4 面会
「街中で突然暴れ出してね……」
城の地下へと続く階段を降りながら、看守が言う。
「怪我人こそ出なかったが、物は結構破壊されたし、ガインの両親は自慢の息子の思いもよらない行動に驚いてぶっ倒れちまったし、その上やっと大人しくなったガインから話を聞けば、どうしてこんなことをしたのか分からないと言うばかりで……」
看守は溜息を吐いた。
「で、原因が分からないんじゃまた暴れる可能性もあるから牢に入れるしかなかったんだ。――これはもしや魔王の復活と何か関係があるのではないかという噂もあるが……。だけどな、誰もガインが牢に入ることなど望んでいない。あいつが良い奴だってみんな知っているからな。」
看守の後ろを歩いていたレイが頷く。
「そうですか。僕も信じられない。ガインが暴れるなんて」
「そうだろう?」
看守が振り向いた。レイが力強く言い切る。
「ええ。ガインは男らしくて頼りになる戦士ですから」
「ああ、そうなんだ。ガインはいい奴なんだ。この前もな――」
妙に盛り上がる二人の会話に、ミイナが強引に割り込んだ。
「ところで……」
二人が振り向く。ミイナは自分の背後を指差して、首を傾げた。
「後ろの人は、ストーカーですか?」
ミイナの背後の影がピクリと震える。看守が首を振った。
「いいや。あの方は王様だ。側近のガインが心配だが立場上罪を許すことも出来ず、日に何度もこっそり様子を見に来られるのだ。見てみぬ振りをしてくれるとありがたい」
ミイナが後ろを振り返る。
「全然『こっそり』になってないよ、王様。もっと堂々とすればいいのに。うちの国のもだけど、王様って変人が多いのかな?」
「……ミイナ」
不敬な発言をするミイナをレイが諌め、兵が苦笑する。
「王様を含め、戦士は隠し事が苦手なんだ。――ああ、着いた」
城の地下にある牢屋に辿り着き、看守はすぐ近くの鉄柵の前まで行って立ち止まった。
「ガイン、面会だぞ」
看守が声を掛けると、牢屋の中で壁に向かって座っていた男が振り向く。
「ガイン……!」
レイが柵を握りしめる。
柵の中の男が、目を見開いて立ち上がった。
「レイ……」
ミイナがレイの袖を引く。
「ねえ、この人がガイン?」
「ああ、そうだよ」
ミイナは「ふーん」と唸りながら、近付いてくるガインを上から下まで眺めた。赤い短髪と凛々しい眉毛。背が高く、がっしりとした体をしている。
そんなミイナの不躾な視線に少々驚きながらも、ガインがレイに訊いた。
「その子は?」
「あ、紹介するよ。僕達と同じく、伝説の勇者の子孫ミイナだ。以前話したことが無かったかな? セインの神官だよ」
ガインが「ああ……」と頷く。
「そうか、君が。はじめまして、ガインだ」
ガインが柵の間から右手を差し出し、ミイナがその手を握った。
「はじめまして、ミイナです」
「ところでレイ、どうしてここに?」
ガインの質問に、レイが微かに眉を寄せる。
「僕達は、魔王を退治する方法を求めて旅に出たんだ。それでガインにも同行してもらいたいと思ってウォルに来たんだけど……」
レイは言葉を濁し、ガインが俯いた。
「すまない。協力したい気持ちはあるが……」
レイが首を傾げる。
「どうして暴れたんだい?」
「……分からない」
「分からないって……」
そんなことがあるのだろうか?
「本当に分からないんだ」
「ガイン……」
ガインは苦しげに拳を握りしめた。
「…………」
「…………」
会話が途切れる。広がる静寂。レイもガインも看守も、こっそり付いて来ているつもりのウォル国王も何も言わない。
「あのさあ」
そこに一人、暗い雰囲気が耐えられなかったミイナが、左手に持っていた杖で柵をコンコンと叩いた。
「暴れた理由が分からないって、どういうこと?」
ガインが首を横に振る。
「本当に分からないのだ」
「もっと詳しく教えて。暴れた日のこと」
ガインは頷き、語り始めた。
「あの日、仕事が休みだった俺は、特に用事も無かったので母親と協力して家の大掃除をすることにした。傷みの激しい壁を塗り直し、家具の配置替えをして――するとその時、ふと壁の一部に違和感があることに気付いた。近付いてよく見ると、俺が左右の掌を広げたくらいの大きさ分だけ、後から作り直したような跡があった。過去の修繕後なのだろうと母親は言ったが、何故か妙に気になり、母親を説得して思い切ってハンマーでその壁を壊してみたのだ。するとそこに、これがあった」
ガインが腰の辺りから何かを取り出す。ミイナとレイが眉を寄せた。
「短剣?」
鞘に細かな細工が施された短剣を、ガインは目の高さまで上げる。
「ああ。何故壁の中にあったのか疑問に思いながら何気なく鞘から抜いたのだが……、その途端、体が言うことをきかなくなってしまい、家の中で散々暴れた後、街の中でも自分の意思とは無関係に剣を振り回してしまった。破壊した果物屋のりんごを踏んで転び、気を失うまでずっと、止めたいのに止められなかった」
悔しさが滲む口調でガインは言い、レイが唸って短剣を見つめた。
「体が勝手に? うーん。もしかして、その短剣に何かあるのかな? ちょっと貸してくれないか?」
しかしガインは、溜息を吐いて首を横に振る。
「それが、離れないのだ」
「離れない?」
「うむ」
「……ガイン、短剣をこちらに」
レイが手を差し出し、その上にガインが短剣を握ったままの手をのせた。
「ガイン、離して」
「離せないのだ。この牢に入る前にも短剣を差し出すように言われたのだが、どうしても離せないのだ」
ガインは益々強く、短剣を握り締める。レイが困った顔でガインを見つめた。
「ガイン、落ち着いて深呼吸をして、それからゆっくり手を開いてみて」
「無理だ」
「ガイン……」
「離せない」
と、その時――。
「あのー……」
横に居たミイナが、揉める二人に声を掛けた。
「ん? どうしたんだい、ミイナ」
レイが振り向く。
「たぶん、なんだけどさあ」
ミイナは軽く首を傾げ、短剣を指差した。
「その短剣、呪われてるよ」
レイとガインが目を見開いた。