50 魚は美味い
タイリヨの王の船に乗せてもらった勇者の子孫達は、今までの出来事を王に話した。
「ふーむ、事情は分かった。ゴリラカニの住む島まで連れて行こう。しかし――」
王が眉を寄せて船べりに視線を移す。
「うええ、ぐええ……!」
「――あの者は大丈夫か?」
船の縁を掴んで苦しむレイを、王は心配そうに見つめる。
「あー、大丈夫です。いつものことなので。カンチ!」
大したことはない、とミイナは杖を振って見せた。
「そうか? かなり辛そうだが……」
王が小さく唸った時、
「王様、魔物の大群です!」
兵士が魔物の群れを見つけたことを伝えに来た。
「ほら、王様。魔物だって。退治しなきゃ」
「うむ」
王は近くにあった銛を手にすると、船首へと向かった。その後を、勇者の子孫達も続く。
船首から船の進行方向となる西に視線をやると、海が泡立っているように見えた。それが段々とこちら近づいてくる。
「あれは?」
ガインがレイに訊く。
「ウミリスだ」
海に棲み、群れで船を襲う魔物だとレイは説明する。ウミリスは、小さな体と同じくらいの大きさの尻尾を回転させて泳いでくる。
王が眉を寄せて呟く。
「マグロンもいるな」
マグロンは、そこらの刃物よりよく切れるヒレを持った魚型の魔物だ。
ボスが懐から銃を出して構え、
「来るぞ!」
叫んだ瞬間、それを合図にしたかのように、ガインが海に飛び込んだ。
「え? ちょっとガイン?」
海に入って戦うつもりなのか。魔物に向かっていくガイン。しかし、すぐにその進行は止まった。
「……ねえ、ちょっと。ガイン溺れてるんじゃない?」
ミイナが眉を寄せる。
「溺れているねぇ」
シータが頷く。
「呪いでうまく泳げないんじゃないかい? ガイン! しっかり!」
レイが弱々しく海に向かって叫んだ。
このままではさすがにまずい。ミイナがボスを見上げる。
「ボス、助けて! 早く行って!」
ミイナが命じるが、ボスは無表情でガインを見つめたまま、首を横に振った。
「無理だ」
「なんで!」
「泳げない」
「泳げない!?」
ミイナが慌てて周囲に居る者を見回す。
「誰か――」
助けて、という言葉が出るより先に、王がミイナを手で制する。
「退きなさい」
ミイナを後ろに下がらせる王の手には、いつの間にか銛ではなく釣竿が握られていた。
「王様?」
王は、竿先を後ろにして構え、一気にそれを振り下ろすような動作をした。大きな針が、ガイン目がけて飛んで行く。そして次の瞬間には、
「す、凄い……!」
ガインが宙を舞っていた。
ドカン、と大きな音を立ててガインが甲板に落ちる。
「ガインを一本釣りした!」
「うわぉ、マグロンも付いてきたぁ! おいら食べるぅ!」
シータが包丁を取り出して構え、ガインと共に吊り上げられたマグロンを一気に捌いていく。
シータは『解体ショー』の技を覚えた。
「ほお、素晴らしい技術を持っているな」
タイリヨの王も感心するほどの手際で、シータはあっという間にマグロンの活き造りを作って見せた。「うわ、豪快。美味しそう! ――あ、そうだ。ガイン、カンチ!」
息も絶え絶えなガインに回復魔法を掛け、ミイナはシータと共にまだ牙をむいてくるマグロンを食べ始める。
「歯ごたえ! これ凄い美味しいよ! みんなも食べなよ」
「美味しいねぇ!」
夢中で食べる二人に、ボスが舌打ちした。
「それどころではないだろう。見ろ、魔物が船の上まで来たぞ」
シビレアサリだ、とレイが杖を構える。
「麻痺攻撃に気を付けて。ライゲキ!」
稲妻が魔物を直撃し、レイが吐血する。
「カンチ」
すかさずミイナが回復魔法を唱える。
船尾から、「タコオドリが来たぞ!」という叫び声がした。タコオドリはノリノリで兵士たちを攻撃しながら船首へと向かってきた。
「きゃあ! 気持ち悪い!」
ヌメヌメとした外見に、ミイナが悲鳴を上げる。
王様がミイナの前に立ち、銛でタコオドリを突き刺した。
「ありがとうございます、王様!」
「また攻撃が来るぞ!」
海の魔物達は次々に現れる。さすがにミイナもシータも食べている余裕はなくなり、魔物退治に集中するしかなかった。
「い、忙しい……! カンチ!」
ミイナは仲間とタイリヨの兵士たち、そしていつの間の船に乗り込んでいたのか、ボスの組織の構成員達に回復魔法を掛け続ける。
「ちょっと、どれだけ出てくるのよ!」
海の魔物と戦いながら、船はゴリラカニが居るという島に辿り着いた。
「そなた達は降りろ!」
まだ魔物と戦いながら、タイリヨの王は叫ぶ。勇者の子孫達は、船から急いで降り始めた。
ボスが振り向いて、王に向かって言う。
「王はまだ魔物退治をするのだろう。うちの構成員達を使ってくれ」
「それか助かる。勇者の子孫達よ、頑張るのだぞ!」
勇者の子孫達を降ろし、王様と船は自国に向けて船を走らせた。魔物を退治しながらタイリヨに戻るようだ。
船を見送り、ミイナが「ふう……」と溜息を吐く。
「タイリヨの王様は頼りになる王様だったね。若くて見た目も良かったし。それに比べてうちの王様は……」
ミイナ振り向き、周囲を見回す。
「……ここに居ればいいけど」
ゴリラカニがここに居ることは分かっているが、セインの王を連れ去ったというゴリラカニがここに住むゴリラカニと同一魔物かどうかは分からない。
「捜すしかないだろう。行くぞ」
「はーい」
ボスが先頭を歩き、その後をミイナ達が続く。
「王様ー! 居たら返事して、王様ー!」
ミイナが叫ぶが返事はない。
「そもそも、なんでゴリラカニはうちの王様を攫ったんだろ?」
歩きながら首を傾げるミイナに、レイも首を傾げる。
「さあ……。その場で殺さなかったのだから、セインの王が何か特別な力を持っているか、利用価値があるか……」
「あの王様に? ないない。そんなのないよ」
ミイナが自国の王を全否定していると、ボスが急に立ち止まった。
「どうしたの?」
ボスが前方を指さす。
「あんな場所に小屋があるぞ」
「え?」
ボスが指さす方向を見ると、木々に囲まれて隠れるようにして、小屋が建っていた。
「本当だ。行ってみよ――、あ」
ミイナが目を見開く。その小屋の中から、ゴリラカニが現れたのだ。
「あれ、ゴリラカニでしょ!」
ミイナが叫ぶのと同時に、ガインが短剣を振りかざしてゴリラカニに向かって走り出す。短剣がゴリラカニの肩に振り下ろされる、しかし、
「え!?」
短剣、いや、ガインごとゴリラカニの大きな爪で弾き飛ばされた。
ボスが舌打ちし、銃を構える。
パンパン、という音と共に弾がゴリラカニ目がけて飛ぶが、それも爪で弾かれた。
「何あいつ、強い!」
驚くミイナの横で、レイが杖を掲げて呪文を唱える。
「モウカ!」
炎が迫っていき、ゴリラカニが唸り声を上げて飛び退く。どうやらゴリラカニは、火に弱いようだ。
「ひるんだぞ、シータ!」
「え? おいらぁ?」
シータが「仕方がないなぁ」、と呟きながら体を丸める。
「大回転!」
ゴリラカニに向かって転がっていくシータに向けて、レイが呪文を唱える。
「シップウ!」
風が吹き、大回転のスピードが上がった。
シータが回転しながらゴリラカニにぶつかり、先程弾き飛ばされたガインもゴリラカニに立ち向かう。ボスは顔面を狙って銃を撃った。
「ギャギャー!」
勇者の子孫達から総攻撃を受けたゴリラカニが、悲鳴を上げて逃げていく。
「あ、逃げる!」
「待てぇ、夕飯のおかずぅ!」
勇者の子孫達は、ゴリラカニを追いかけて小屋の中に入る。そこには、
「げ!」
ゴリラカニの群れがいた。