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刺客1

 刺客1


「礼儀がなってないわね。レディの部屋に入っても挨拶なしのうえ、することもしないで長々と歩き回らないで頂戴。まったく。鬱陶しい。

 あっ。これ、寝言だから。(わたしが起きていると)勘違いしないでよね」 

 天蓋付きの長椅子に横たわった美女が寝言にしては少々大きな声でつぶやいた。

「こ、これは大変失礼しました。マドモワゼル。

 僕。初めてなので、どうしていいのかわからないんです」

 部屋に入って半時間もうろちょろしていた少年が赤面しながら眠っていることになっている美女に詫びた。


 美女はため息をついた。もちろん寝言で。


「ウブなのは結構だけれど。常識をわきまえて頂戴。初めてなのは当然でしょ。こんなことが二度三度あってたまるもんですか」


 美女は誕生した日に呪いをかけられ、15歳の誕生日にその呪いが成就した。

 なに。大した呪いではない。一般の人と比べてほんの百年ほど婚活期間が伸びるというものだったのだから。

 本人も呪いをかけられたこと自体はあまり問題視していなかった。なにせ婚活は成功し、めでたく隣国の王子と結ばれるという仙女の折り紙つきだったのだ。

 ただ美女は目覚めの儀式に拘った。

 せっかく百年も待ったんだもの、イベント的に盛り上げてもらってもいいんじゃない、という訳である。


 寝覚めのキス。

 眠っているわたしに美少年が優しく口づけをして起こす。

 なんてロマンチックなんでしょう!


 ところが、茨のゲートに有資格者と認められた少年はなんだかグズで(可愛いけど)、一向に様式美を守ろうとしない。何かをためらって部屋の中を歩き回るばかりなのだ。

 美女は当然のように切れた。


「で、では、お言葉に甘えて」

「うむ」

 美女は期待に胸をときめかせながらも、少年に対する将来の牽制のため偉そうに目をつぶったまま頷く。


 美女の承諾を得た少年は息を吐いて自身を落ち着かせてから、剣帯に挟んだ封蝋の手紙を開き宣言した。

「氏名不詳の居住者殿。

 長年にわたる税金の未納のため本件邸宅は国庫に帰属しております。占有権限のないあなたは直ちに立ち退いてください。この通達の一週間以内に立ち退かない場合は強制的に立ち退きの執行が行われることをここに警告します。

 王立裁判所執行裁判官××」


「はあ?」

「僕。執行官になって今日が初仕事だったんです。不安だったんです。なんか暴力的な不法占拠者の方もいるらしいという噂もあって」

「いやいや。君。王子様でしょ」

「はい。家は三代前までは隣国で王様してましたから、王子といえば王子ですね。でも、三代前にこの国に征服されちゃって、今じゃ権威のない名称だけしか残ってませんけど。よくご存知ですね。マドモワゼル」


 美女が心の中でこういう落ちかよと仙女を罵りつつも、税金のことを頼んでなかった自身の迂闊さに臍をかんだのは言うまでもない。


 納税の義務の重大性について語る「眠りの森の美女(いばら姫)」マリアカリア改訂版より

 

    ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆


「私の婚活が長引いていることなどどうでもいい話題だ。マリアカリア君。

 それよりも、これはなんなのだ」


 いつものようにマリアカリアが教官室でシガレットに火をつけていると、生物教師の葛野貴子が机の上に一通の請求書を投げつけた。


「昨晩、君の店で夕食を摂ったのだが、桁が1つ、いや2つ間違ってないのかね」

「確かに。夕食だけの値段が50万だとしたら異常ですね。教官殿」

「だろう。だったら、早急にあの給仕長に命令して……」

「ですが、ビンテージ物のシャトー・ラフィットとブルゴーニュの赤ワインをお召になったのなら安いくらいですね。実際、ムッシュ・トミタはサービス料も地方税もおまけしている」

「だって、それはソムリエが」

「美味しくなかったんですか?そのワイン」


 マリアカリアは満足そうに紫煙を吐き出しながら細めた目で生物教師を見やる。


「うん。美味かった。……大口のワイングラスに薫るブルゴーニュの赤のブーケは言葉にもできないほどだった」

「教官殿。商売は商売、です。

 ゴネても1ジンバブエ・ドルも負ける気はありません。悪しからず」

「私はケチで言っているんじゃないぞ。ただ月末で手持ちの現金が少ないから言っているんだ」

 生物教師葛野貴子は悪びれることなく言い切る。

「私はな。カードで銀行から現金を下ろすたびに手数料を取られるのがたまらなく嫌なだけなんだ」


 マリアカリアはため息をつき、しばらく天井に向けて紫煙を吐き出していたが、何かを思いついたらしい。


「請求書の額は負けませんが、教官殿に大金が稼げる簡単なお仕事を回しましょう」

「私は強引な訪問販売やオレオレ詐欺の片棒なぞかつがんぞ。教師にはな。職務専心義務があってアルバイトは禁止なのだ」

「教官殿にお頼みするのは、ただ一緒にカジノへ行ってわたしの指示通りチップを置くというだけのことです。賭け事はアルバイトではありませんよ。国の保証する立派な合法行為です」

「賭け事は合法化されていても、未成年者には禁じられているはずだ。教師が生徒を堕落させる手伝いをすると本気で思っているのか。マリアカリア」

「教官殿はご自分は損をせずに簡単に大金が稼げるお話を本気で断るおつもりですか?」

「……」


 悪い笑みを浮かべるマリアカリアの誘いを極度に金銭に細かい生物教師が蹴る道理はなかった。


  ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆   ◆◇◆◇◆


「みじめったらしいシンデレラや。舞踏会へ行けるよう、このババがボランティアでドレスと馬車を誂えて進ぜようかね。ヒッヒッヒッ」

「リリス様。なんですか、突然。それに、シンデレラに出てくる仙女のイメージがかなり違います」

「おや。そうかね。わたしは貧乏で苦しんでいる夏姫君をノリで救うことで君の心の負担を軽減しようと意図しただけなんだが」

「そうですか。それはご親切に」


 生物教師が金儲けの誘惑に負けたちょうど同じ頃、校長室での女二人の会話。

 校長は夏姫に提供されたお酒をきこしめし熟睡中であった。いびきが聞こえる。


「君は尽くすタイプの女の鏡だな。もちろんイヤミで言っているんだが」

 リリスが横目で熟睡する覇王項羽を見ながら夏姫と会話を続ける。

「街が半壊してもいいんですか。あの方は毎食、お酒とお肉がないと暴れます」

「あれが君の理想だったんだろう。君がため息をつくのはおかしくはないかい?」

「理想とは液晶画面の中だけにしか存在しないと最近認識しました。今ならかつて韓流スターにのぼせ上がったおばさまがたのお気持ちがとってもよくわかります」

「ふーん」

「で、お話はなんですか。わたくし、内職で忙しいんですが。半田付け一枚13円で、一回のノルマが1200枚もあるんですよ。それに期日が……。ああ、時間よ、止まってください」

「資本主義の世の中で負け組ってトコトン惨めだね。傾国の美女も形無しだよ。まあ、君たちが貧乏なのもわたしの計画のずさんさが原因なわけだが」

「わかってるなら何とかしてください」

「いやだよ。だって、この方が面白い」


 リリスは夏姫の半田ゴテの突きを躱しながら会話を続ける。


「話とはさっき触れた舞踏会のことだよ。ドレスと刺客を用意したから君も出なさい」

「リリス様。また失敗するのでは?」

 夏姫が鋭い突きを入れながら疑問を呈する。

「よっ(突きを躱す)。前回、なんで失敗したんだろうね。9割9分成功してたのに。よっ。よっ。よっ、と。君もしつこいね」

「エイ(突き)。エイ。エイ。しつこいのは溜まったストレスの表れですわ。失敗したのはマルグリット様があなた様への恨みを思い出して記憶の海から復活されたのが原因だと思います」

「これだから過去にこだわる女は嫌だね。7000年以上も前のことで、しかも持っていた人形を奪ってちょっと泥投げの標的にしただけじゃないか。当時9歳で、イタズラを仕掛ける相手が隣に住むアイツしかいなかったんだ。仕方がないじゃないか。大目に見ろよ」


 夏姫の指摘するとおり、前回シルヴィアがグロリアの餌食になるのを避けられたのはたまたま目覚めたマルグリットが007を参考にしてつくった(秘密兵器の一杯詰まった)白のジャケットをマリアカリアに与えたことによる。

 呪術師の娘だったリリスに対抗してユグドラシルのリンゴをかじったマルグリットは当時抱いていた妄想通りの力を得ていた。その妄想とは世界が自分を中心に回るというもので、得た力は『永遠のヒロイン』と名付けられるものだった。マリアカリアの持つ『ご都合主義』よりも質の悪いものである。


 今回、仕掛けられた刺客は二人の『永遠のヒロイン』『ご都合主義』の力に対抗できるのであろうか。社会正義の実現には何ら関わりのないことであるけれども、なぜか心配になる……。

 



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