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舞踏会、武道会6

 舞踏会、武道会6



「あなた方。少しやりすぎなのよね」

 そう言って、着飾った美女は義姉の足型に合わせたガラスの靴を持って目を細めた。

「未亡人がお父様をたぶらかしたり、遺産をくすねたりしたことはどうでもいいわ。気にはしていない。たかがお金の事だし。

 でもね。苦労してここまでこぎ着けた私たちの復讐の機会を邪魔するのだけは許さない」


「時間だよ、灰かぶり」

 仲間の老女が、昼食に混ぜた薬のせいで眠ってしまった継母と義姉たちを眺めている美女を急かす。


 今夜は王子に近づくことのできる唯一の機会、舞踏会が開かれるのだ。暗殺の饗宴がもうすぐ始まる。

 灰かぶりは文字通り灰をかぶって素顔を誰にも見せぬよう準備してきた。

 さあ、仕上げだ。


 美女は暗殺後のアリバイ工作の品を持って馬車に乗り込む。

 そして、振り返ってつぶやいた。


「では、行ってくるわ。

 今までいじめて下さってありがとう。これで誰も私たちを疑わないわ。

 お義母さま。そして、お義姉さま方。もうお目にかかることもないと思うけど。

 アウフ・ヴィーダー・ゼーヘン」



 ーマリアカリア・ボスコーノ版「シンデレラ」よりー



「おい、マリアン。この近辺にカジノはあるのか」

 マリアカリアが初等科の子供たちを厩舎まで引率しながら尋ねた。

 聞かれたマリアンは鼻を鳴らす。

「あるわよ。お台場にデーンと。雷でも落ちて滅びればいいのに。そうすればこの世から罪人が減るというものよ。

 貴女、遊びに行く気なの?許さないからね」


 マリアン嬢は、とある厳格なプロテスタント系の協会員でもあった。


 やはりな。


 マリアン嬢の憎しみのこもった返答を無視しつつ、マリアカリアは心の中で頷いた。

 この国の右の人間はなにかとカジノ設立に熱心だ。

 公務員にはカジノ経営のノウハウはなく、海外から闇の世界の住人とのつながりのある業界人を引っ張ってくる他ないというのに。


 まあ、わたしには関係がないがな。

 世界中から犯罪者を呼び込もうと、マネーロンダリングに悪用されようと、賭博ですった一般人がホームレスとなって街にあふれようが知ったことではない。


 カジノが社交場になっているなら、この社会の上層の人間とのコネが作れるかも知れない。

 ビジネス・チャンスだ。逃す手はない。わたしは金のチカラで乙女ゲームを征服してやる!


 軍人であるマリアカリアは本能的に夏姫の作り上げた土俵に乗ってゲームをすることを拒む。

 軍人にとり勝利という結果だけが全て。負ければ何も残らない。だから、勝つためには手段を選ばない。自らの女子力だけを頼みにするのは愚者のすることなのだ。

 マリアカリアはそう考えている。


 やがて学園の広大な敷地内の隅にある厩舎が見えてきた。

 匂いの関係で学舎からかなり離れたところにあるそれは、緑色の屋根のある木造の長屋だった。


 厩舎の外にいるサラブレットを見て興奮した男の子達が飛び出そうとするのをマリアカリアたちはさり気なく押しとどめる。


「ダメだよ。馬は臆病な動物だ。急に飛び出していったら、馬に噛み付かれたり蹴られたりして怪我をする。まずは撫でても興奮しないおとなしい馬を見極めなくては」


 しかし、どの馬も興奮して走り回っている。

 厩舎の中から聞こえる罵声が原因だった。


 マリアカリアが何も言わずにズカズカと厩舎の方へ歩いて行って、扉を開け放ち、中をみんながのぞき込めるようにする。


 驚いたことに、厩舎内では体格のいい馬と長いヒゲのオッサンが激しく言い争いをしていた。

 見学に来ていた子供たちを含め、そこにいた人たちの目が何とも言えないものに変わる。


「ヤイ。てめえ。竜馬。オレがどれだけ苦労して肉持ってきているのか、わかっているのか」

「フン。偉そうなこと言うな。ただの豚のはらわたじゃないかよ。どうせバイト先の中華料理屋のゴミ箱からくすねてきたんだろうが。こんなもん、食えるか!」

「てめえは大富豪か、それとも長者番付に載る不労所得者か。ただの無駄飯食いの無職の珍獣じゃねえかよ。贅沢言ってんじゃねえよ。肉体労働しているオレにこれ以上世話焼かすな!」

「できれば動物園の珍獣になりたいよ、オレのほうこそ。あっちだと、三食昼寝付きでマッサージつきだぞ。噂ではビールでたてがみを洗ってくれるというじゃないか。動物園に負けないくらいの世話しろって言うんだよ、このタコ。牛肉のいいとこ、もって来やがれって言うんだ。これでもオレは竜の王子なんだぜ!」

 ちなみに、すべて古代中国語による会話なので一匹と一人が話していることを理解できるのはマリアカリアだけだった。


「お前たちは貧乏臭いな。情けなすぎて涙が出そうになる」

 マリアカリアの正直な感想に一匹と一人が驚く。


「げっ、関羽。聞かれてしまったぞ」

「竜馬。おまっ、それ、使い方が違うから。第一、お前は曹操でもなんでもないだろう。作者の横山先生に謝れ!」


 その男、関雲長。

 資本主義社会の荒波に揉まれすぎてその中年男にはもはや義の漢と呼ばれた面影はなかった。


 だいたい夏姫とその一党は、マリアカリアと異なり資力形成のノウハウを持たない社会的弱者であった。

 特に関雲長と呂奉先には肉体労働しかなく、資本主義社会では他人にいいようにこき使われるしかなかったのだ。

 激しい搾取に会い、関雲長はすっかり性格がねじ曲がっていた。

 ついでに言うと、夏姫が学生食堂に現れて嫌味を言うことがなかったのは彼女の中華料理中心主義のせいではなく、単にフランス料理を食べるだけの資力がなかったことによる。金の力は本当に恐ろしい!


「貴様はマリアカリア!オレたちの貧乏をわざわざ嘲笑いにきたのか」

 関雲長の負け犬っぽい声を無視して、マリアカリアは竜馬に対して猫なで声を出す。

「ねえ、竜馬くん。丹波牛の美味しいところお腹いっぱい食べたくないかい。今なら情報提供のお礼にブルゴーニュ・ワインもつけるけど。どうかな」


 金の力が猛威を振るう。

 そんなところを次代を担う子供たちに見せて良いのだろうか。確かにそれはそれで厳しい現実の姿の一つなのではあるのだが……。非常に心配である。



 竜馬が食の誘惑に負けそうになっていた、ちょうどその頃、仮装舞踏会の案内状が夏姫のもとにも届けられていた。


「どうしよう。困ったわ。着ていくお洋服がないわ」


 夏姫は不条理にも自分が作り上げた乙女ゲームの中でシンデレラと同じ悩みを抱く目にあわされた。


「パンがなければお菓子を食べればいい。でも、お金が無かったら……。どうすればいいのよー!!」


 夏姫の絶叫が虚しく秋の空に響く。





 

 

今朝、小児性犯罪者の事件を知りました。胸糞の悪くなる話です。

自分より弱者を攻撃したり支配したりして自己肯定しなければ立ってられない人間の存在。理解できないし、理解もしたくない。

現代では「赤ずきん」の狼はいないと信じていたかったのだけど。なぜだか繰り返し似たような事件が起こる……。

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