57 階段は造るもの
戦いを繰り返すこと数日。そして――、
「やっと着いた……」
勇者の子孫達は、魔王の城に辿り着いた。
「疲れた。休みたいよぅ」
「ここで、か?」
魔王の城の目の前で休むなど、襲ってくださいと言っているのと同じだ。
「正面から入るの?」
ミイナが城を見上げてボスに訊く。
「他に何処から入る?」
「何処って……、裏口とか?」
その裏口を探すのも一苦労だろう。
「もう正面突破でいいよぅ」
シータの言葉に、勇者の子孫達は頷く。もう早く終わらせてしまいたいと、皆が思っていた。
「行こう、魔王と最終決戦だ」
ガインが、背中に背負うレイを落とさないようにと紐を締め直す。
勇者の子孫達は、城の正面の扉を開けて、勢いよく中に入った。と、その瞬間、
「え?」
「…………!」
「ぎゃあああぁ!」
突然床に穴が開き、勇者の子孫達は落下した。
「痛たた……、カンチ」
ミイナが体の痛みをこらえて回復魔法を唱える。
「くそ……っ。皆無事か?」
舌打ちをしつつボスが立ち上がり、皆の無事を確かめる。
「なんとか」
「大丈夫ぅ」
かなりの高さから落ちたのだが、シータがクッションになったおかげなのか、たいした怪我もなく皆無事だった。
「ここは?」
ガインが周囲を見回す。誰が灯したのか、ところどころに灯りが見える。
「地下みたいだね」
ガインに背負われたレイが、同じように周囲を見回しながら言う。
勇者の子孫達は、魔王の罠にはまったようだ。
「入ってすぐに落とし穴って、どんだけせこいの?」
文句を言うミイナを尻目に、ボスが歩き出す。
「行くぞ」
「行くって何処に?」
「わざわざ地下に落としたということは、魔王は上に居るのだろう」
「上に行く方法、あるのかな?」
「階段くらいはあるだろう」
勇者の子孫達は、階段を探して歩く。
「なんか静かでちょっと不気味な所――、きゃあ!」
「ミイナ!」
突然ミイナ目がけて飛んできた小さな物体。避ける間もなく手で顔を守ろうとしたミイナ。その時、ミイナが左手首にはめていた腕輪から、光が溢れた。
「…………!」
腕に感じた衝撃と共に、飛んできた物体は弾き飛ばされた。
床に転がったその物体――魔物に向かい、レイが呪文を唱える。
「ツラララ!」
小さな魔物の体に氷柱が突き刺さる。魔物は微かに震えて動かなくなった。
「ミミトビネズミだ」
口から溢れた血を指で拭いながら、レイが言う。そんなレイに回復魔法を唱えるのも忘れ、ミイナは腕輪を見つめた。
腕輪から溢れた光は、ミイナの目の前で揺らいで薄く伸び、魔物の攻撃を防いだ。
「これ、何……?」
呟くミイナに、ガインが答える。
「盾、だな。おそらく……」
「盾?」
腕輪から現れた光の盾は、現れた時同様、唐突に消えた。
「魔法がかかっているのかな……?」
レイに視線を移し、ミイナは慌てて忘れていた回復魔法を唱える。
「どうだろう。よく分からない」
レイは首を横に振った。
ミイナは杖で腕輪を突いてみる。魔物から守ってくれたのだから、悪いものではないだろう。むしろ、いいものを拾ったのかもしれない。
「私ってば運がいい?」
これもまた、幸運の魔法のおかげなのだろうか?
行くぞ、というボスの言葉で、勇者の子孫達は再び歩き出す。そうして暫く歩いていくと、正面に壁が見えた。
「行き止まり?」
「みたいだねぇ」
どうするか、という視線がボスに集まる。
「突破を試みるか。レイ」
レイが頷き、杖を掲げる。
「ツラララ!」
「カンチ」
「ライゲキ」
「カンチ」
ヒビが入ったところで、壁に向かってシータが大回転をする。
「あ、開いた」
壁にぽっかりと穴が開いた。
勇者の子孫達は、開いた穴から壁の向こう側へと移動する。
「ここは……、牢屋?」
「牢屋っぽいねぇ」
鉄格子の扉が付いた小部屋がいくつも並んでいる。
「部屋の数が随分多いな」
歩きながら小部屋の中を覗いてみるが、捕まっている者はいない。今は使われていないようだ。
「見ろ、階段だ」
牢屋の先に見つけた階段を上る。
「魔王何処ぉ?」
上った先に魔王の姿はない。もっと上か、それとも別の場所に居るのか。
「小娘、レイ、何か感じないか?」
訊かれてミイナとレイが神経を集中させる。
「上」
「もっと上にいるようだよ」
ミイナとレイが同時に答えた。
「一番大きな気が上の方にある。それが魔王だと思う……、たぶん」
断定できないのは、城全体が禍々しい気で覆われているからだ。
ボスが舌打ちをした。
「もっと上に行くための階段は何処だ?」
階段を探し、勇者の子孫達はまた歩き回る。
「あ、魔物だ」
前方から、さつま芋にそっくりの魔物が走って来る。
「あれ、あのお芋ぉ、レイ焼いてぇ!」
レイが炎の魔法を唱え、魔物を焼く。魔物は炎を包まれて、巨大な焼き芋になった。
魔物を千切って分け、勇者の子孫達はまた歩き出す。
「食べ歩きにぴったりだねぇ」
魔物を倒しながら、勇者の子孫達は進む。
「階段が見つからないな……」
ガインが額の汗を手の甲で拭う。かなり歩いたが、階段らしきものは見つからない。
ついにミイナが、杖を振り回して叫んだ。
「もう嫌! レイ、上に向かって魔法ぶっぱなして! 強行突破!」
「……え?」
いいのかな、という視線でレイは皆を見る。
「いいんじゃないのぉ?」
「その方が早かったかもしれないな」
皆がミイナの意見に賛同する。レイは頷き、杖を掲げると天井目がけて魔法を放った。
「ライゲキ!」
「カンチ」
「ライゲキ」
「カンチ」
「ライゲキ、ライゲキ!」
「カンチシロ」
大きな音を立てて天井が崩れる。
「よし、登るか」
積み上がった瓦礫を階段代わりにしてボスがのぼって行き、その後ろからミイナ、シータ、ガインがのぼる。
「ヒーぃぃぃ!」
「シータ、頑張れ」
シータの背中をガインが押す。勇者の子孫達は上の階に辿り着いた。
ミイナが周りを見回す。
「階段見当たらないから、天井破壊して進んで行っていいよね。レイ」
レイが杖を掲げる。しかしその時、城が大きく揺れて勇者の子孫達は慌ててしゃがみこんだ。
「……まがまがしい気が強まった」
ミイナが眉を寄せる。
「魔王が怒っているのか?」
「怒っているだろうな」
「これだけ派手にやればねぇ」
揺れが収まると同時に、魔物の大群が現れる。
「何処から湧いてくるのよ!」
「多すぎるな……」
ガインが短剣を抜いて大群の中に飛び込んでいき、レイが魔法を唱える。
ガインから借りている長剣をボスが構えて魔物と戦う。が、剣は簡単に弾かれて飛んで行ってしまった。
「カンチシロ! ボスはもうこっち! シータお願い」
ミイナがボスの腕を引っ張り、シータが魔物に向かって転がっていく。勇者の子孫達はなんとか魔物の大群を倒した。
ミイナが床に転がる魔物の死骸を杖で退けて、魔物に弾かれた長剣を拾う。
「はい、ボス」
「…………」
ミイナから渡された長剣を無言で受け取るボス。ミイナが小さく首を傾げた。
「ボス、ありがとうは?」
「…………」
「あ・り・が・と・う、は?」
「……ありがとう」
顔を歪めるボスに、ミイナが満足げな表情をする。
「ボスは剣が全然上手くならないねぇ。格闘技の方がまだ合っていたかもしれないなぁ」
教えといたほうが良かったかもぉ、と言うシータに、ミイナが呆れた声を出す。
「今更遅いよ、その意見」
「ところでお腹空いたなぁ」
「さっき焼き芋食べたでしょう?」
「お腹空いたし疲れたなぁ……」
シータが溜息を吐く。それにガインが賛同した。
「確かに、疲れてきたな……」
呪われているうえにレイを背負っているのだ、ガインの疲れもひどい。
「どうする? 休憩する? それとももう少し破壊する?」
「しかしここで休憩するのも危険だな」
「多数決にしよっか。休憩したい人」
ミイナが皆を見回すが、誰も手を挙げない。
「休憩したいけどさぁ……、ここじゃあねぇ。ほらぁ、また魔物が来たよぅ」
「ああ、もう!」
魔物が迫ってくる。勇者の子孫達は、仕方なく身構えた。