表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/62

51  とっておきの情報

 狭い小屋の中には、ゴリラカニがぎゅうぎゅうに入っていた。

「何これ、なんでこんなに!」

 ミイナがたじろぎ、ボスが舌打ちする。

「あいつらも連れてくるべきだったか……」

 構成員を連れて来なかったことを後悔しつつ、ボスは小屋のドアに手をかける。既に中に突撃していたガインをシータが力ずくで引き摺り出し、ボスが素早くドアを閉める。

「いったん退却だ」

 勇者の子孫達は小屋から急いで離れた。幸いにもゴリラカニ達が追ってくる気配はない。

「……どうする?」

 離れたところから小屋を見つめ、ミイナが仲間に訊く。

 闇雲に突っ込んでも怪我をするだけだろう。

「小娘、小屋の中にセインの王の姿はあったか?」

「分かんないわよ、そんなの!」

 ボスはガインに視線を向けた。

「どうだ、それらしき人物を見なかったか?」

 ガインが首を横に振る。

「いや、ゴリラカニの姿しか見ていないが」

 では、セインの王はここには居ないのだろうか。

 暫し悩む勇者の子孫達。そしてシータが、一つの提案をした。

「もう、レイの魔法で小屋ごと燃やせばぁ?」

 シータに視線が集中する。

「小屋を燃やせば、ゴリラカニも慌てて逃げ出すだろうしぃ」

 万が一王が居たとしても、騒ぎに乗じて救出できるかもしれない。

 勇者の子孫達は視線を合わせ、頷き合った。

「そうだね」

「それしかないか。レイ、頼む」

 レイが「分かった」と頷いて少しだけ小屋に近づき、杖を掲げる。

「カエン」

 小屋が燃える。

 ミイナがレイに回復魔法を唱えた。

「カンチ」

 突然の炎に慌てたゴリラカニ達が、小屋から出てくる。

「ゴリラカニが出てきたぞ。燃やせ」

「カチュウ」

「カンチ」

 小屋が燃え崩れたが、王の姿はないようだ。

 ボスが目を眇めて確認する。

「王は居ないようだな。もっと燃やせ」

「モウカ」

「カンチ」

「ゴウカ」

「カンチ」

 逃げ惑っていたゴリラカニ達が次々に地面に倒れていく。

「……全部燃えた?」

 ミイナが辺りを見回す。

「燃えたみたいだねぇ」

 炎が完全に消えるまで待ち、勇者の子孫達は小屋があった場所へと近づいた。

「焼きカニが出来たぁ」

「うわ、この爪の部分美味しそう!」

「しかし、殻が堅くて割れないのではないか?」

「待ってぇ、コツがあるからぁ」

 シータが上手な身の取り出し方を皆に教え、勇者の子孫達は焼きガニを頬張った。

「美味しい! すっごく美味しい!」

「単純に焼いただけだから、素材の良さが出ているな」

 散々食べ、満足した勇者の子孫達は、膨れ上がった腹を撫でた。

「ふう、満腹! でも、これからどうしよう? 王様いなかったね」

 ゴリラカニ、という情報だけでここまで来たが、セインの王は見つからなかった。では、何処に居るのか。

 ゴリラカニ目撃情報が他にもあるか聞き込むか、それともセインの王のことは放っておいて、別の角度から魔王退治の方法を探るか――。

 悩む勇者の子孫達。

「うーん、でも一応姫様から頼まれちゃったしな……」

 ミイナが顎に指を当てて渋い表情をしていると、

「ん?」

 食べた後のカニ爪を後方に捨てていたガインが首を傾げた。

 ガインは立ち上がって少し後方へ行くと、しゃがんで地面の砂を掌で払うような仕草をした。そして、どうしたのかと見つめる仲間の方を振り向き告げる。

「床に何かある。これは……扉か?」

「え?」

 ミイナ達は立ち上がり、ガインの側へと向かう。

「扉だねぇ」

「本当だ。なんでこんな所に?」

 人がひとり通れるかどうか、というくらいの大きさの石で出来た扉がそこにはあった。地面の下に、何かあるというのだろうか。

 開けてみるか、という視線をガインがボスに向け、ボスが頷く。

 ガインがゆっくりと扉を引く。梯子らしきものがあるが、中は暗くてよく分からない。

「ポオ!」

 レイが呪文を唱えて杖の先を光らせ、それで扉の中を照らした。

「地下室か?」

 杖の先の小さな光だけでは、中がどうなっているのか分からない。

「……俺が降りてみよう」

 ガインが灯り係のレイを背中に背負い、梯子を降りていく。コツコツ、という足音と灯りが離れていき、やがて止まった。どうやら下に着いたようだ。

「どうー? 何かあるー?」

 ミイナが下に向かって叫ぶ。それほど深くはないのか、ガインからの返事はすぐだった。

「思ったより広いな。地面を掘ってあるだけのようだが特に何も……、いや、何かいる!」

 バタバタと走る音が響く。魔物が出たのか、と地上のミイナ達は緊張したが、すぐにそうではないことが分かった。

「人が倒れているぞ!」

「セインの王だ!」

 ガインの声とレイの声がほぼ同時に聞こえた。

 ミイナが目を見開いて地下への入り口から身を乗り出す。

「王様? 連れてきて!」

「意識が無い。く……っ、意外に重いな」

 ボスが梯子を降りて、ガインを手伝う。二人がかりで王を無理やり押し上げ、シータが限界まで手を伸ばして引き上げる。

 ドカッ、と大きな音を立てて地面に転がった人物を見て、ミイナは大声を上げた。

「あ、王様! 間違いなく、うちの王様だよ! カンチシロ!」

 ミイナが回復魔法を唱え、セインの王が目を開ける。

「う……」

 薄く開いた目でミイナの姿を確認した王は、微かに安堵の表情を浮かべた。

「おお、ミイナ。助けに来てくれたのか……」

 かすれた声をだす王に、シータが水を渡す。王は身体を起こし、それを一気に飲み干した。そして大きく息を吐く。

「いやいや、ひどい目にあったわい」

 若干やつれてはいるが、怪我もなく無事のようだ。

「王様、どうして攫われたの?」

 ミイナに訊かれ、王は首を傾げる。

「うーむ。突然現れたゴリラカニが、『祭壇の鍵を寄越せ』と言って……」

「え? ゴリラカニって話せるの?」

 王の言葉に、今度はミイナが首を傾げる。ミイナが地下から戻ってきたレイを見ると、レイはガインの背中からおりながら、首を横に振った。

「そこらの魔物に人語が操れるはずはないと思うけど……」

 その通り、と王が頷いた。

「あれはゴリラカニが喋っていたのではないだろう。あの時、ゴリラカニは禍々しい気に包まれていた。もしかすると魔王に操られていたのかもしれないの」

「魔王に?」

「ところがすぐに禍々しい気は薄れ始め、『まだ無理か』と呟いて、ゴリラカニは余を城から連れ去ったのだ」

 ミイナが眉を寄せる。

「それってつまり……、どういうこと?」

「知らん!」

 王は、きっぱりと言い切った。

 皆の視線が、この中で一番知識のあるレイに集まる。

「えっと、そうだね……。力を取り戻しつつあるけど、完全ではないということなのかもしれない」

 しかし、短い時間でも遠く離れた魔物を操れるということは、それなりに力が戻ってきているということでもある。

「急がなければならないな」

 忌々しげに言うボス。そのボスを見て、王がミイナに訊く。

「ところでミイナ、この者達は誰じゃ? レイは知っておるが……」

「私の下僕です」

 即座に答えたミイナに不快感をあらわにしながら、ボスが訂正する。

「違う。勇者の子孫だ」

 王が軽く目を見開いた。

「ほお、こんなに集めたのか!」

 とりあえず勇者の子孫が集まっていることに満足している王に、ミイナは肝心なことを訊いた。

「王様、聖なる祭壇って何なの?」

 しかし王は首を横に振る。

「知らん! 鍵は代々伝わっているが、なんかよく分からん!」

「あっそう。じゃあ、これ知ってる?」

 ミイナは荷物の中から聖なる欠片を出して、王に見せた。

「ヒイ! 頭蓋骨など何故持ち歩いておるのじゃ、恐ろしい!」

「じゃあ、これは?」

 ミイナがボスの服の裾を引っ張る。ボスが渋々服を捲って背中の絵を王に見せた。

 王が首を傾げる。

「祭壇と頭蓋骨? なんじゃこりゃ?」

 さっぱりわからん、と肩を竦める王。

「全然役に立たないじゃない!」

 思わず杖を振り上げるミイナを邪魔だと押しのけ、ボスが王に訊く。

「王よ、祭壇の部屋の鍵はどこにある?」

「鍵? ここにあるぞ」

 王は、自分のパンツの中に手を入れた。

 ミイナが叫ぶ。

「ぎゃあ! 何処に入れてるのよ!」

「冗談じゃ。こっちにある」

 王はパンツから手を出して、髪の中を探り始めた。

「もう! 変な冗談はやめてよ」

「ひゃっひゃっひゃっ!」

 ミイナを上手く騙せて、満足そうに笑いながら王は鍵を取り出した。

「はあ、もう! 王様ってどうしていつもこうなの? こっちは命懸けで魔王退治の旅をしてるっていうのに。やる気無くなっちゃうよ」

 頬を膨らませるミイナの肩を王は叩く。

「おお、それはすまん。では、やる気が出るように、とっておきの情報を教えてやろうかのう」

 信じられない、とミイナは目を眇める。

「何? つまんない情報じゃないの?」

 いやいや、と王は人差し指を振った。

「ミイナの両親はすでに他界しておるが――」

 両親、という言葉に、ミイナが僅かに興味を持つ。

「――本当は、余がミイナの父親なのじゃ!」

 王が両手を広げて叫び、ガイン、シータ、ボスが目を見開く。

「親子なのぉ?」

 シータが訊き、ミイナが王を睨み付けた。

「王様、嘘でしょ?」

「嘘じゃ!」

 ミイナが溜息を吐く。

 この王は、こういう嘘を平気で吐くのだ。

「やめてもらえません? 王様がそんなんだから、みんな困ってるんでしょ?」

「ひゃっひゃっひゃっ! すまんすまん。――でも、ミイナとレイが異母兄妹なのは本当じゃ」

 さらりと言われた言葉に、勇者の子孫達が「え?」と固まる。

「……またどうせ、嘘でしょ?」

 疑いの眼差しを向けるミイナ。しかし王は首を横に振った。

「いやいや、これは本当じゃ。本当の本当の真実じゃ」

「…………」

 ミイナがゆっくりとした動きで振り向いて、レイを見る。レイが視線を逸らした。

「嘘……でしょ?」

 ミイナの呟きに、王が応える。

「だから真実だと言っているじゃろう。ミイナの母がレイの父に恋して略奪――」

 ヒュッと息を飲んだミイナの目の前で、レイが杖を掲げる。迸る光。

「ライゲキ!」

 雷が、王を直撃した。

「え、ちょ、ちょっと、王様大丈夫?」

 その場に倒れ込んだ王の肩を、ミイナが慌てて揺する。

「お、おい、レイ……」

 ガインがレイの腕を引っ張る。

 杖を握りしめて吐血するレイは、魔物のような表情で王を睨み付けながらガインの手を振り払った。

 王が呻きながら顔を僅かに上げて、ミイナを見つめる。

「うう……。絶望したレイの母は精神を病み、そして――、ぐへえ!」

 レイが渾身の力を込めて、杖を王に振り下ろす。

「痛、ちょっと待て、レイ、痛い。分かった、これ以上のことはもう喋らんからやめ……!」

 ミイナを押しのけ、ガインの制止も聞かずにレイは王を杖で殴り続ける、何度も何度も。

 殴打により血にまみれていく王と、吐血により血にまみれていくレイ。そのどちらに回復魔法を掛けるべきなのか、そして何よりも王の突然の告白にミイナは戸惑い動けない。

「ぶ……ぎゃ……」

 何かが潰れるような小さな音を口から洩らし、やがて王は静かになった。

「…………」

 勇者の子孫達は、余計な情報を手に入れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ