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愛の牢獄2

 愛の牢獄2


 事前にある程度予想されていても、災難とは容易に避けることのできないものらしい。

 ナカムラ少年は今度は拉致されて大きなベットが置かれている部屋へと連れ込まれてしまった。


「ちょっと!オレ、そういう趣味はねえって言ってるだろう!早期解放を要求する!この変態が!」

「実に、あの下品で野蛮な女の従者らしい口ぶりだな。だが、それは状況と相手によっては災厄を呼び込むこともあるのだと覚えておいたほうがいい」

「ぐはっ」


 哀れ。ナカムラ少年は脇腹に一発もらった挙句、妙に剣だこの目立つ相手の少年に小手をひねられて大きなベットの上へと投げ出されてしまった。


「なんでオレばっかりが、殴られたり投げ飛ばされたりしなければならないんだよ。オレはただ自分のパソコンが欲しくて買いに来ただけじゃねか。それは資本主義国では奨励されている行為だろうが」


 そう。自分で言うとおりナカムラ少年はパソコンを安く手に入れようと東陽町を徘徊しているところを、なぜかシートが垂れ下がっているガレージのある建物から突然飛び出てきた外国人らしき黒髪の美少年に捕まり、その建物の中へと引きずり込まれたのだった。

 相手の少年はこういう荒事には慣れているらしく、問答無用であり、ナカムラ少年の抵抗もむなしく、一瞬で事は決した。


 ベットの上に投げ出されまな板の鯉状態となったナカムラ少年が横を向くと、3歳くらいの女の子が両手でジュースの入ったコップを抱え(彼女にとっては)高すぎるイスに座って足をばたつかせていた。

 テーブルの上には、開けられたキャビアの缶詰とシャンパンそれとウオッカの瓶が乱立している。実に酒臭く、小さな女の子には情操教育上よろしくない環境である。


「勘違いしないでよね。ちょっと聞きたいことがあったから下でうろちょろしていたあんたを呼び込んだだけよ。タバリシ・ナカムラ。それともペトリョーシャだったかしら」


 9歳児くらいの女の子がイスの上に立って、首を振っていやいやしている酔っ払ったオールバックの中年男に無理やりスプーンですくったチョウザメの卵を食べさせようとしていた。


 ここでマリアカリアに捕まった精霊のグロリアたち三人のその後の顛末について説明しておこう。

 ご承知のとおりマリアカリアは昼食代を調達しに賞金首であった三人を別の世界の大英帝国王立魔女協会の本部へと連れて行ったわけだが(大英帝国と名のつく国が存在するいくつものパラレルワールドには必ず支部があり、本部ではそれらを統括していた)、賞金首を連れてこられた魔女たちは大いに困った。

 グロリアを抹殺することは自分たちでは不可能だし、頼んでマリアカリアにしてもらうとしてもその結果が未知数であって怖くてできない。もしかしたら世界が崩壊してしまうかもしれない。それは少なくとも自分達本部の人間のいる場所ではやってほしくないことだった。

 しかも、グロリアは自分たちの欲しい賢者の石(電磁気力の塊)を排出する、いわば金の卵を産む鶏である。殺すなんてもったいなくてできやしない。

 そこで、魔女たちはマリアカリアに交渉を持ちかけた(この時のマリアカリアの態度は非常に悪かった。彼女としてはグロリアを引き渡せば話はそれで終わりのはずだった。それに彼女としては仲間のシルヴィアを助け出した以上、グロリアたちをもうどうこうする気がなかった。彼女には厄介事を背負い込む気など最初から無いないのだった)。

 結局、魔女たちは賞金の額を釣り上げていくことで交渉すら面倒になったマリアカリアに打ち勝ち、五兆円相当の賞金と引き換えにグロリアたちをマリアカリアが引き取って監視することに決まった。

 引き取って監視するといっても、マリアカリアのやったことといえば、学園の前で無造作に3千万円ほど突っ込んだ茶色の紙袋をグロリアに押し付けて「しばらくここで勝手に生きていろ。ただし大人しくしてな。金がなくなったらまた取りに来るがいい」と放置しただけだった。


「あ。お久しぶりです。グロリアさん」

 ナカムラ少年は力の強い危険な相手には実にへりくだった態度を見せる。

「でも、なんでこんな場所にいらっしゃるのですか?お三人とも」


 9歳児はその質問に憤慨を隠せないというようにフフンと鼻を鳴らした。


「どうもこうもないじゃないの。あたしたちは身分を証明するものをなにも持っていないのよ。パスポートも外国人登録証もなしにどうやっておうちを借りたり、ホテルに泊まったりできるのよ」

 グロリアはイスの上で仁王立ちになり腰に手を当ててみせた。


 最初の日、札束を押し付けられたグロリアたちは初めて見る東京に驚きながらもその日泊まる場所を見つけに都心の方へと行った(モスクワにもメトロはあり、地下鉄の乗り方にはだいたい見当が付いていた。ただ9歳児が紙袋の中から一万円札を無造作に抜き出して自動券売機の使い方を駅員に聞く姿には若干引かれはしたけれど)。

 そして、彼らはなぜか八丁堀で降りて宿泊場所を探した。そこで彼らは適当に選んだビジネスホテルに泊まろうとしたのだが、フロントでパスポートの提示を求められてしまう。

 咄嗟にグロリアは紙袋から何枚か抜き出し、掴んだ小さな手をフロントのテーブルへ押し上げようとしたのだが、これはアーサーに止められた。フロントの女性からはそういう賄賂を受け取るような感じがしなかったからである。

 アーサーは「やっぱり(このホテルに)泊まるのはやめにしよう。君。どこかここよりも高級なホテルは知らんかね。よかったら教えてくれないか」と誤魔化した。

 フロントの女性は気を悪くする様子もなく「やはりお子様連れではビジネスホテルには合いませんよね。お困りでしょう。お客様」といくつかのホテルを紹介してくれた。

 フロントの女性の微笑みに見送られた3人(正確にはグロリアとアーサー)は絶望した。自分たちの世界で類まれな警察国家を作り上げていた彼らにはこの国の警察権力がとてつもなく恐ろしく感じられたのだ。もしかしたらパスポートも何も持ってない自分たちは強制収容所送りになり、拷問にかけられた挙句に何十年もただ働きをさせられるのではないかと危惧した。自分たちが多くの人達をそういう目にあわせてきたから、同じように……。


 絶望的な状況を打開したのは一番小さいラプンツェルだった。東陽町を当てどなく彷徨っているとき、彼女はガレージが垂れたシートで覆い隠されているモーテルらしき建物を指差して「あそこに泊まりたい」と曰ったのだ。彼女から見て外壁に描かれた絵がお城の壁に見えてかっこよかったらしい。

 ダメもとで中に入ると、そこにはまったく人気のないフロントしかなく、当然パスポートの提示を求められることもなかった。ただ気に入った部屋の絵のパネルを押せば事足りた。


 こうして安住の地を得たグロリアたちは以来、同じようなホテルを転々として暮らしている。


「はあ。なかなか苦労されたみたいですね」

 ナカムラ少年は言葉だけではなく本心からグロリアたちに同情を覚えた。

 マリアカリアなどは最初の頃、最高級のホテルのスイートルームに連泊し、そのうちホテル住まいは息が詰まると言って何十億もするマンションを即金で買い取って引っ越していた。


 それに比べたらなんて可哀想なんだ。小さいラプンツェルまで抱えて。


 ナカムラ少年からしてみれば、マリアカリアという女性は(ときおり他人に大盤振る舞いをすることもあるが)気に入った人間以外については基本的に無関心であり、気に入らなければ他人が困ろうがどうしてようが自分の興味を引くこと以外に指一本動かす気のない物臭な気分屋であった。

 ナカムラ少年が今日、東陽町あたりを彷徨っていたのもその辺の事情によるものだったので、彼はみんなマリアカリアには苦労させられているとグロリアたちに本当に同情と共感を覚えた(この時点で彼の頭からはかつてグロリアたちが自分たちを殺しにかかっていた敵であったことがきれいさっぱり消えていた)。


 ナカムラ少年は自分がかつていた世界とほぼそっくりなこの世界に来てみて無性にパソコンをいらいたくなった。ネットゲームもしたかったし、掲示板のあるサイトも覗いてみたかった。そこで、彼はマリアカリアにパソコンを買うお金を貸してくれるよう無心をしてみた。

 しかし、その結果は剣もほろろな拒絶だった。


 マリアカリアは「必要ない」の一点張りで、「衣食住の面倒は十分すぎるほど見ているはずだ。なんで自分の金をナカムラ少年の趣味のために使わせなければならないのだ。それも、ろくな趣味でもないのに。大人としては青少年の育成に悪影響を及ぼす恐れのあることにわざわざ手を貸す気は起こらないね。まったく」とまで言い切った。


 この言葉にナカムラ少年は大いにむくれる。


 自分はさんざん贅沢をしているのに。

 それも、こちらはくれと手を出しているのではなく、少しの間貸してくれと言っているだけなのに。なんで拒否られなければならないんだ!


 ナカムラ少年も古今東西万国共通の少年特有の甘えというものからのがれられなかったがため、マリアカリアの拒絶にはおおいに腹が立った。このため、彼はそのまま学園を飛び出していく(もちろん授業をサボって)。


 大人の何気ないこうした冷たい対応が少年たちを悪の道へと追いやるのであろう。こころある大人の方たちは時には世間知らずと罵ることなく、年少者を温かい目で見る必要があるのかも知れない。たぶん。


 こうして飛び出したナカムラ少年になにも目算がなかったというわけではない。彼は前の世界でよくマリアカリアに隠れてアルバイトをしており、それで貯め込んだ金貨などをこっそりとこの世界へと持ち込んでいた(常にゴマメ扱いの彼は仙人やマルグリットたちからある程度自由にして良いと、どうやらお目こぼしをうけていたようである)。


 質屋で換金して、安売りの店を探せばそれなりのものが手に入るはず!


 悪知恵の働くナカムラ少年はこの時点ですでに換金に際して求められる保護者の同意書を偽造して持っていた。

 彼はできるだけのほほんとした店員のいる質屋を探して換金すると、大型量販店や秋葉原をめざすのではなく、かつての記憶を頼りに東陽町にあった胡散臭いパソコンの中古屋を探した。彼の記憶ではそういう店ではメーカーの横流し品などが密かに店頭に並べられていたりしたのだ。むろん正規ではないと思しきソフトも同時に手に入れられるはずである。


 このようにして先程までナカムラ少年は期待に胸をふくらませ夢の道具を手に入れるべく東陽町で奮闘中だったわけである。


 しかし、である。

 なぜだかしらないが、彼は外国人風の黒髪の少年にとっつかまってしまって……。


「それはそうと、こいつ、誰なの?ずいぶん乱暴なやつだけど、グロリアさんのお友達ですか?」

「あら。知らないの?あんたが前にいた世界の住人でドン・カトロスだったかしら(本人から「ドン・カルロです」との訂正が間髪なく入れられた)。彼もホテル難民でよく顔を合わせたから知り合いになったのよ。そしたら、大尉のことを知っているというじゃない。外の世界って意外に狭いのね。わたしも驚いたわ」

「へっ?でも、ドン・カルロといったら大尉に決闘を申し込んだとかいうごついヒゲのオッサンだったはずでは……」


 ナカムラ少年はどことなくクラスメート(前の世界ではもう女には飽きたとかとこの上もなく腹立たしいことを呟いたことがある、もと魔王にして清掃仲間であり、騎士とかの称号を持ったイケメン。つまりフランチェスコのこと)に似たところのある黒髪の少年の顔をジロジロと見つめた。


「オレはあんたに親近感を持っていたんだよ。それが弟みたいにやっぱりイケメンだったとは。残念です!」

「……」


 非モテの少年の怒りに触れ、相手の黒髪の少年はとまどいを隠せない。

 彼には弟と違って礼儀以外で女性から優しい言葉などかけられた経験などない。イケメンと呼ばれても意味がまるでわからないのだ。

 それに、なにごとも自分とは相反するはずの弟みたいだとまで言われてしまった……。

 それは彼にとって禁句に近いものだった。

 どれほど彼が弟の存在で苦しめられ続けたことか。

 だが、一方で、彼は弟のことをひどく愛していたことも事実であった。


「どういう意味だ?」


 ドン・カルロは複雑な思いから憮然とした表情で不機嫌な声を上げた。


 常に王女の味方である彼はマリアカリアの主催する仮装舞踏会のきな臭さに王女が巻き込まれてしまいかと心配となり、とある伝を頼ってこの世界へと紛れ込んでいたのだ。

 もっとも、紛れ込んだ拍子にいきなり17,8歳の頃に若返ったことは彼にとっては想定外のことであったが……。





 


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