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刺客4

 刺客4


「いいえ。わたくしにはあなた様のプロポーズを受ける資格はございませんわ。どうか下女のままで居させて下さい」

 かつて傲慢で知られた元王女のしおらしさに舞踏会に集まっていた人々は感銘を受けた。とくに元王女を『おまえなど、通りすがりの物乞いにもらわれてしまえ』と城から追い出した父王などは涙を流している。


「わたしは許す。君がかつてわたしのことを『つぐみのひげの王様』と嘲笑ったことも、君が他の人々に示した高慢な態度もすべて許す。君は変わったのだ。幾多の苦難のうちに自分を見つめ直して立派な人間に。だから君にはわたしのプロポーズを受け入れる資格がある!」

「いいえ。王様。わたくしはそんな立派な人間になったのではございません。王様のような高潔で心の広い方に釣り合う人間になったのでもございません。どうか下女のまま居させて下さい」

「ああ。なんと謙虚な。わたしはますます君のことが好きになった。どうか、わたしの愛を受け入れて欲しい」

「……」


 その後も王様は説得を続けたが、元王女は首を縦に振ることはなく、とうとう王様もあきらめた。


 その夜。

 城の下働きや下女たちの集う厨房にて元王女の憤激の叫びが響き渡った。


「あの王様、頭ぶっ壊れているんじゃないの。ちょっと毒を吐いたことをいつまでも根に持ちやがって。

 フンだ。父とぐるになって物乞いにまで化けてさあ、わたしをさんざんいたぶっておいて『許す』だとお。なんだ。その上から目線は!

 そっちが許しても、こっちはそうじゃないんだ!

 そのうえ、『立派』だとか『高潔』だとか『心が広い』とかさんざんイヤミ言ってやったが、ぜんぜん通じねえ。どうなってんだ、あいつの頭ん中!」


「あんた。変わったんじゃないの。みんなの前で言ってたのは嘘なの?」

 仲間の下女の中で一番年の若い一人が元王女に尋ねた。

「変わりましたわよ、キッチリと。ええ。

 世知辛い世の中を渡っていくのに必要な知恵と常識を身につけさせてもらいましたわよ。少なくとも素の自分を出して自由奔放に振る舞えば世間から袋叩きに遭うから隠さなければならないということくらいの常識は。

 わたしだってもうずる賢く立ち回って生きてけるようになったわ」


「そうなら、なぜ王様のプロポーズを断ったんだね。王妃様として贅沢できたろうに」

 今度は年嵩の料理女が疑問を口にした。

「わかってないわね。あの時、頷いてみなさい。ズーッとあのポーズをとり続けたまま生きていかなければならなくなるのよ。慎ましく、口数少なく、気配りができて、男を立てて。

 あんた。一生、そんなことやってられるの?馬鹿馬鹿しい!」


 元王女の指摘に料理女も含めて集った女たちはみな一様に頷いた。そんなの堪らないと。


「フフン。でも、それだけじゃないだろ。あんたが断った理由は。

 わたしゃ、知ってるんだよ。あんたがすでに国一番の金持ちの大臣を色目使って落としていることを」

 みなが感心している中、すれっからしの中年の侍女が皮肉げに口を挟んだ。


「あっ。バレてた?

 そうよ。お年寄りっていいのよ。加齢臭さえ気にしなければ、ベットをともにする必要はないし、一杯甘やかせてくれるし。先も短いし。いいことづくめだわ。

 亡くなったら、遺言書書いてもらっているから左うちわ確定だしね」


「「「なにそれ。羨ましい!!!」」」

 女たちの声が一斉に上がった。


 ー反道徳的なグリム童話「つぐみのひげの王様」マリアカリア改訂版よりー



「3回連続で赤に賭けて負けているのにまた赤に賭けるのか。どんなに黒が連続しようと、次、赤が出る確率は2分の1だぞ。マリアカリア!」

 他人の金とはいえ、スってばかりいることに葛野貴子は気が気ではない。思わずルーレットの台の前で叫んでしまった。


「ご安心を。教官殿。こう見えても小官はカジノで負けたことはございません。常に勝ち逃げしております」

 マリアカリアは胸を反らしながら言う。

 そんな胸を反らして見せたところでなんのアピールにもなりはしないのではないかと訝しく思っている葛野貴子に対して、自慢たらしくマリアカリアは説明を続ける。

「ルーレットにも遊び方というのがあるんですよ。教官殿。

 今しているのは、負ければ賭け金を倍額にする古典的なやり方をアレンジした3倍賭け。一回でも勝てば元が取れてお釣りが来ます。むしろ連続して負ければ負けるほど儲けが膨らむやり方です。

 このやり方の欠点は賭け金が底をつくこと。わたしの場合、その心配はありません。

『姉御。賭け事は運でも技術でもなく、持ってる資金の量ですぜ』の定理は不滅です。

 ここのディーラーもそのことについて気づいたようですから、次は赤が出ることでしょう」

「エッ!?」

「ここのディーラーは自分の願う目を自由自在に出せる達人ですよ。教官殿」

「それでは勝ち目がないではないか。なぜ次は赤が出ると言い切れるんだ。マリアカリア」

「フッ。指しで勝負しているのであればともかく、テーブルには他にもお客がいるんですよ。全体を見回して胴元が儲かるように回さなければ一流のディーラーとは言えませんからね。黒の目に賭けるお客がだいぶ増えてきてましたから、彼にとってみればいま赤を出して(私に負けて損をしても)のちのちに私に負けるよりズッとマシなのですよ。教官殿。

 まっ。仮に彼と指しで勝負になったとしても、わたしには完勝できる自信がありますが」


 そう言うと、マリアカリアは対面で何食わぬ顔をしてチマチマと遊んでいるムッシュ・トミタに赤の14の目を視線で示してボールが投げ込まれベット制止のベルが鳴るまでにその目に1枚1000万円のプラチナ・チップを賭けさせた。


「赤の14!!」


 台の周りから溜息が漏れる。ムッシュ・トミタのもとへプラチナ・チップが33枚となって戻ってくる(本来は36倍返しであるが、控除率でカジノ側に3枚分が引き渡される。いわゆる大勝ちした客からテラ銭を徴収してカジノ側の損を分散する役割がある)。


「さあ、教官殿。軽いお遊びはこれくらいにしてカードの台で少しディープなお遊びをいたしましょう」

「はあ?まだやるつもりか、マリアカリア!欲が深いぞ!

 一体いくら儲けたと思っているのだ。赤に賭けたゴールド・チップ(1枚100万円)27枚分と合わせて3億4400万円だぞ」

「正確にはムッシュ・トミタがディーラーにチップをやりますから3億4300万円です。が、そんなものははした金ですよ。教官殿」


 いうまでもなくマリアカリアはムッシュ・トミタに先行してこの台で遊ばせており、ルーレットを回すディーラーの癖をリサーチした上でグルになって囲い込みをして赤の14の目が出るように誘導していたのである。偶然勝ったのではなく、最初から狙っての仕込みをしたうえでの勝利である。マリアカリアが浮かれることなくしれっとしているのも当然のことであった。


「次はブラック・ジャックで遊びましょう。教官殿。

 バカラは速戦即決が魅力的ですが、派手な割にあまり儲かりません。この国の製紙会社の会長が会社の金を使い込んで何千万もの損害を出した挙句、国会に喚問されて『外国ではこんなこと(損すること)にはならなかった』と発言して有名になりましたけれども」


 バカラはディーラーと仮想のプレイヤーのどちらが勝つかに賭ける遊びである。プレイヤーに賭けた場合、賭け金の倍返してあるが、ディーラーに賭けた場合は控除率が発生して倍返しではない。勝ち続けるのが難しいうえ、賭け金を変動させてみても最大倍返しであり、しかもトランプがシャッフルされるので期待値を計算することができない。素人には極めて難しいゲームであり、勝負が早いので破産者を増産することで有名である。簡単に言えば、遊んでも儲けを期待できないゲームなのである。この理は国内の違法賭博場であろうがモナコのカジノであろうが変わりはない。のだけれども、製紙会社の会長さんは上記のように叫んじゃってみんなを唖然とさせたというお話をマリアカリアは皮肉を込めてしているのである。葛野貴子にその皮肉が通じたかは不明であるが。


「ブラックジャックにも遊び方があります。何組かのトランプを貯めておいてシャッフルなしに使い捨てにしますから、他のカード・ゲームと異なり期待値を計算できます(表向けられたカードが絵札ならマイナス1、2から6ならプラス1、それ以外ならゼロと計算して残りのカードを予測する。計算がプラスだとプレイヤーが有利であるとして積極的に攻勢に出る)。

 まあ、やってみましょう」


 マリアカリアの言うようにブラックジャックは期待値を計算できる。

 20年ほど前、この期待値を計算してその場その場で最適戦略を練るやり方が大流行した。カード・カウンティングという。マサチューセッツ工科大学の学者や学生たちがこぞってカジノに繰り出して大儲けしたことでも有名である。今では大損をこいたカジノ側が全世界のカジノと連携をとりリストをつくってカード・カウンターの締め出しをするという対策がとられている。

 もっとも、異世界人であるマリアカリアも生物教師の葛野貴子もカジノははじめてであり、締め出しを喰らうおそれはない。


 さて。


 しばらくゲームを観ていたマリアカリアが指示を出す。


 ディーラーのアップ・カードはハートの5。

 葛野貴子のカードの合計は15点。


「ここは定石通りディーラーのバースト(合計が21点を超えてしまうこと。ディーラーには合計が17点以上になるまでカードを引き続けなければならないというルールがある)を狙ってスタンド(手のひらを振って追加のカードを引かないことを示す)してください」


 結果。マリアカリアの予想通りディーラーはスペードの7、クラブの10と引いていき、バーストした……。



 葛野貴子がマリアカリアの指示に従って5連勝したとき、マリアカリアは眼光を鋭くして囁いた。

「残りのカードに絵札がなくなりました。次から大きく勝負に出ましょう。教官殿」

 

 退屈なので、マリアカリアたちが大きく勝負に出た以降の詳しい展開は略する。

 結果は予想されるように連続してディーラーをバーストさせて彼女たちは大勝ちした。遊んだ台には賭け金の上限がなかったため、儲けは300億程にもなっていた。

 断っておくが、昔の上方漫才のネタのように300円置くのではなく300億円もうけやがったのである。読者のうち勘違いするひとがでないよう、念の為に強調しておく。


 交代していった5人のディーラーたちは減俸を免れないだろう……。悲しいことである。


「いかがでしたか?はじめてのカジノでのお遊びは。教官殿」

「むっ。もう終わりか?マリアカリア」

「ええ。教官殿。わたしとしては腹6分というところですが、初心者が依存性にかかるのを黙って見過ごすことはできませんからね」

「私のことを言っているんなら心配無用だぞ。マリアカリア。

 安定志向の私が自分の金で賭け事をするなんてとんでもない。あくまで他人の金で遊ぶから賭け事は楽しいんだ。

 さあ。もっと続けよう、マリアカリア。おまえの金で遊び倒そうぞ」

「あー。ムッシュ・トミタ。今日はもうお開きです。ごくろうさま。教官殿に例のものをお渡しして」

 葛野貴子は富田氏から渡されたものを見て本日2度目の叫び声をあげた。

「なんだ、これは。約束を守れ。マリアカリア!」

「うちの店で使えるサービス券ですが。なにか?」

「どこぞの世界で2億8000万円分もフレンチに消費する輩が居るんだ!しかも、この券、分割使用も払い戻しも禁止になっておるではないか!ふざけるな。マリアカリア!」


 この狂態。

 金に細かい葛野貴子の本性がむき出しになったというべきか。マリアカリアの底意地悪さが出たというべきか。どっちなんでしょうかね。どうでもいいことですが。


「カエルの王様」とは異なり、「つぐみのひげの王様」の評判は非常によろしい。ユング派の心理学でも女性の人格形成の理想モデルを示したものとして大絶賛されている。

 シェークスピアの戯曲「じゃじゃ馬ならし」やそれを元ネタにした映画「キス・ミー・ケイト」で取り上げられているようにこの種のテーマ(傲慢なお姫様が痛い目に遭って改心する)は昔から絶大な支持を集めている。

 でも、僕は気に食わない。このお話し、単なる洗脳に見えて仕方がないから……。

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