51 とっておきの情報
狭い小屋の中には、ゴリラカニがぎゅうぎゅうに入っていた。
「何これ、なんでこんなに!」
ミイナがたじろぎ、ボスが舌打ちする。
「あいつらも連れてくるべきだったか……」
構成員を連れて来なかったことを後悔しつつ、ボスは小屋のドアに手をかける。既に中に突撃していたガインをシータが力ずくで引き摺り出し、ボスが素早くドアを閉める。
「いったん退却だ」
勇者の子孫達は小屋から急いで離れた。幸いにもゴリラカニ達が追ってくる気配はない。
「……どうする?」
離れたところから小屋を見つめ、ミイナが仲間に訊く。
闇雲に突っ込んでも怪我をするだけだろう。
「小娘、小屋の中にセインの王の姿はあったか?」
「分かんないわよ、そんなの!」
ボスはガインに視線を向けた。
「どうだ、それらしき人物を見なかったか?」
ガインが首を横に振る。
「いや、ゴリラカニの姿しか見ていないが」
では、セインの王はここには居ないのだろうか。
暫し悩む勇者の子孫達。そしてシータが、一つの提案をした。
「もう、レイの魔法で小屋ごと燃やせばぁ?」
シータに視線が集中する。
「小屋を燃やせば、ゴリラカニも慌てて逃げ出すだろうしぃ」
万が一王が居たとしても、騒ぎに乗じて救出できるかもしれない。
勇者の子孫達は視線を合わせ、頷き合った。
「そうだね」
「それしかないか。レイ、頼む」
レイが「分かった」と頷いて少しだけ小屋に近づき、杖を掲げる。
「カエン」
小屋が燃える。
ミイナがレイに回復魔法を唱えた。
「カンチ」
突然の炎に慌てたゴリラカニ達が、小屋から出てくる。
「ゴリラカニが出てきたぞ。燃やせ」
「カチュウ」
「カンチ」
小屋が燃え崩れたが、王の姿はないようだ。
ボスが目を眇めて確認する。
「王は居ないようだな。もっと燃やせ」
「モウカ」
「カンチ」
「ゴウカ」
「カンチ」
逃げ惑っていたゴリラカニ達が次々に地面に倒れていく。
「……全部燃えた?」
ミイナが辺りを見回す。
「燃えたみたいだねぇ」
炎が完全に消えるまで待ち、勇者の子孫達は小屋があった場所へと近づいた。
「焼きカニが出来たぁ」
「うわ、この爪の部分美味しそう!」
「しかし、殻が堅くて割れないのではないか?」
「待ってぇ、コツがあるからぁ」
シータが上手な身の取り出し方を皆に教え、勇者の子孫達は焼きガニを頬張った。
「美味しい! すっごく美味しい!」
「単純に焼いただけだから、素材の良さが出ているな」
散々食べ、満足した勇者の子孫達は、膨れ上がった腹を撫でた。
「ふう、満腹! でも、これからどうしよう? 王様いなかったね」
ゴリラカニ、という情報だけでここまで来たが、セインの王は見つからなかった。では、何処に居るのか。
ゴリラカニ目撃情報が他にもあるか聞き込むか、それともセインの王のことは放っておいて、別の角度から魔王退治の方法を探るか――。
悩む勇者の子孫達。
「うーん、でも一応姫様から頼まれちゃったしな……」
ミイナが顎に指を当てて渋い表情をしていると、
「ん?」
食べた後のカニ爪を後方に捨てていたガインが首を傾げた。
ガインは立ち上がって少し後方へ行くと、しゃがんで地面の砂を掌で払うような仕草をした。そして、どうしたのかと見つめる仲間の方を振り向き告げる。
「床に何かある。これは……扉か?」
「え?」
ミイナ達は立ち上がり、ガインの側へと向かう。
「扉だねぇ」
「本当だ。なんでこんな所に?」
人がひとり通れるかどうか、というくらいの大きさの石で出来た扉がそこにはあった。地面の下に、何かあるというのだろうか。
開けてみるか、という視線をガインがボスに向け、ボスが頷く。
ガインがゆっくりと扉を引く。梯子らしきものがあるが、中は暗くてよく分からない。
「ポオ!」
レイが呪文を唱えて杖の先を光らせ、それで扉の中を照らした。
「地下室か?」
杖の先の小さな光だけでは、中がどうなっているのか分からない。
「……俺が降りてみよう」
ガインが灯り係のレイを背中に背負い、梯子を降りていく。コツコツ、という足音と灯りが離れていき、やがて止まった。どうやら下に着いたようだ。
「どうー? 何かあるー?」
ミイナが下に向かって叫ぶ。それほど深くはないのか、ガインからの返事はすぐだった。
「思ったより広いな。地面を掘ってあるだけのようだが特に何も……、いや、何かいる!」
バタバタと走る音が響く。魔物が出たのか、と地上のミイナ達は緊張したが、すぐにそうではないことが分かった。
「人が倒れているぞ!」
「セインの王だ!」
ガインの声とレイの声がほぼ同時に聞こえた。
ミイナが目を見開いて地下への入り口から身を乗り出す。
「王様? 連れてきて!」
「意識が無い。く……っ、意外に重いな」
ボスが梯子を降りて、ガインを手伝う。二人がかりで王を無理やり押し上げ、シータが限界まで手を伸ばして引き上げる。
ドカッ、と大きな音を立てて地面に転がった人物を見て、ミイナは大声を上げた。
「あ、王様! 間違いなく、うちの王様だよ! カンチシロ!」
ミイナが回復魔法を唱え、セインの王が目を開ける。
「う……」
薄く開いた目でミイナの姿を確認した王は、微かに安堵の表情を浮かべた。
「おお、ミイナ。助けに来てくれたのか……」
かすれた声をだす王に、シータが水を渡す。王は身体を起こし、それを一気に飲み干した。そして大きく息を吐く。
「いやいや、ひどい目にあったわい」
若干やつれてはいるが、怪我もなく無事のようだ。
「王様、どうして攫われたの?」
ミイナに訊かれ、王は首を傾げる。
「うーむ。突然現れたゴリラカニが、『祭壇の鍵を寄越せ』と言って……」
「え? ゴリラカニって話せるの?」
王の言葉に、今度はミイナが首を傾げる。ミイナが地下から戻ってきたレイを見ると、レイはガインの背中からおりながら、首を横に振った。
「そこらの魔物に人語が操れるはずはないと思うけど……」
その通り、と王が頷いた。
「あれはゴリラカニが喋っていたのではないだろう。あの時、ゴリラカニは禍々しい気に包まれていた。もしかすると魔王に操られていたのかもしれないの」
「魔王に?」
「ところがすぐに禍々しい気は薄れ始め、『まだ無理か』と呟いて、ゴリラカニは余を城から連れ去ったのだ」
ミイナが眉を寄せる。
「それってつまり……、どういうこと?」
「知らん!」
王は、きっぱりと言い切った。
皆の視線が、この中で一番知識のあるレイに集まる。
「えっと、そうだね……。力を取り戻しつつあるけど、完全ではないということなのかもしれない」
しかし、短い時間でも遠く離れた魔物を操れるということは、それなりに力が戻ってきているということでもある。
「急がなければならないな」
忌々しげに言うボス。そのボスを見て、王がミイナに訊く。
「ところでミイナ、この者達は誰じゃ? レイは知っておるが……」
「私の下僕です」
即座に答えたミイナに不快感をあらわにしながら、ボスが訂正する。
「違う。勇者の子孫だ」
王が軽く目を見開いた。
「ほお、こんなに集めたのか!」
とりあえず勇者の子孫が集まっていることに満足している王に、ミイナは肝心なことを訊いた。
「王様、聖なる祭壇って何なの?」
しかし王は首を横に振る。
「知らん! 鍵は代々伝わっているが、なんかよく分からん!」
「あっそう。じゃあ、これ知ってる?」
ミイナは荷物の中から聖なる欠片を出して、王に見せた。
「ヒイ! 頭蓋骨など何故持ち歩いておるのじゃ、恐ろしい!」
「じゃあ、これは?」
ミイナがボスの服の裾を引っ張る。ボスが渋々服を捲って背中の絵を王に見せた。
王が首を傾げる。
「祭壇と頭蓋骨? なんじゃこりゃ?」
さっぱりわからん、と肩を竦める王。
「全然役に立たないじゃない!」
思わず杖を振り上げるミイナを邪魔だと押しのけ、ボスが王に訊く。
「王よ、祭壇の部屋の鍵はどこにある?」
「鍵? ここにあるぞ」
王は、自分のパンツの中に手を入れた。
ミイナが叫ぶ。
「ぎゃあ! 何処に入れてるのよ!」
「冗談じゃ。こっちにある」
王はパンツから手を出して、髪の中を探り始めた。
「もう! 変な冗談はやめてよ」
「ひゃっひゃっひゃっ!」
ミイナを上手く騙せて、満足そうに笑いながら王は鍵を取り出した。
「はあ、もう! 王様ってどうしていつもこうなの? こっちは命懸けで魔王退治の旅をしてるっていうのに。やる気無くなっちゃうよ」
頬を膨らませるミイナの肩を王は叩く。
「おお、それはすまん。では、やる気が出るように、とっておきの情報を教えてやろうかのう」
信じられない、とミイナは目を眇める。
「何? つまんない情報じゃないの?」
いやいや、と王は人差し指を振った。
「ミイナの両親はすでに他界しておるが――」
両親、という言葉に、ミイナが僅かに興味を持つ。
「――本当は、余がミイナの父親なのじゃ!」
王が両手を広げて叫び、ガイン、シータ、ボスが目を見開く。
「親子なのぉ?」
シータが訊き、ミイナが王を睨み付けた。
「王様、嘘でしょ?」
「嘘じゃ!」
ミイナが溜息を吐く。
この王は、こういう嘘を平気で吐くのだ。
「やめてもらえません? 王様がそんなんだから、みんな困ってるんでしょ?」
「ひゃっひゃっひゃっ! すまんすまん。――でも、ミイナとレイが異母兄妹なのは本当じゃ」
さらりと言われた言葉に、勇者の子孫達が「え?」と固まる。
「……またどうせ、嘘でしょ?」
疑いの眼差しを向けるミイナ。しかし王は首を横に振った。
「いやいや、これは本当じゃ。本当の本当の真実じゃ」
「…………」
ミイナがゆっくりとした動きで振り向いて、レイを見る。レイが視線を逸らした。
「嘘……でしょ?」
ミイナの呟きに、王が応える。
「だから真実だと言っているじゃろう。ミイナの母がレイの父に恋して略奪――」
ヒュッと息を飲んだミイナの目の前で、レイが杖を掲げる。迸る光。
「ライゲキ!」
雷が、王を直撃した。
「え、ちょ、ちょっと、王様大丈夫?」
その場に倒れ込んだ王の肩を、ミイナが慌てて揺する。
「お、おい、レイ……」
ガインがレイの腕を引っ張る。
杖を握りしめて吐血するレイは、魔物のような表情で王を睨み付けながらガインの手を振り払った。
王が呻きながら顔を僅かに上げて、ミイナを見つめる。
「うう……。絶望したレイの母は精神を病み、そして――、ぐへえ!」
レイが渾身の力を込めて、杖を王に振り下ろす。
「痛、ちょっと待て、レイ、痛い。分かった、これ以上のことはもう喋らんからやめ……!」
ミイナを押しのけ、ガインの制止も聞かずにレイは王を杖で殴り続ける、何度も何度も。
殴打により血にまみれていく王と、吐血により血にまみれていくレイ。そのどちらに回復魔法を掛けるべきなのか、そして何よりも王の突然の告白にミイナは戸惑い動けない。
「ぶ……ぎゃ……」
何かが潰れるような小さな音を口から洩らし、やがて王は静かになった。
「…………」
勇者の子孫達は、余計な情報を手に入れた。