赤毛の男 4
赤毛の男 4
私は3度、詐欺少女に自動車を乗り換えさせられて、ようやく下町のレストランに連れて行かれた。
街を3周したことになる。
ミネルヴァはこれで護衛の精霊たちを撒いたと思っているらしい。
ミネルヴァは以前の魔女のローブではなく、普通の首周りをレースで飾った薄い黄色のワンピースを着ていた。なんだ、少女らしく可愛い服装もできるではないか。
私たちは1階の窓際の席で相対した。私から見て右側に大きな窓があることになる。
「久しぶりね。大尉さん。このホリーの店は臓物パイで有名なのよ」
ミネルヴァがニッコリ微笑む。
「どうやらご馳走してくれる気でいてくれるようだが、願い下げだな、詐欺少女さん。私には鉛の弾丸を食らって自分の臓物をぶちまける趣味はないんでね」
私も微笑みかえす。
「な、なにを言っているのか、わからないわ」
ミネルヴァの手がもう震えている。コイツは絶対、人を騙す人間にはなれないな。無理だ。不可能だ。
「しかし、食物の恨みとは恐ろしいものだな。たったリンゴ1個の恨みで他国まで人を追いかけてきて殺そうとするのか。
だが、まあいい。あとがつかえている。さっさと暗殺の合図を出せ」
私が睨みつけてやると、ミネルヴァは固まってしまった。
ちぇっ。世話のかかる奴だ。
私はベレッタを抜き出すと、スライドを引いてミネルヴァの鼻先に突きつけてやった。
「さっさと、合図しろ。詐欺少女。それとも私の代わりにテメエの頭のおみそをぶちまけたいのか」
「ト、トイレに行ってこなくちゃ。わ、わたし、トイレに」
ミネルヴァが席を立つと同時に私はテーブルを蹴り椅子ごと後ろにひっくり返った。
いつもの12.7ミリ弾が私の鼻先を掠めて隣のテーブルを破壊する。やはりハンド・ガンの威力とは比べ物にならないくらい大きい。テーブルが真っ二つだ。
本当はミネルヴァがトイレに入ってからテーブルに一人でいる私を狙撃する段取りだったようだ。
ミネルヴァは立ったまま、震えている。これでは狙撃手にとってミネルヴァは足でまといにしかならない。
ひょっとして私の止めを刺すため別の刺客でもいるのであろうか。
「エリザベス伍長」
私が呼ぶと、観葉植物の陰からエリザベス伍長が姿を現した。厳命したように年相応の普通の婦人服を着ている。よし。
「店内の関係者は全員見張りがついています」
「全員拘束せよ」
エリザベス伍長が踵を揃えて片手を挙げて敬礼すると、店内のあちこちから物音がしてやがて静まる。そして、遠くで聞こえていた地響きも聞こえなくなった。
精霊たちには不可能なことなどない。彼女たちに辞書があったらその言葉は削除されているだろう。
秘密警察は僅かな時間でミネルヴァたちがこのホリーの店を使うことを掴み、保安局の腕利きを店内と周囲に張り込ませていたのだ。
やがて店内に覆面を剥がされ傷だらけになったシルヴィア・ローウェルが連れてこられた。
薄い色の金髪、同じく薄い色の青い目。髪の毛は短く、私同様に肩まではない。顎は細い方だろう。だが、興奮すると噛み締める癖があるらしく顎からえらへかけて緊張している。
背は私より高い。
筋肉もほどよくついている。無駄な贅肉は一切ない。毎日、運動している人間の体つきだ。そして、私より若い。登録には二十三才と記載されていた。
「貴様はなぜアイリーン・パーシヴァルに協力するのだ。別の世界に来てまで人殺しをしようとする心情も理解できない。お前は過去幾度となく人殺しをしてきた軍人のはずだ。軍人ならルールを守れ」
「……おまえの指図は受けない。こんな世界にまで来て右向け左向けと言われるのはたくさんだ。もう私は頚木から抜け出したんだ。自分の好きなように生きる」
「なぜ異世界人というのはこうも無責任なんだ。お前はもとの世界でもここでもただの人殺しの機械だ。頚木は当然だろう。そんな機械に自由意思などもたれては迷惑だということがまだ解らないようだな。仕出かしたことの報いを受けてもらうぞ。お前は軍人ではなくただの人殺しとして裁かれろ、テロリストめ」
私にはシルヴィア・ローウェルがミネルヴァと組んで暗殺しにくることが分かっていた。
例のアイリーンについての報告書の記載の最後に書かれてあった精霊の名前がローラ。彼女は物質・物体を瞬間的に移動させる能力がある。彼女の力でシルヴィアは狙撃し終わる度ごとに煙のように現場から立ち去ることができた。
そして、秘密警察の調べでローラが同じ精霊のアガサに接近していることも分かっていた。アガサは以前スト破りをしてミネルヴァに火を取り扱う魔術を使わせたことがあるのだ。そのおかげでミネルヴァは他国で一級魔術師の資格を得ている。ミネルヴァは当然、以前のように魔術を扱いたい。それには保安局などつくる私の存在が大いに邪魔だ。
アイリーンはローラを使ってアガサに近寄り、アガサを通じて私を殺す動機のあるミネルヴァに協力を持ちかけた。
秘密警察がアガサを拘束して尋問したのであるから間違いない。
筋書きはすべてアイリーンという小娘から出たものだった。
例の爆弾も小娘の仕業だろう。
それにしてもとてつもなく臭い小娘だ。レナードといい勝負だ。そして、小娘からも転生者の臭いがプンプンする。
私に舐めたことをしたんだ。覚悟はいいな、小娘ちゃん。
秘密警察がお前の逃げ道をすべて塞いでいる。
さて、お前は誰に頼ろうとするのかな。それが楽しみだ。




