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47  ボスの証

 ユゲンの宿屋、その一室でレイは頭を抱えた。

「駄目だ、やっぱりこれ以上何も書いていない」

 暴風遺跡からユゲンの宿屋に移動して、数日が経っていた。その間にレイは魔王攻略日記の上巻と中巻を隅々まで読んで、他に何か情報がないか探したが、特に重要と思えることは書いてはいなかった。

「聖なる欠片はどうだい?」

 暴風遺跡から持ち帰った欠片を組み立てているミイナにレイが訊く。今、部屋に居るのはレイとミイナだけで、他の皆は出かけている。

 ミイナが肩を落として首を横に振った。

「上手くはまったけど……、ほら、ここの前歯の部分がごっそりないの」

 レイが、頭痛でもするのか片手で頭を押さえて唸る。

「こまったね……」

 ミイナも頬に手を当てて小さく唸った。

「この骸骨をどうすればいいのかも分からないし……。――あ、ボス、おかえり」

 ノックの音がしてドアが開き、片手に布に包まれた長細いものを持ったボスが入ってくる。

「レイ」

 ボスが布から出したものをレイに差し出す。

「え? あ、これは……!」

 レイはボスの手から真新しい杖を受け取った。

「ありがとう、ボス」

 杖を撫でて微笑むレイ。

 ミイナがボスの袖を引っ張った。

「ねえ、私のは? ねえ、ねえってば! 私の杖は?」

「うるさいぞ小娘。ほら」

 ボスが布の中からもう一本杖を取り出してミイナに渡す。杖を受け取ったミイナが満面の笑みを浮かべた。

「うわー、素敵な白い杖! ああ、イッテツの染み抜き職人に頼んでいる防具の染み抜き、早く終わらないかな」

 ミイナの血塗れになった鎧やマントなどは、イッテツの職人に染み抜きを頼んでいた。

 レイが杖を丁寧に膝の上に載せてボスに訊く。

「それで下巻は?」

 ボスが渋い表情を見せた。

「……見付からない。そちらはどうだ?」

 うーん、とまたしてもレイが唸る。

「残念だけど、上巻中巻にこれ以上の情報はなさそうだね」

「……そうか」

 これからどうすべきか。

 ボスとレイが唸った時、

「ただいま」

 ノックの音がしてガインが部屋に入ってきた。ミイナが振り向いて杖を掲げる。

「おかえりガイン。見て、新しい杖……って、やだ、真っ黒じゃない!」

 日雇いの仕事に行っていたガインは、汗と泥で酷く汚れていた。汚されては大変と、ミイナが慌てて杖を胸に抱く。

「ああ、温泉に行ってくる。レイとボスも行くか?」

 誘われたレイは、笑顔で頷いた。

「僕も行くよ」

 しかしボスは、

「オレは行かない」

 と首を横に振る。

 ミイナが首を傾げてボスに顔を近づけた。

「ボスは何で温泉に行かないの? 何で? ねえ何で?」

「うるさい。小娘、お前も鬱陶しいから温泉に行け」

「鬱陶しいって何よ!」

 杖を振り上げてボスを殴ろうとするミイナを、レイが慌てて止める。

「ミイナ、駄目……あ、おかえりシー……タ!」

 ミイナの杖がレイの頭をかすめたのと、ドアが開いて大きな紙袋を抱えたシータが入ってきたのは同時だった。

「うわぁ……。ただいまぁ」

 部屋に一歩足を踏み入れた状態で、シータは顔を歪めてそれ以上入るのをためらう素振りを見せる。

「何よ、その顔」

「だってぇ、レイがミイナの暴力で瀕死になってるしぃ」

「暴力じゃないわよ、事故よ事故! レイもこれくらいで気絶しないでよ。カンチ!」

 白目をむいているレイに回復魔法を掛けて、更にミイナはレイを激しく揺すった。

「ほら、温泉行くから起きて!」

「う……、ミイナ苦し……」

 意識を取り戻したレイがミイナの腕を弱々しく掴み、ガインが再び意識を失いそうなレイをミイナの手から救出する。

「レイ、行こう。シータも温泉に行くか?」

 ガインに訊かれ、シータは頷いた。

「温泉? おいらも行くぅ。ボスはぁ?」

「オレは行かない」

 あっさり断ったボスを、シータは片眉を上げて見つめた。

「……ふーん。そっかぁ。じゃあ――」

 踵を返そうとしたシータ。しかし次の瞬間、

「おおっとぉ、手が滑ったぁ!」

 シータが抱えていた紙袋が宙を舞った。

「きゃあ!」

「な……!」

「ゲホ!」

 勇者の子孫達に、紙袋の中身が降ってくる。それは甘い匂いのする粉だった。

「何よこれ! 杖が……!」

 怒り狂うミイナに、シータがのんびりとした口調で謝った。

「ごめんよぉ。お菓子を作ろうと思って買ってきたんだけどぉ」

「ごめんじゃないわよ、カンチ!」

 咳き込むレイにミイナが回復魔法を再び掛ける。

「ごめんよぅ。温泉に行って綺麗にしようよぅ。ボスもごめんよぅ。服に付いた粉が取れなくなるといけないから、早く着替えて洗濯した方がいいよぅ。じゃあねぇ」

 シータはミイナとレイを小脇に抱えたガインの肩を押し部屋から出る。

「もう、何してくれるのよ、シータ!」

 振り向いて胸ぐらを掴もうとしてくるミイナの口を、シータが掌で押さえる。

「しー、静かに。外に行くよぅ」

 小声で言われ、ミイナが眉を寄せる。「なに?」と目で訊くミイナに、シータは「こっちだよぅ」と囁いて歩き出した。

 ミイナとガインが一瞬視線を合わせ、シータの後に付いて行く。シータは一度建物の外に出て、庭へと回った。

「ここからだよぅ。ほらぁ」

 庭にある木の陰から、シータは宿屋の窓を指さす。

「あ、部屋の中が見える!」

 大きな声を上げたミイナの鼻の前で、シータが人差し指を立てる。

「しー。静かにぃ。ここからボスの様子を見るよぅ。ボスはきっと着替えるからぁ……」

 あ、そうか。とミイナは気づいた。

 以前から思っていた疑問。何故ボスが温泉に入らないのか。『ボス女の子説』が本当なのかがこれで分かる。

「しかしシータ、もし本当に女性だったら覗くのは可哀想ではないか?」

 眉を寄せるガインの肩をシータが叩く。

「堅いこと言わないで。ほら脱ぐよぅ」

 シータ、ミイナ、ガイン、そしてガインに支えられたレイの視線がボスに向けられる。

 ボスは外に背を向けて、服の裾を両手で掴んだ。

「あー、こっち向け!」

「これでは分からないな」

「困ったねぇ。おっぱいが見えないよぅ」

 服が捲れ、ボスの腰があらわになる。

「ちょっと、こっちを――、ん?」

 服が肩まで捲れ、ミイナが首を傾げる。

「あれ? 何、あの背中。何か描いてある?」

 レイが目を眇めてミイナと同じように首を傾げた。

「絵……、が描いてあるのかな?」

「絵ぇ?」

「背中にか?」

 ミイナ達が顔を見合わせる。

「何故だ?」

「何でだろうねぇ。そういう趣味ぃ?」

「もうちょっと近くで見れば、何が描いてあるのか分かるかも」

「そんなに前に出たら危ないよ、ミイナ」

 ミイナが木の陰から身を乗り出す。そして、

「……あ」

「こっち向いたよぅ」

 見つかった。

 異常な気配を感じて振り向いたボスとミイナの視線が合う。ボスは険しい表情でミイナを見つめた。

「怒ってるみたいだけど……、逃げる?」

 ミイナがシータに訊く。

「もう、突撃でいいんじゃないかなぁ」

「あー、そうだよね。一緒に旅しているのに秘密があるなんて、よく考えたら許せないもんね。そうだよね、ガイン、レイ!」

「あ、ああ……」

 ミイナの気迫に押されて、思わずガインとレイが頷く。

「じゃあ、みんな準備して。敵はパンパンを持ってるから気をつけてね」

 ガインがレイを背負い、シータが腹を叩く。「ポーン」という音が辺りに響いて、ミイナ達は覚悟を決めた。

「よし、突撃!」

 ミイナの号令とほぼ同時に、レイが杖を掲げて呪文を唱えた。

「トップウ!」

 強い風が吹き、窓が吹き飛んだ。

「カンチ!」

 すかさずミイナがレイに向かって回復魔法を唱える。

 ガインが窓枠に足を掛けて振り向き、シータに手を伸ばす。

「お前達、何をしている!」

「シータ、行っちゃって!」

 ガインの手を掴んだシータが勢いよく窓枠を超え、ボスへと飛んだ。

「な……!」

 シータは『圧殺』の技を覚えた。

「シータ、ボスが気絶している」

 ミイナに手を貸して窓枠を超えさせながら、ガインがシータに言う。

「えぇ? あ、本当だぁ」

 シータが立ち上がると、仰向けの状態でボスは気絶をしていた。その胸を見つめ、シータが唸った。

「うーん、男だねぇ」

 ボスの胸は、どう見ても男のそれだ。ついでに、と股間を握り、シータは溜息を吐く。

「あったよぅ」

 残念そうに呟くシータ。ミイナが唇を尖らせる。

「なんだ、つまんない。で、背中には何が描いてあるの?」

 まだ気絶したままのボスを、ガインがひっくり返す。するとボスの背中には、やはり絵が描かれていた。

「何だこれは。骸骨の絵と……祭壇か? それに光り……、ん? 頭骸骨?」

 ガインが眉を寄せて顔を上げ、皆の顔を見る。レイとシータが小さく頷く。どうやらガインと同じことを考えていたようだ。

「この頭骸骨は……」

「聖なる欠片の頭蓋骨かなぁ?」

 絶対そうなのか、と言われれば確証はないが、なんとなく聖なる欠片を集めて組み立てた頭蓋骨を表しているような気がする。

「しかし、何故ボスの背中にこんな絵が?」

 首を傾げるガイン。と、その時、ミイナがボスの背中の絵に指先を触れさせた。

「ミイナ……?」

 じっと絵を見つめるミイナ。何か、目に見えない物を見ようとするかのように目を眇め、そしてミイナは頷いた。

「やっぱり。これ、この場所知ってる」

 ミイナがボスの背中に描かれた祭壇に、指先で見えない円を描く。

「知っている?」

 ガインが眉を寄せ、レイとシータが首を傾げる。

「セインの地下。昔、王様が一度だけ見せてくれた祭壇だ」

「勘違いでは?」

「絶対同じ」

 セインの地下にある祭壇、それとボスの背中に描かれた祭壇が同じだとミイナは主張する。

「祭壇に描かれているこの模様、覚えているもの」

 ミイナがボスの背中を指先で叩く。間違いない、と確信を持ってミイナが呟く。

 レイが驚きながらも顎に手を当てて考える。

「セインと頭蓋骨に何か関係があるのかな?」

「分かんないけど……、あ、ボスが……」

 うつ伏せに寝かされたボスの身体がピクリと動く。どうやら意識が戻ったようだ。

「カンチ!」

 ミイナが回復魔法を掛けると、ボスが小さく呻いてゆっくりと身体を起こす。

「……お前達、何をしている」

 ボスの声は怒りに満ちていた。

「そんなことより、ねえ、なんでセインの祭壇が描かれているの?」

「……なに?」

 意味が分からないと眉を寄せるボス。ガインがボスに訊く。

「ボス、この背中の絵はなんだ?」

「……絵?」

 ああ、とボスは心底嫌そうな表情をした。

「昔、親父に無理矢理彫られたんだ。組織のボスになるのに必要な儀式だとかなんとか言われて押さえつけられて。それがどうかしたのか?」

 ミイナ達が顔を見合わせる。これはもしかすると。

「ボス、もしかして自分の背中に何が描いてあるか知らないの?」

「ああ。親父を思い出して不愉快になるから一度も見たことがないな」

「聖なる欠片の頭蓋骨が描いてあるよ。それからセインにある祭壇も」

 ミイナに言われたボスは、大きく目を見開いて驚きの表情を見せた。

「何? 頭蓋骨? 本当か?」

 ミイナではなく、ガインに訊くボス。

「ああ」

 ガインが頷き、ミイナが「ちょっと待って」と部屋を出て行き、宿屋のおかみに借りた二枚の鏡を持ってすぐに帰って来た。その鏡でミイナがボスに背中の絵を見せる。初めて自分の背中を見たボスは、呆然と呟いた。

「どういうことだ……?」

「何かこの絵について、親父さんから聞いていないのか?」

 ボスは首を横に振った。

「いや。ただ代々伝わる儀式だから、ということしか聞いていないし、親父もそれ以上のことは知らないと思う」

 戸惑うボスに、レイが告げる。

「攻略日記の下巻が無い今、これは大きな手掛かりかもしれない」

 皆の視線がレイに集まる。

「頭蓋骨とセインの祭壇に何か関係があることを後世に伝えるために、勇者の子孫であるボスの家系にこの絵が代々伝わっているんじゃないかな」

 シータが頷く。

「うん、そうかもぉ。うちにも攻略日記が伝わってたしぃ」

 ミイナがパチンと手を叩く。

「そうだ! セインの王様が何か知ってるかもしれない」

 ガインも頷く。

「ボス、行ってみよう、セインに」

「…………」

 ボスは鏡越しにじっと背中の絵を見つめ、そして決断する。

「ああ、そうだな」

 ミイナが杖を掲げる。

「よし! セインに向けて出発よ!」

 本当に関係があるのかは分からないが、とりあえず次の行き先が決まった勇者の子孫達は、互いの顔を見合って頷いた。



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