58 休憩、大事。
「ライゲキ」
「カンチ」
「カエンチュウ」
「カンチ」
「メッタ刺し」
「カンチ」
「大回転」
「カンチ」
勇者の子孫達は魔物を倒し、城を破壊しながら進んで行く。
「……まだぁ?」
外から魔王城を見た時には分からなかったが、この城は思った以上に広く、階数も多いらしい。
「これはさすがに……」
限界だ、という言葉をガインは飲み込む。
「だいたいさ、何で魔王の方から降りて来ないわけ? 私達が来てるの知ってるんでしょう? だったら降りて来たっていいじゃない」
ミイナが杖で体を支えて愚痴をこぼす。
レイが緩く首を振った。
「疲れさせようと思っているのかな?」
「もう本当にちょっと、休憩したい……」
そのままズルズルとしゃがみこんでしまったミイナは、大きな溜息を吐いて何気なく側の壁見た。
「……あれ?」
壁の、床に近い低い位置を見つめ、ミイナが声を上げる。
「レイ、ここに何か書いてある」
「……え?」
ガインが背中からレイをおろす。若干ふらつきながらも床に立ったレイは、ミイナの横にしゃがみこんで壁を見た。壁には古代文字が書かれている。
「なんて書いてあるの?」
「…………」
レイは、じっと壁を見つめる。
「どうしたの?」
「……休憩室はこちら」
「は?」
「休憩室はこちら、と書いてある」
ミイナは数回瞬きし、皆の顔を見回してから首を傾げた。
「何それ? 休憩室?」
言いながら、ミイナは壁に触れる。すると、
「ぎゃ!」
ちょうど人がひとり通れるくらいの大きさの壁が、不意に消えた。
「え? な、なに?」
消えた壁の向こう、そこには部屋があった。床には温かそうな毛皮の絨毯が敷かれている。
勇者の子孫達は顔を見合わせた。
「どうする? 入ってみる?」
「罠かもしれないぞ」
「…………」
あの絨毯の上に寝転べば、とても気持ちがいいだろう。だが、罠かもしれない。
迷う勇者の子孫達。しかしそこで、不意にシータが大声を上げた。
「ああああぁ!」
突然の叫びに驚きながらもガインが訊く。
「どうした、シータ?」
シータは部屋の隅を指さして興奮した様子で言った。
「ほらあそこぉ! 白くてトロッとしたやつだぁ! レシピ本に書いてあったやつぅ!」
言われてよく見ると、確かに部屋の隅に白くて長細い塊のようなものがいくつかあった。
「おいら入る!」
「シータ!」
止めるのも聞かずに、シータは部屋の中に入る。そして躊躇なくその塊を腕に抱えた。
「ねえシータ、大丈夫?」
「やったあぁ! 手に入れたぞぉ!」
「……大丈夫みたいだな」
ミイナ達も警戒しつつ部屋の中に入る。何も起こらないので、どうやら本当に罠ではないようだ。それどころか、空気が澄んでいるようにも感じられる。
ミイナが首を傾げた。
「ここ、妙に清浄な気に満ちてない?」
レイが顎に手を当てて部屋の中を見回した。
「これは、浄化術ではないかい?」
レイの言葉にミイナが瞬きを繰り返す。
「浄化術って、神官が使う高位術の? ――私は使えないけど」
浄化術を使える神官は、ほんの一握しかいない。しかも魔王城の中でこれ程までに完璧な浄化術を使える者など、ミイナの知る限りではいない。
「誰がこんな……」
呟いたミイナ、その目の前に、
「ぎゃ!」
白い物体が現れる。
驚き、のけ反りながらミイナは悲鳴を上げる。
「ぎゃあー! 白くてぶよぶよで気持ち悪い!」
なによこれ、と騒ぐミイナ。ミイナに目の前にあるのは、部屋の隅に転がっていた白くて長細いものだ。それをシータが嫌がるミイナに近づける。
「ほらぁ、美味しそうだよぅ」
「美味しそうって……」
眉を寄せて白い物体を見るミイナ。その時、白い物体の端に複数の小さな切れ目が入り、中から赤い瞳が飛び出してくる。
「ひい! 目玉が飛び出した!?」
「あ、本当だぁ。これ、なにかの幼虫なのかなぁ」
「無理無理無理! 食べられないって!」
飛び出した目玉は、ぬるぬると動いて体の中に戻っていく。
「こういうのが美味しいんだよぅ」
「嫌、気持ち悪い!」
シータは上機嫌で調理道具を取り出し、レイに火を要求する。
「火加減は強めでねぇ」
「分かった。キョウカ」
レイの杖の先から火が出る。
白い物体を素早く捌き、フライパンで焼くシータ。するとすぐに、部屋の中が良い香りで満たされた。
「うわ……、いい匂い」
一瞬前まであれ程嫌がっていたミイナの腹が大きく鳴る。
「……急にお腹が空いてきたな」
ガインも唾を飲み込んだ。
「捌いたら見た目も気にならないし、ね」
何故だか、勇者の子孫達は、調理されている白い物体が食べたくて仕方がない気分になってくる。
「出来たよぅ。食べるぅ?」
ミイナがぎこちなく頷く。
「そう、ね。まあ、ちょっとだけ」
シータが器に盛り付け、勇者の子孫達は調理された白い物体を口に含む。
「…………!」
「これは……!」
勇者の子孫達は目を見開く。
「なにこれ! 美味しい!」
ミイナが思わず叫ぶ。今まで生きてきて、これ程までに美味しい料理を食べたことはなかった。
ガインが唸った。
「美味しいだけじゃなく、気力が回復していく感じがするが……」
疲れも気力も魔力も回復していく気がする。こんな食べ物が存在しているとは。
ミイナが上機嫌で話しかける。
「美味しいね、ボス。……ボス?」
「…………」
皆が夢中で料理を食べる中、ボスだけが料理をじっと見て眉を寄せていた。
「どうしたの?」
「似ている」
「似てる? 何に?」
ボスは、白い物体が付着したフォークを確かめるように舐めて答えた。
「ソビで小娘が持っていた薬物を取り上げただろう?」
「そんなこともあったっけ?」
「あれは一時的に気力を増幅する代わりに、その後死ぬほど体が重くなるという危険な薬だったんだが、その薬を使用した時と似ている気がする」
「え? あれってザイシャ国で貰った薬だったっけ? 危険な薬だったんだ。でも魔王城で見つけた物体と、遠く離れたザイシャ国の薬が似ているなんてことあるかな? 気のせいじゃない?」
「そうだといいが……」
「食べないならちょうだい」
「いや、食べる」
結局、若干躊躇しつつもボスは料理を平らげ、勇者の子孫達はお腹いっぱいになるまで謎のお白い物体を食べた。
「ふー、満足」
膨れたお腹をさすりながら、ミイナは毛皮の上に寝転ぶ。そして眉を寄せた。
「……ん?」
背中に、何か硬いものが当たる。
「ねえ、この下に何かあるみたい」
言いながらミイナが毛皮を捲ると、
「あ! これ……銃!?」
ミイナの手元を覗き込んで、勇者の子孫達は驚いた。毛皮の絨毯の下に隠れていたもの、それはボスが持ち歩いているものよりも大きな銃だった。
ボスがミイナを押し退けて銃を手に取る。
「何故こんなところに……。これは片手で持つタイプではないな」
さまざまな角度から銃を見るボスに、更に絨毯を捲ったシータが言う。
「弾丸もたくさんあるよぅ」
もっと何か無いか、と毛皮の絨毯を捲ると、
「…………!」
一冊の古びた本が出てきた。その本にはどことなく見覚えがある。
「これって……、まさか攻略日記!?」
レイが本を手に取り、表紙を見つめた。古代文字を解読する。
「魔王攻略日記――」
「やっぱり!」
ミイナが笑顔でひとつ手を叩く。
「――その後、編」
「え?」
ミイナは瞬きを繰り返し、レイを見つめた。
「後編、じゃないの?」
「いや、『その後』編と書かれている」
「…………」
勇者の子孫達は顔を見合わせた。
「その後って……、じゃあ後編はどこにあるのよ」
もしかして、という思いで勇者の子孫達は絨毯をすべて捲って探してみたが、攻略日記の後編は無かった。
「……とりあえず、その後編を解読してみるのはどうだ?」
ガインの提案で、レイが「辞書が無いから……」と難しい顔をしつつも、その後編の解読を始める。
「激闘の末に魔王を倒した。もう帰ろう。魔王も時代に翻弄された犠牲者なのだろう、絶対違うがもうそうだと思い込もう、あのクソが! それにしても疲れた。調理道具の回収はもういい、新しいのを購入しよう。結局使うことの無かった両手銃もここに置いて行こう。心残りといえば、池で水浴びをしている時に落とした腕輪型の盾か……。しかしもう諦めよう。帰ったら勇者としてモテる可能性が高い。楽しみだ。さて、緊急脱出口を探して島の外に出るとするか。確かこの建物の何処かにあるらしいが、ヒントは『灯台下暗し』だったな……」
レイの解読を聞いて、勇者の子孫達は首を傾げた。調理道具と腕輪、それに 見つかった銃は、勇者のものだったようだ。しかしそれより気になったのは、
「……緊急脱出口って何?」
「帰る方法があるのか?」
この島から帰る手段があるということだった。
「え? 灯台下……って? どうすればいいの?」
分からない、が、国に帰れるという希望が見えた。
「まずは、魔王を倒してからだな」
ボスが両手銃を構える。
「使い方は……、片手銃とそれほど変わらないようだな。連射も出来そうだ」
ボスはミイナに視線を向け、口角を上げた。
「これで『役立たず』ではないな」
「あ、気にしてたんだ」
銃を肩に担いで、ボスが命じる。
「行くぞ。魔王を倒す」
ガインがレイを背負う。
元気になった勇者の子孫達は、休憩室から出ると天井に向かって思い切り攻撃をした。
「ライゲキ! ツラララ!」
「カンチシロ!」
天井を崩し、上へ上へとのぼって行く勇者の子孫達。
「よいしょ、よいしょ」
何度それを繰り返したか、シータの背中を皆で押して上の階へとなんとかのぼった時、
「来たか。久し振りだな、ナパーン!」
地の底から湧きあがるような声が響く。
驚く勇者の子孫達。
「あれ……は……?」
魔王城が震えた。