精霊防衛隊 1
お目汚しかもしれませんが、馬鹿馬鹿しいお話しに付き合って頂けたら光栄です。
精霊防衛隊 1
保安局の廊下は殺風景だ。
天井はパイプが剥き出しになっているばかりか、15メーター間隔で吊り下げられている電灯も小さな傘がついているだけの代物だ。
それに、壁も誰が惜しんだのかペンキ一つ塗られていない白い漆喰のままである。
廊下の曲がり角の手前には決まって内線用の黒電話1台の載った小机が置かれている。
これから向かうB棟307号室も曲がり角の向こう側にある。だから、私は必然的に小机の前に陣取る下士官と対面する。
「マリアカリア大尉殿、ご苦労さまであります」
今夜の当直は、エリザベス伍長だった。彼女は赤銅に似た赤毛の持ち主で緑色の目をしている。
「ご苦労。今夜も静かだな」
私もエリザベス伍長に片手を伸して敬礼をする。
私は本来、メラリア王国の国家義勇軍という軍隊で大尉として勤務している。ところが、ある忙しかった日の夜に見た夢のせいで精霊たちと亀との付き合いが出来てしまい、精霊たちとその住む世界を異世界にいるとされるとある存在から防衛する役割りを担わされる羽目になった。
今夜もその仕事で保安局に来ている。
ちなみに、保安局員はすべて精霊だ。今さっき敬礼をし合ったエリザベス伍長も当然精霊である。
307号室に入る。尋問を担当しているのはアン少尉である。
ここもペンキの塗られていない殺風景な部屋だ。天井からは裸電球がひとつ吊り下げられているだけ。四角い机がひとつに、背もたれない椅子が3つ。
その1つに座らされているのが、モリーヌ・ド・メルロ子爵令嬢十五才である。
昼間に連行されたのだろう、当人は白と薄い青のアフタヌーンドレスを着たままだ。疲労が顔に出ている。
「まだ、認めないのか」
私が立ち上がって敬礼をするアン少尉に尋ねる。
「はっ。なかなかしぶといのであります」
私はアン少尉に敬礼を返すのもそこそこにして、背後を廻ってモリーヌの前に立った。
「何が怖いんだ。言ってみろ、転生者」
そう、彼女には転生者の疑いがかかっている。
「……転生者じゃありません」
モリーヌは黒味がかった亜麻色の髪をアップにし薔薇色の頬をもつ少女である。その青い目から今にも涙がこぼれ落ちそうである。
が、私は騙されはしない。
本当の少女というのは、自己保身のためには何時でも涙を流せる生き物なのだ。コイツは長時間尋問されて身体も参っているはずなのに頬に涙を零した痕がない。今も涙を流すのを耐えている。つまり、他者に涙を見せることを嫌っている。
そんな無駄なやせ我慢をする生物はこの世界でも一種類しか私は知らない。
私はため息をつき、いつものパターンを踏むことに決めた。
私は背を屈め、モリーヌの目を見ながら指を突きつけ言い放つ。
「お前はもとの世界では脂ぎった中年男だったのだろう。雰囲気で判るぞ。こちらに転生してきてからはさぞ楽しかったろう、この変態めが」
「ち、ちが」
「何も違わないねえ、変態野郎。毎日毎晩さぞ楽しかったろうな。鏡に自身の身体を写して楽しんでいたのかい。教えてくれよ、変態野郎」
「そ、そんなこと」
「してないのか。では、毎日、風呂に入りながら変なことを想像していたんだろう、変態野郎。どうせ、もとの世界では風呂なんか滅多に入らない不潔な引きこもりだったんだろう。それがまあ、転生したらもとの自分とは全く違う綺麗な身体だったんで入浴の習慣がついたわけだ。よかったじゃないか、身体の臭さがなくなって。なあ、もと不潔な引きこもり野郎」
「僕は不潔じゃなかったし、引きこもりでもなかった。風呂だって毎日入ってた。身体も臭くない!」
モリーヌがいきり立って反応した。
異世界人は何故だか体臭とか清潔さに異常なこだわりをみせる。体臭恐怖症なのかもしれないな。一種の強迫観念だ。
「アン少尉。今の発言を聞いたな」
「はい。モリーヌ・ド・メルロはもと男性の異世界人であることを認めました」
「くっそう」
もはや少女の仮面を捨て去り正体を現し引っかけられたことを悔しそうにしているモリーヌに私は青色のバッチを差し出した。
「これを常時付けていろ。このバッチはいいぞ。特定の店での買い物に割引がつくうえ、図書館などの公共施設の駐車場は無料になる」