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舞踏会、武道会4

 舞踏会、武道会4


 

「ジョバンニ。仕事よ」

 熱した鉄の板を鎚で叩く音が響く鍛冶屋の戸口で、少女の声が響く。

「へい。お嬢」

 鎚を振るって汗みどろになったたくましい体つきの男が戸口を振り返り、うなづいた。


「野良の狼たちですかい」

「いや。タッタリアの手のものらしいわ。奴らに縫い針の道(隠語で迷い道を意味する)を教えといたから、先回りして祖母(おばあさま)の家で始末しといて頂戴」

「へい。わっかりやした」


 一見どこにでもいそうな村の鍛冶屋の兄弟が濃いブロンドの髪をした少女に恭しくお辞儀をして森の方へと消えていった。

 赤いフードつきコートを羽織ったその少女は彼らの後ろ姿を見つめながら呟く。「コルレオーネに手を出すものには容赦はしない」、と。


 ーマリアカリア・ボスコーノ版「赤ずきん」よりー



 ここは、学園交流部が活動している初等科の教室。

 見学のマリアカリアは部長の玲子嬢に試しに男の子達のグループでお話をしてみたらと体験活動を勧められた。


「君たちは『赤ずきん』というお伽噺を知っているかね?」「「知ってるー!!」」

 マリアカリアの問いかけに5,6歳の男の子達は元気よくお返事をする。


「よろしい。では、どんなお伽噺なのか、お姉さんに説明してくれるかな?」

「あのね。赤ずきんちゃんが狼に食べられてしまうお話し」「それでね。猟師の人が悪い狼をやっつけちゃうの。お腹をハサミでジョキジョキって切って」


「正解。その通り。でも、どうして赤ずきんちゃんは狼に食べられちゃったのだろうか?」

「はい!はい!それはねえ。赤ずきんちゃんがお母さんの言いつけを守らなかったからだよ。寄り道せずにまっすぐおばあさんのおうちへ行くよう言われてたのに、狼さんの言うことを聞いて寄り道したんだ」

「なるほど。お母さんの言うことを聞かない子供はひどい目に遭っちゃうということだね」

「「うん!」」

「それじゃね。赤ずきんちゃんはどうすれば、狼さんに食べられずに済んだのかな?」

「お母さんの言いつけを守る!」「寄り道をしない!」「狼さんに話しかけられても無視する!」「お外へ出るときはレミントンかベネリの猟銃を持っていく!そして、躊躇なく撃つ!」

 最後のお答えは、ブロンドの全米ライフル協会のお姉さんによる模範解答であった。時代考証にやや難点があるので無視してもらっても構わない。


 マリアカリアは男の子達の回答に大きく頷く。

「みんな、大変よく出来ました。

 それでは、お姉さんの考える『赤ずきん』のお話のいいところを話そう。

 このお話しはみんなのような小さな子供たちに自分の身を守れるようにと色々大変重要なことを警告しているのだ。

 まず、みんなの言ったように親のいいつけにはよく従うことでたいていの危険は回避できること。親のいいつけは守らなくてはいけない。

 親は常に君たちを守ろうとする。いわば究極の味方であり、君たちが信用すべき存在だからだ。

 なお、このことは親に限らず身内にまで拡大して良い。つまり、もし君たちが擬似的な家族的団体に属している場合には、ファミリー(身内)を信用して裏切らず、ファミリーの命令には絶対服従すべきだということだ。これは一番大事なことだ。この場合、守らないと消されてしまうからな。

 次に、見知らぬ人から声をかけられても絶対信用しちゃダメだということ。 この世は食うか食われるかの生存競争の激しいところだ。身内以外はみんな敵だと疑ってかかってよい。昔、マキャベリという人も同じようなことを言っていたように思う。

 ただし、利害が一致している場合だけは別だ。信用していい。効率的な生き方で、敵対する必要がないからな。コロンビアあたりで麻薬を生産している連中とそれをアメリカへ運んで市場に流す連中とが共存しているのが、いい例だ。

 最後に。これも重要なことだが、自分の情報は身内以外には出来るだけ漏らさないこと。常に最小限のことだけしか外部に情報を与えないと心がけることだ。

 そうすれば敵は不用意にこちらに手を出してくることはない。戦わずして勝てる。

 もしこちらのことを探ってくるものがいたら、それは敵だ。早急に始末する必要がある。

 最近のオレオレ詐欺では仕込みにまずターゲットの情報を探ってくる。不審な証券会社やマスコミのアンケート調査を装った電話があれば、まずは警戒してバカ正直に質問に答えてはいけない。念のため不正確な情報を流しとけば、最悪、払い込みへの誘導の段階で詐欺に気づくことができる。そして、電話番号が開示されていたらめんどくさがらずに警察へ一報を入れるべきだ(もとより非通知ならそれだけで詐欺を疑ってかかること)。あなたの行為が犯罪を激減させる。

 常に外部はすべて敵だと認識してゆめゆめ警戒を怠るな!老婆心ながら諸君に忠告をしておく」


 男の子たちは頭の上に?をつけてなにやら訝しげな様子であるが、マリアカリアはそんなことにはお構いなしだ。


「この『赤ずきん』のお話しをよく理解して守っていれば、君たちは安全に生き残れる。

 わかったかな?とても大事なことなので、おうちに帰っても常に思い出して欲しい。以上」


 マリアカリアは満足げに男の子達を見回す。部長の玲子嬢の何やら言いたげな視線とぶつかるが、マリアカリアはニッコリ笑って黙殺することにした。


「ああ。副部長。人前で話すのはとても難しいものだな。特に小さい子の前では」

 副部長のマリアン嬢は同じ2年生だというので、マリアカリアはもう遠慮せずに普段の語調に戻していた。

「いやいや。立派なものだったわよ。初めてとは思えないくらい」

「そうかな。今になってみれば狼が小児性犯罪者を象徴することくらいなら話しておいたほうがよかったように思える。小さい子供にだからこそ自分たちへの最大脅威を知らしめておく必要があったと思うんだよ」

「なるほど。脅威を知り常に備えることを心がけておくべきね。『汝、平和を欲するなら、戦い(戦争)に備えよ』ウェゲティウスの言葉ね」


 ふたりの会話を聞いた部長の玲子嬢が頭を抱えたのは言うまでもない。

「やってられない。ふたり同時に抑えるのは無理。気分転換にフランス料理でも食べに行ったほうがましかも」

 

 マリアカリアの暴走はまだまだ続きそうである。部長の玲子嬢にマリアカリアの見学を早く切り上げさせる手立てがあるのだろうか。非常に心配になる。


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