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舞踏会、武道会5

 舞踏会、武道会5



「また負け戦だったな。そして、また生き残ってしまった」


 一行のうち一番年嵩の侍が村はずれの小高い丘の上から村の方を振り返り、つぶやいた。


「確かに。勝ったのは結局、百姓と幼女か」

 その呟きに頬に傷のある侍が皮肉げに付け加えた。


 彼ら7人の侍は白雪姫と呼ばれた幼女を助け、領主の家を乗っ取っていた継母を倒して村を解放したのだった。

 しかし、侍としての矜持を持つ彼らはそのまま村に居着くことを潔しとしなかった。無用ものの彼らは白雪姫のもとを去ることにしたのだ。


 最後に、村で秋の収穫祭を祝う白雪姫の姿を食い入るようにして目に焼き付けていた一番若い侍がなにやらつぶやき、振り切るようにして旅立つ一行のあとを追う。


「……わたしは立派な侍になります」、と。



 ー黒澤映画を観たマリアカリア改訂版「白雪姫」よりー




 初等科の教室からマリアカリアの教えた歌の子供たちの合唱が響く。

 学園の軽音楽部の伴奏付きである。サキソホンの奏でる音色が妙に色っぽい。



♪私の愛が欲しくない?


 Take it all(持っていって頂戴)


 あなた、わたしのこと、全部見たくない?


 Take it all(持っていって頂戴)


 ここへ来て あなたの私を参らせるやり方をしっかりと見せて頂戴


  

♪私の手袋が欲しくない?


 もう私の虜になっちゃった?


 あなた、若い娘が好み? それとも年上がいいのかしら?


 Oh、みんな知ってるわよ


 それがあなたのやり方だって


 So Take it all(だから、持っていって頂戴)


 ……


 ……


 (ミュージカル「NINE」から「Take it all」)



 部長の玲子嬢は最初、大反対したのだ。マリアカリアがとんでもないことをしでかすのは目に見えていたから。

 しかし、マリアカリアのエキセントリックなさまに興味を覚えた他の部員たち、特に副部長のマリアン嬢が初等科のみんなをマリアカリアに任せたがった。

 それで、しぶしぶ玲子嬢も妥協して、他のクラブつまり軽音楽部7名の保証つきで、マリアカリアが指導して初等科のみんなが交流部のお姉さんたちへお歌を披露するビックリ企画が決まったのだった。


 結果は……。


 言うまでもない。全員を一流のエンターテナーにすべく、マリアカリアは密かに能力を使っていた。



「なに!どうして!やりすぎでしょう!11歳の女の子がガーター姿で品をつくって!なんで履いている長手袋を脱いで振り回すのよ!あっ。観客に手袋を投げないで!」

 部長の玲子嬢は絶叫した。


 曲が終わってしばらくしてから、やつれた部長の玲子嬢はマリアカリアに静かに語りかけた。

「演目に歌い手の年齢が少々合っていなかったと思うの。上品さばかり強調するのはいけないと思うけど、これはやりすぎじゃないかしら。ここはブロードウェイでもラスベガスの劇場でもないのだから」

「部長は白雪姫の実年齢が10歳だったことをご存知ですか?近世のヨーロッパでは貴族の少女たちが嫁入り修行として歌や踊りを習うのは当たり前ですよ。当たり前だからこそ、王子も10歳の白雪姫に目覚めのキスをしたんですよ」

「全く関係ないじゃない!わたしは貴女の歌わせたのが学園の児童にふさわしくないものだと言ってるの!死体愛好癖のある王子の趣味なんて知らないわよ!」


 深呼吸をして無理やり自分を落ち着けた玲子嬢は続きを言う。

「非常に言いにくいんだけど、今日のところは遠慮してくださらない。わたしが持たないから。お願いだから帰って。帰ってください!」


 部長の懇願をよそに空気の読めないマリアン嬢がマリアカリアに話しかける。


「マリアカリア。初等科の男子たちが外でお馬を見たいんだって。わたしと一緒に厩舎までついてってくれないかしら?」

「うむ。ちょうど帰るところだからわたしは構わないぞ」

「サンキュウ!」


「いや、待って。わたしの話しをちゃんと聞いて。マリアカリアさんにはうちの部活と今後かかわり合いを持って欲しくないの!聞いてよ、副部長!」


 一行の去った教室に部長の絶叫だけが虚しく残る。



 玲子嬢は思った。

 まあいいわ。とにかく去った。災厄は過ぎ去ったわ。今日一日だけのことよ。明日からはまた同じ日常が始まる。

 もう終わったこと、とにかく忘れましょう、と。


 しかし、部長にはその今日一日、まだまだ驚くことが残されていた。


 肩を落として部室に帰り着いた玲子嬢は目が点になる。

「ああ。私たちの部室が。古臭いとは思ってたけど。これはちょっと!」


 部室の中はすっかり様変わりをしていた。

 マリアカリアからのちょっとしたプレゼントである。もちろん施工したのは天才デザイナーエリザベス伍長だ。


 アンディ・ウォーホールのシルクスクリーンが緑地に黒で草木の描かれた壁に掛かり、床は一面ピンクのラグ・マットで覆われていた。そして、品の良いコロニアルスタイルのアンチーク・ソファーの代わりに真っ赤なアート・ソファーが置かれ、ピアノは白色に変わっていた……。



 マリアカリアたちに連れられた初等部の子供たちは厩舎で何を見ることになるのだろうか。それはこの世の残酷な真実か。はたまた明るい未来への予兆なのか。大変不安である。



 

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