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この世は楽し4

 この世は楽し4


 サラの住むサンフランシスコという都市は西海岸の人口が7、80万しかいないこじんまりとした街である。坂は多いが、規模の小ささから公共交通が発達していて、バス、地下鉄、ケーブルカーが普通に通勤に使われたりもする。また、街が美しいうえ、観光の名所も多く、全世界から訪れる観光客でにぎわっている。

 しかし、シーフードとそのクラブサンドとが名物であるこの街にも影の部分の名物がある。むしろそちらの方が有名だ。


 青をシンボルカラーとするクリップス(1970年代に過激な政治組織ブラックパンサーのメンバーから発生するが、構成員に多くの貧困層の少年たちを取り込んだため凶悪なストリート・ギャング団に変質。殺人、麻薬取引、売春、武装強盗を主な資金源とする全米一の黒人のストリート・ギャング団)。赤をシンボルカラーとするブラッズ(クリップスに対抗するためにつくられた凶悪な黒人のストリート・ギャング団)。

 そして、彼らの真偽ごちゃまぜの武勇伝を称えるラップと独自のダンス・ステップ。彼ら独自の物騒で複雑なハンドサインなどなど。

 また、黒人だけではない。メキシコ系のチカーノ・ギャング団も数多く存在していることでも有名である。


 この街では、観光客が楽しげに行き交う道一本隔てただけで、窓や戸口を鉄柵で覆って防御している家々が目立つ非常に治安の悪い地区に早変わりしたりする。

 それゆえ、街に住むには、危険な地区なのかそうでないかを注意深く見極める必要があり、怠ればとんでもない目に遭いかねない。サラも来た当初、夜間に車を飛ばしていると、街のネオンサインの少なくなる辺りから突如塗装の剥げた車に追いかけられた経験が何度かあった。そんな時にはスピードを増してできるだけ大通りの方角へ逃げるしかない。



 サラは大学の建築学科を卒業すると、すぐに建築士資格試験に合格した。

 建築士の登録をするには3年の実務経験を積むことが条件であり、サラは地元カンザスシティでしばらく働いた後、サンフランシスコに就職先を見つけて越してきた。


 彼女は当初、住居としてコンドミニアムをルームシェアーのかたちで借りようと計画していたが、とある理由から高速道路をはずれた少しさみしい感じのする地区の分譲住宅を一人で借りることにした。

 オーナーはラトビア系とユダヤ系の老夫婦であったが、前の住人が自殺をしていたことと近くにブラッズのセット(組織の末端単位)があったこと(ちょくちょくチカーノ・ギャングと騒ぎを起こしていた)から家賃の高いサンフランシスコでは破格の値段で借りられたことも理由である。


 分譲住宅といっても外壁の板を水色のペンキで塗りたくった木造の小さな家(テラスのついた2LDK)であり、トレラーハウスやショットガンハウスよりもややましな程度の代物である。

 踏み固められ砂利がまかれただけの空き地が庭がわりであり、そこには前前前くらい前の住人の残していった錆びたブランコがポツンと揺れている。


  ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆


「こんばんわ」

 仕事から帰ってきて疲れた顔をしているサラの前に美女が現れた。

「約束通り来たわ。いい場所見つけといたから、埋めに行きましょ」


 もう諦めきっているサラはナオミというもと同僚の死体を浴室から車(韓国製のセダン)のトランクに詰め込むべく、よろよろと立ち上がった。



 サラが美女にいやいやながらも従う理由を説明するのには、美女が上機嫌となりルイスに初めて質問を許した日まで遡る必要がある。


 この日、いつものように美女が自前のパソコンである水柱のようなものを覗き込んでサラの様子を観察していると、サラが職場でスマート・ホーンを手に取るごとにいらだちを募らせていくのがわかった。

 通話の相手がもと同僚のナオミ・メイスンであることを美女は知っていた。

 性格破綻ぎみのナオミは事務所をクビになったのが我慢できず、腹いせにサラに付きまとっていたのだ。以前からサラが着信拒否にしてもナオミは番号を変えてしつこく馬鹿げた皮肉や罵声を浴びせかけてきていて、サラを辟易させていた。


 この日のその後の展開は観察していた美女の期待通りのものとなった。

 まず、電話ばかりかナオミが職場帰りのサラをつかまえて直接罵声を浴びせたため、とうとうサラを怒らせた。

 心の中で例の衝動が鎌首を上げてしまったサラはナオミを挑発してナオミが車で追跡するように仕組み、高速道路近くのわき道の路肩で車を止めた。

 そして、車を降りサラに罵声を浴びせかけようと近寄ったナオミに対して、サラは車中から護身用の銃で発砲した……。


 ナオミを射殺したあとしばらく陶酔しきっていたサラに美女が声をかける。

「腕がいいのね。頭部と足の付け根の動脈を射抜いているわ。9ミリのルガーをそこまで使いこなすなんて大したものよね。サラ・レアンダー」

 美女は満面の笑みを浮かべていた。


「定石通り私を消そうとする姿勢は立派だけど、無駄よ。ほら。あなたにも聞こえるでしょ」

 

 車も持たずにどうやってこの女はここに現れたのだろうか。この女は殺人を行いまだ銃を持っている自分になぜ恐れる気色さえ見せずに笑っていられるのだろうか。なぜ自分の名前を知っているのだろうか……。

 一向に解答の閃かない疑問で頭がいっぱいとなったサラの、銃を持つ手が震える。


「あなた、だれ?」


 サラの耳にも陽気なラテンのリズムが聞こえてきた。

 近くに住んでいるチカーノ・ギャングのチンピラたちが自慢の改造したピックアップトラックを乗り回していて銃声に気づいたのだろう。カーステレオを鳴らしながら近づいてくる。


「どうするの?このまま(ナオミの死体を放り出して)逃げるの?こういうことは迅速に判断しないといけないわよ」

 

 サラは冷笑する美女に銃を突きつけたまま唇を噛んだ。


「さて、ここで朗報よ。あなたが私に協力すると誓えば、身内サービスであなたにとってとても都合の良いことをいっぱいしてあげるわ。たとえば、そこの死体の始末の手伝いとか。近づいて来る連中の処理とか。あるいはあなたの懸念している殺害した父親の後始末だとか」

「だから!だれなのよ、あんたは!」

 サラは目を吊り上げて激高した。


「フッ。最近の娘は切れやすくて困るわね。

 いい?よく聞きなさいよ。

 私はあなたの美人の曾祖母でーす。そして、大魔女。だから、こういうこともできる」


 サラの見ている前で、フロントランプを思いっきり光らせながら近づいてきたトラックが乗っている人ごとグシャリとつぶされた。


「先にサービスしちゃったから(サラも)当然誓ってくれるわよね。言っとくけど、クーリング・オフはなしよ。私のひ孫ちゃん」


 眼前で起こったことが信じられない。サラは声も上げられなくなった。

 サラには月光に照らし出された美女の唇が異様に赤く映る……。


 この日からサラは美女の操り人形(最終的には肉体を奪われる)となるべく少しづつ調教されることとなる。



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