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刺客5

 刺客5


「なんでわたしたちにここまでしてくれるの?」

 小生意気な姉が黒衣の貴婦人然とした女の顔を見上げながらはっきりと言う。おとなしい弟の方は相変わらずきれいな大きな目を見開いて固まったままだ。

 ふたりとも小奇麗な服を着せられており、花のように可愛らしい。

「決まってるじゃない。君たちとウインウインの関係を築きたいから。昔のように窯ん中へ突き落とされてはかないませんからね」

 洒落た黒の日傘を左手に持ち、複雑な刺繍の黒い長扇子を右手に持ったドレス姿の女がその被っている帽子のベール越しに子供たちへ微笑みかける。


「絶対にうまくいかないわ」

 小生意気な姉は今度はうつむいてぶつくさと呟く。

「大丈夫よ。いまは癒しが求められる時代。世の中はさみしい人たちで満ち溢れ、誰も彼もが愛情に飢えているんですもの」

「愛情ならわたしたちが欲しいくらいだわ」

「愛し愛され。愛情は等価交換よ。まずはこちら側から注がなきゃ。

 君たちはただ『おじいちゃん。おばあちゃん』って抱きついて甘えればそれでいいのよ。なにも面倒なことも恐れることもないわ」


「フン」

 意を決した姉は足を大股にして森の中に見える建物へと向かう。それに釣られて弟も相変わらず不安げな表情を浮かべたまま歩みだした。


 後に残された黒衣の女はそのはめている黒革の長手袋が汚れるのも構わず道の脇にある汚い看板の埃を払った。


 王立養護老人ホーム『お菓子の家』


 女は知っていた。そこは身を社会に捧げ尽くしたものたちが最後に静かに暮らす場所。そして、彼らが家族とも社会とも切り離されて最後の瞬間まで孤独に苛まれていることを……。


 親に捨てられたあの姉弟が持ち前の可愛らしさで赤の他人である老人たちを篭絡して彼らの財産の遺贈を受ける。そして、姉弟の後見人であるわたしがその財産を運用して大きくする。ビジネスモデルとしては完璧ね。それに誰も不幸にはならない。むしろ幸せになる。だいたいお墓の中にまでお金はもっていけないしね。


 誰?わたしのことを子供をだしに使う詐欺師だとか老人たちの最後の生き血をすする吸血鬼とかと非難するのは。


 でも、いいわ。甘んじましょう。それくらいのことは。

 だって、わたしは悪い魔女だもの。世間的にはね。フフフ。


ー不幸の発生について「ヘンゼルとグレーテル」マリアカリア改訂版よりー




「ルイス!

 ル・イ・ス!

 霧吹きと櫛を持ってきて頂戴。まったく気に入らないわ!」


 美女は椅子にがんじがらめに縛られた男の顎の角度を微妙に変えながらルイス・マンフィールドに向かって指示を出す。


「そうそう。もうちょっと目を見開いて。そう。その感じのままよ。

 (シュッ)これで額の汗の感じが出たわね。うーん。もうちょっと髪の毛を濡らして、と。(シュッシュシュ)よし!

 ルイス。フラッシュを焚いて2枚ほど撮って頂戴」


 カシャッ。カシャッ(デジタルカメラではない)。


 日曜の早朝、唐突に美女はルイスを連れてダウンタウンにある、とある安アパートにBMWで乗り付けて4階の部屋に押し入り、寝ぼけ眼の中の住人をキッチンの椅子に縛り付けるというはなはだ非常識な行為に出た。

 

「あんた、誰?ここで何してんの?なんでオレ縛られてんの?オレの服どこ?」


 ガツゥンン。


「今の汗の飛び散る感じは大変よかったわ。もう一度殴るから、ルイス。写真撮って」


 バッシュゥン。カシャッ。


「おうっぷ。オー・マイ・ゴット。あんた、狂ってる!」


 美女は嵌めているメリケン・サックを刺のついたものに代えた。


「おお。ソーリー。オレが悪かったです。なにが気に障ったかわかりませんが、謝ります。だから、どうかそれで殴らないで。プリーズ。お願い!」


 そのきっかり3分後、欲しいものを手に入れた美女とルイスはアパートを出た。

 ちなみに、アパートのセキュリティも、住民の通報も、防犯カメラも、その他法律上倫理上の諸々のこともなにもかもが問題にならなかった。なぜなら美女は悪い大魔女だったのだから。


  ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆    ◆◇◆◇◆    ◆◇◆◇◆


「おい雲長!雲長!おらんのか!」


 ジャージ姿の呂布が仕込みの餃子やラーメンの麺が置かれた台のある中華料理屋の勝手口でどなる。関羽のアルバイト先である。


「やめんか。奉先。大声を出すな。この国は金髪碧眼の白人にはめっぽう弱いくせに同じ外国人でもアジア系には特に強く当たることで有名なんだぞ。目立って入国管理にでも通報されたらたまったものではないわ」

「おう。それはすまん。俺も身にしみて感じていることだ。『不逞外国人は死ね!』とかデモがあるくらいだからな。

 なぜ国の評判が個人に直結するのか未だにわからんがな」


「で、なんの用だ?お主。ここしばらく覇王様のところにも顔を見せていないくせに」

「うむ。そのことなんだが。この間、某広域指定暴力団の5次団体からオファーがかかっての」

 ここまで言って呂布は顔を反らした。

「その、なんだ。やってしまったのだ」

「なに!殺ってしまっただと!かばいきれんぞ。覇王様の耳に入っても」

「いや。覇王様の耳に入っても大丈夫だろう。幹部の一人にハーフネルソンをかまして歌舞伎町の通りを200メーターほど歩かせただけだからな」

「同じことだ。覇王様は体を動かしたがっている。耳に入れば飛び出していくぞ。そうすりゃ、夏姫殿が怒って……」

「うむむ」

 呂布の凛々しい眉の間に縦ジワが入る。

 乙女ゲームの中ではなぜか呂布だけは17歳の少年に若返っていた。身長は2メートルを越えるものの、イケメンで通る顔つきをしている。

 ちなみに、呂布は工業高校に通っており白薔薇学園の生徒ではない。もちろんマリアカリアの攻略対象候補でもない。


「それで相談に来たのか。しかし、困ったのう。今の俺では一緒にカチコミをかけてやることも謝りに行ってやることもできんなあ。ふむう」

 腕組みをしてうなる関羽に呂布は心底驚いた。

 以前の関羽ならいざ知らず、今の関羽はやけになって荒れているど貧民のはずなのだ。真剣に悩んでくれる道理はないはずなのだが。

「う、雲長。おまえ。熱でもあるのではないのか。雲長がそこまで俺のことで悩むとは信じられん」

「うむ?では、何を期待して俺のところまでわざわざやって来たのだ、お主は?」

「おう。逐電前に夏姫殿へ伝言をたのもうと思ってな」

「逐電か。なるほどな」


 関羽はため息をついた。彼自身考えないことではなかったからだ。今のままでは生きるのに辛すぎる……。


「で、逐電してどうするつもりなのだ。やくざになるくらいなら、最初からオファーを受けておればよいではないか」

「男が刀を抜くからにゃ最初から一国一城の主を目指さなくてどうする。俺はまずハマへ行って荒れている奴らをしめる。そうして、のし上がる」

「フン。お主に南の人間をまとめられるものか。それに時代が違う。今は組織の奴らが倉庫やガレージに白い粉を山積みにする時代ではなく、ネットを使ってチマチマとハーブを売っている時代だぞ。まとめあげてもメリットが少ない上当局に目をつけられるリスクだけが高い。

 そういうことは仙人の課題で1980年代のサンフランシスコへ行かされた時にでもやっておけ」

「では、どうすればいいのだ?今のままでは飯すらろくに食えんのだぞ。

 最近、カツアゲをしている奴らを見ることもなくなってしまって、まともに稼げんのだ(呂布はカツアゲは犯罪だが、カツアゲした奴からカツアゲすることは犯罪ではないと法律を誤解していた)」


「……ひとつ、心当たりがある。俺が匿ってくれるよう頼んでやろう」

 呂布は驚きで目を丸くする。

「どういう風の吹き回しなのだ。雲長?」

「なに。気にするな。馬ですらたらふく食っているのに男子が窮するのを見捨てるのも後味が悪い。それに奉先。お主は人に乗せられやすいから要らぬ悪名を増やす。放ってはおけん。

 ただ、礼儀として情報提供だけは要るぞ。何か考えておけよ」

 そう言って関羽は自分が竜馬ともどもマリアカリアの店で世話になっている

最近の事情を説明した。


「フランス料理か。うむむ。俺も食いたいが、情報がない。最近、覇王様の顔を見るのが嫌で夏姫殿のところへは行っておらんしな」

「なにかあるだろう。なにか」

「ううむ。おっ。拳法の奥義などはどうだ?五路拳とか魔苦拳とか」

「あー。どうだろう。(マリアカリアは)想えばどんな拳法の達人にでも成れてしまうからな。あの方は。必要があまりなさそうだなあ」

「むっ。困った。俺はどうしても食いたい。

 昨日、俺が食ったのはインスタントやきそば5箱とコーラ1リットルだけだぞ。あんな味気のないもの、もう見るのも嫌だ。こんな生活ではたまらん!」

「お主……。このままだと死ぬな、20までに確実に。

 戦場で死ぬのならともかくジャンク・フードのせいで『人中に呂布あり。馬中に赤兎馬あり』とまで言われたお主が死んだとあっては恥だぞ、恥。

 なにかあるだろう。もっと考えろ」

「くっ。今の俺には考えを巡らすだけの栄養が体にない」

「……」


 3時間後。

 呂布は誰かさんと同じようにステーキが載った皿の前で両手に持ったナイフとフォークを振り回しながら演説をしていた。

「……ゆえに故赤塚不二夫先生は天才だったのだ。あのナンセンスのオリジナリティは人間の枠をはるかに超えていた。

 拳銃を撃ちまくるモヒカンで目玉のつながった警官など誰が思いつくというのか。はたまた造られる意味がまったく不明なウナギイヌという改造生物や『ニャロメー』と叫ぶ猫。語尾に特徴のある人語を話すムシやカエルやタヌキやブタ。

 彼を天才と言わずして誰を天才というのか。

 今日、俺が語りたいのは天才バカボンのパパの誕生秘話についてだ。

 天才バカボンのパパのパパは長い間子宝に恵まれず、馬やブタ、鶏などを養子がわりに可愛がっておった。しかし、星の形をした流星が庭に落ちたある晩、ついに天才バカボンのパパ(すでに毛が生え揃っており、7・3分けであった)は『天上天下唯我独尊』と大獅子吼しながら生れたのだ(兄弟にあたるはずの馬やブタたちは丸焼きにされ、その誕生祝いのご馳走として食べられてしまう)。そして、彼は天才であり、生後3日でベビー服を着て歩き回り、すでにアルバイトとして近所のガキ(中学受験生らしい)の家庭教師をしている。

 ある日、アルバイト先に向かう途中、彼はリンゴを盗んだモヒカンで目玉のつながったガキが八百屋のオヤジからコテンパンに殴られているのを発見。彼はオヤジに憲法25条と児童福祉法1条を語り、注意をして虐待をやめさせた(「こいつは将来、絶対に泥棒になるぞ」というオヤジに対して彼は「いえ。警官になります」と予言するやりとりがある)。そのこと自体はまあ、どうでもいいのだが、問題はそのあとすぐに起こる。川のそばを歩いていた彼は風にあおられてくしゃみをしてしまい、その拍子に口から頭のネジと歯車が飛び出して川の中へ落としてしまうのだ。

 もうお分かりだろう。天才バカボンのパパはジェームス・ボンドのように2度死ぬのではなく、二度生まれたのだということを。

 ここにキリストの復活。仏陀の悟り。ひとの登仙などを思い起こすことができないだろうか。作者は明らかにキリスト教や仏教の影響を受けている。俺が思うに……」

「あー。呂奉先君。君は少し話を休んで食事に専念したほうがいいと思うのだが」

 マリアカリアは先程までは顔をしかめて腕を組んでいたが、いまは腕を解いて腰につったホルスターをなでていた。


「うん?飽きられたか。それではマリアカリア殿には誕生秘話より天才バカボンのパパが学生時代、東大三羽烏ならぬバカ田大学三羽ガラスだったことや柔道百段だったこと。下宿から毎日女学校に通うママを望遠鏡で眺めていたことや『君は春菊みたいな人だ』と言ってスキヤキに入れる春菊を食べて赤面していたことなどを語ろうか。なに難しい話ではない。それぞれモデルになる話があってだな……」


 呂奉先はその後1時間はマリアカリアに対して天才バカボンのパパについて語ったという。彼はやはり伊達にひとに後漢最大の英雄と言わしめた漢ではなかった。おかげでマリアカリアはふた晩続けて天才バカボンのパパの夢を見てうなされたとか。ナのつく少年やカのつく生物教師がざまーと言ったのはいうまでもない。

 ちなみに呂奉先の情報源は近所のつぶれかけの古本屋から買った1冊50円のバラ売りの中古のマンガ本であった。彼の蔵書はこれのみである。もちろん貧乏すぎてテレビもパソコンも持っていない。


 古マンガ一冊をもとでに昔英雄と呼ばれた漢が日々の糧にありついた。やや不条理な話ではあるが、これでいいのだ!かな。


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