踏会の準備だけをしていたわけではない。メディアで伝えられたサンフランシスコの惨劇の報に接し、悪い魔女がここ白薔薇学園に攻め寄せて来ることの予想が付いていたのだ。

 そこで、彼女は二つの方策を取ることにした。


    ✽       ✽        ✽        ✽


 夕方、マリアカリアはメガネこと華山寺昇という生徒会書記の家を訪ねた。メガネの不在について確認のうえでの訪問である。


 マリアカリアが丁重に応接室に案内され待っていると、やがて室内用の白いカーディガンを羽織ったメガネの母こと華山寺明子という品のある婦人が出てきた。


「マリアカリアさん、ですわよね?昇のクラスメートの方だとか。

 宅の昇がいつもお世話になっております」

「お初にお目にかかります。わたくしはマリアカリア・ボスコーノというメラリア王国で3000年ほど続くしがない伯爵家の娘でございます。

 今日は奥様に大変重要なお話をさせていただくために罷り越しました。

 奥様。いや。あえてお義母様と呼ばせていただきましょう。実は……」


 マリアカリアが敬意を示して席を立ち、直立不動となってメガネの母に向かって驚天動地の話をし始めた。


 話の内容を聞いたメガネの母はさわりの部分だけで絶句して顔の色が白くなり、今にも倒れそうになった。


「の、昇がそんな不品行なことを。ああ、なんてことなの!いいや。信じられませんわ、そんなこと!」

「そんなこととは、たとえお義母様でも無礼がすぎませんか?昇さんとわたくしは愛し合っているのです!」

「な、何を証拠に。貴女は確か最近になって日本にこられた方だったはず。そんなことがあるはずが……」

「なくはありませんよ。お義母様。

 確かに、わたくしが白薔薇学園の生徒になったのは最近のことです。しかし、それ以前に(マリアカリアが)日本へ来ていないと誰が言えましょうか(たしかにマリアカリアは仙人の嫌がらせで江戸へ送られたことがあった)。

 わたくしと昇さんとが愛を育むだけの時間は十分にありましたわ。

 まだお疑いですか?お義母様。

 わたくしとしては祖母と孫との対面はもっと温かなものにしたかったのですが、残念です」

 そう言うと、マリアカリアは応接室の扉を振り返り、声をかけた。

「扉を開けて入ってくるが良い、ラプンツェルよ。ボスコーノ家と華山寺家の孫として胸を張ってな!」


 扉を開けて亜麻色の髪の毛の3歳児が入ってくると、華山寺家の奥方は本当に目を回して倒れてしまった。


「ラプンツェルよ。敵はもう陥落寸前だ。行って奥様の手を握り締めてうるうるとした瞳を輝かせよ!

 グアハハハ!わが計略なれり!」


 マリアカリアのとった方策のひとつは、敵の襲来する前にとっととこの乙女ゲームをクリアーしてしまうことだった。

 要は敵に勝ちさえすればいいのだ。漫然と凶悪な敵の来るのを待ち受ける必要などどこにもない。クリアーしてさっさと別の世界へ引き上げてしまえばいいのだ。仮装舞踏会は主催者がいなくなってもあとに残るムッシュ・トミタが何とかしてくれるだろう。


 言うまでもないことだが、マリアカリアのこの作戦の成功ののぞみは小さい。実社会では成功したかもしれないが、こういう汚い手はゲームの世界では通用しないものらしい。

 まあ、これも仕方あるまい。

 マリアカリアは乙女ゲームをしたことがないのだ。しかも、ちまちま相手の好感度を上げるようなことはプレイヤーとしてのマリアカリアの性にそもそも合わない(実は、生徒会長と同様、書記のメガネには夏姫によって「虜囚」という状態異常がつけられており、絶対に夏姫以外には靡かないよう仕向けられていた。だから、書記のメガネを攻略対象とすることは最初からマリアカリアにとって無理ゲーだった。結局、報いられない計略であったわけで、実にご苦労様なことであった)。

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