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この世は楽し6

 この世は楽し6


 ホセ・エミリオは結果に大変満足した。

「無味無臭(毒物であることを感知されない)。効果を発揮する時間の調整しやすさ(救命活動を阻害し被害者を確実に死に至らしめる)。少量で済みかつ安価(致死の効果を大量に及ぼすことができる)。

 どの点をとっても僕の開発した毒たちは完璧だ。実験の素材も申し分無かった。他の原因で死んだのではないことが確実に分かるからね。ハハハハ」

 マティーニの杯を掲げながら自画自賛する。


 ホセ・エミリオは美女とは違い、内面に自己否定の要素を抱えてはいない(その証拠に彼は自身のことを狂っているとは決して言わない)。

 だから彼には反省とか良心の呵責というものもない。


 自己の欲望に忠実すぎる彼は彼の実験素材となった獄中の凶悪犯罪者と実は変わらない。同じタイプの人間といえる。

 いわゆる反社会的な人間であり、違いがあるとすれば、欲望の対象が金か独自の趣味かというくらいなものであろう。


 彼ら(反社会的な人間)の論理は単純だ。

 自分は全ての面において正しく、自分の欲望を阻害するものこそが悪。

 自分に都合の悪い事が起こるのはすべて他人のせいであり、うまくいかないのは社会が悪いから。


 他人の評価などクソくらえ。俺は俺で好きなことをさせてもらう。


 彼らは社会に対するあくなき挑戦者であり、自己保存の本能から一時的に折り合いをつけるが、常に挑戦の機会を虎視眈々と狙っている。

 そして、自分以外に価値を見い出せないので、実に他人に対して無慈悲である。自分の欲望を満たすためには殺人、暴力、脅迫、虚言、破壊、どんな行為も厭わない。


 自己愛の強いシリアル・キラーたちが自己否定の痛みから逃れるため悲鳴を上げながら他人を攻撃するのに対して、彼らは自分たちの欲しいものを回り道をせず直線的に手に入れるため他人に対して暴力を振るう。暴力こそが最も効果的で単純で他人に分かりやすい表現方法であると知っているから。


 彼らは古典的な悪党であり、単純であり、自分たちの理解できないものはすべて否定する。異常性格の犯罪者がしばしば獄中で彼らに殺されるのはこういう理由によるものである。


 契約で道具になることを承知したものの、ホセ・エミリオは美女のことを理解しがたい不気味な存在と捉えており、決して心服しているわけではない。

 挑戦の機会をつつがなくくれるから従うが、機会があればいつでも裏切るつもりでいる。

 彼は大胆で蛮勇の持ち主であり、どんなに美女に圧倒的な力を見せつけられても心の中の反逆の火を消すことはない。


「数の点には不満が残るけど、場所が場所だけに結構話題性には申し分無かったようね。わたしも結果には満足しているわ」

 美女はその自前のパソコンから目を上げて、ホセ・エミリオに対し彼の仕事ぶりを賞賛した。

「次の仕事も期待しているわ。ホセ・エミリオ」


 手放しで喜んでいるようにも見えるが、もちろん美女の方もホセ・エミリオの反逆の可能性を重々承知している。

 美女とホセ・エミリオの関係は、イメージとして言ってみれば、協力なくして登攀不可能な絶壁にいるクライマーふたりがどちらが先に相手のザイルを切り落とすか計算している途中といったところだろう。


 今現在、どちらも先に相手のザイルを切り落とす自信がある。


 ふたりはお互い目を合わせ不敵に笑い合った。


   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆ 


 アシュトン・ガーナーとジョージ・フランクのふたりの連邦捜査官(FBI)はボードに貼られた赤線と死んだ人間の名前でごちゃまぜの複数の紙片を眺めてうなだれた。


 手がかりが全く見当たらない。


 あれだけ大量の人間が死んだのに全く手がかりがない。死体からは何一つ毒物らしきものが検出されなかった(美女がホセ・エミリオに手を貸し時間が経てば自然分解するように仕組んでいた)。毒を混入した犯人の目撃情報もない。すべてのビデオカメラの映像を分析してもそれらしきものを発見することができなかった。


「これで犯行声明すらない!

 これじゃ動機もわからん。もうお手上げだ!マスコミにせっつかれて上司はクビ。チームは解散。俺たちふたりは左遷だ。きっとフロリダあたりでやばい潜入捜査をさせられるんだ」


 アシュトンは手に持ったペンの尻を噛みながら唸り声を上げた。


 そこへ腹の出た眉毛の濃い大男が入ってきた。彼らの上司マクラナガン本人である。

「小僧達。よく聞けよ。俺たちはもうそこにある紙っペラとにらめっこする必要はなくなった。さあ。ボードから紙片を外して家に帰って寝ちまいな。クソッタレが」


「とうとうクビになったんですか。ボス」

「生憎だな。そうそうおまえたちが望むことはこの世では起こらないさ。

 俺たちはチームごと別の仕事があてがわれることになった。フロリダへ行けとさ」

「げっ!」

 悪い予感が当たったアシュトンは仰け反った。


「誰が引き継ぐんですか?この事件。

 CIA?それとも国防総省の情報局?もしかして例の国防脅威削減局かな? 

 フッ。お門違いも甚だしい。

 これはテロとの戦いではない。

 死んだ連中はみんな札付きの悪党ばかり。

 関連が疑われるシリアルキラー予備軍の大量自然死もストリート・ギャングがセットごと吹っ飛ばされたのも、そう。

 犠牲者に死んで泣いてもらえるような奴はだれひとりとしていない。

 これはきっと自分のことを正義のヒーローと勘違いしたどこかの馬鹿が世直しとかでやらかしたことに違いないんだ。

 必要とされるべきは警察か精神科医であって、軍じゃない!」

「ジョージよ。怒り給うな。CIAも軍の情報局も(事件を)担当しない。

 担当してくれるのはな。噂によると、わざわざイギリスからやってきたばあさま方だそうだ」

「はあ!?いつから我が国では(難事件解決に)外国の安楽椅子探偵のお世話になるようになったんですか?」

 口をあんぐり開けるジョージに向かってボスが言う。

「俺が知るか。高度な政治的決定だそうだ(これは当然部外秘だぜ。マスコミにばらすなよ)。

 とにかく俺たちの手からは離れてしまった。もう頭を悩ます必要はない。おまえは俺たちの代わりに悩んでくれる連中を有り難がって、家で酒でも飲んで忘れちまえ。クソッタレが!」


 大英帝国王立魔女協会という猟犬が美女の撒いた餌にとびついた瞬間であった。



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