46 姐さんと永遠の闇に消えしもの
ボスが階段を駆け下りる、その後をガインとシータが続いた。
「ちょっとぉ、待ってぇ、速いよぉ」
そうしてボス達は一番下の階までおりた。
「こっちか!」
音を頼りにボスは進む。争う音は近くなる。そしてついに――、
「…………!」
ボス目を見開いて立ち止まる。ガインとシータも、目の前の状況に息を飲んだ。
「これは……!」
大量の魔物の死骸が転がるそのど真ん中に、右手に銃、左手に杖を持ったミイナが血塗れで立ち、まるでそれを崇めるような格好で構成員達が取り囲んでいる。
「大勝利だ!」
「やったね姐さん!」
「凄いぞ姐さん!」
口々に言う構成員を見回し、ミイナは満足げに頷いた。
「皆もよくやった」
「ありがとうございます、姐さん!」
「次に行くよ、付いておいで」
「一生付いて行きます!」
姐さん、姐さん、と構成員達が合唱する。
「なんなんだ……、この状態は」
唖然としてボスが呟く。するとミイナがボス達の存在に気付いた。
「あ、みんな」
ミイナの言葉に、構成員達が一斉に振り向き、ボスの姿を認めて歓喜の雄叫びを上げた。
「ああ、ボス!」
「ボス!」
「ボスー!」
ミイナが倒れている魔物を避けながら、ボス達の元へと駆けてくる。
「無事だったんだ」
満面の笑顔で言ってくるミイナに、ボスが眉を寄せた。
「小娘、何故片手銃を持っている」
ミイナは、何故ボスが怒っているのか分からないという感じで首を傾げ、銃を目の高さまで上げて見せた。
「これ? この子達がくれた」
ミイナが構成員達に視線を向け、ボスが構成員達を睨んで拳を握る。
「お前達、何をやっている!」
「しかし姐さんが――」
「誰が姐さんだ!」
構成員達を怒鳴りつけながら、ボスはミイナの手から片手銃を取り上げた。
「ああ! 私のパンパン!」
「お前のではない」
「ケチ! ケチケチケチ!」
頬を膨らませるミイナに、ボスは顎をしゃくって見せた。
「それより、ガインとレイの回復をしてやれ」
ミイナはまだ不満げな様子で、ガインと、そしてガインの背中のレイの顔を覗き込む。
「あら、これは派手に瀕死だね。カンチシロ!」
ミイナが杖を掲げて回復呪文を唱えると、レイが薄っすらと目を開けた。
「……ありがとう」
レイがか細い声で礼を言う。
ガインも礼を言うと、眉を寄せてミイナに訊いた。
「ミイナも血塗れだが、怪我はないのか?」
「え?」
ミイナは首を傾げ、自分の胸の辺りを見る。
「あああー! 私の装備が!」
ミイナの装備品は、魔物達の返り血で真っ赤に染まっていた。
「ここまでなると、赤に染めなおした方が早いかもしれないねぇ」
シータがまだ腹太鼓を鳴らしながら、のんびりと言う。
「冗談じゃないわ! 穢れのない純白のイメージが……!」
ボスが鼻を鳴らす。
「そんなイメージはない。むしろ逆だ」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
ボスに向かって杖を振り上げるミイナ。
ガインがそんなボスとミイナの間に割って入る。
「とにかく、無事で良かった」
「そうだねぇ」
ボスが皆を見回して腰に手を当てた。
「ところで、聖なる欠片は見つかったか?」
ミイナが杖を下ろして首を横に振る。
「顎? 見てないよ。ガインは?」
「探す余裕がなかった」
「おいらも見てないよぉ」
ボスが小さく唸った。
「では、これから探さなくてはならないのか」
遺跡はかなり広い。ここを端から探していくとなると、大変な作業になりそうだ。
「あ、そうだ」
「どうした、心当たりでもあるのか?」
「ううん、そうじゃなくて……、レイ、あそこの古代文字訳して」
ミイナがたくさんの手の絵が描かれた壁を指さす。ガインの背から顔を覗かせて、レイが壁を見つめる。
「……あれかい? えーと……、『ここで手を叩くと魔物が出るので注意』と書いてあるよ」
「え……?」
ミイナがポカンと口を開ける。
「え? 何それ! こんな絵が無かったら、わざわざ拍手なんてしなかったわよ! 嫌がらせ!?」
ミイナがヒステリックに叫びながら、近くの崩れかけた壁を杖で叩く。
「わ……!」
ひび割れていた壁が、ミイナの攻撃を受けて、大きな音を立てて崩れた。
勇者の子孫達が慌てて壁から離れる。
「何をやっている小娘!」
「だって……、ん?」
舞い上がる砂煙の中、ミイナの目に飛び込む淡い光。
「何か、光っているよ」
ミイナが崩れた壁の向こう側を杖で示す。
「なに?」
ボス達は、目を眇めてミイナの杖の先を見つめた。
「なんだろうぅ。食べ物ぉ?」
砂煙が収まり、勇者の子孫達の目の前に、それははっきりと現れた。
「玉……?」
「玉だね」
「玉だよぅ」
ミイナの腰ぐらいの高さの台座、そこにミイナの頭ぐらいの大きさの丸い玉が置いてある。玉は、今にも消えそうな淡い光を放っていた。
「何、あれ?」
「丸いねぇ」
勇者の子孫達が顔を見合わせる。調べるべきか、無視するか……。
「……欠片の手掛かりになるかもしれない」
勇者の子孫達は、ゆっくりと玉に近づいた。
「大丈夫? 急に爆発とかしない?」
そう言いながら、ミイナが杖で玉を突く。
すると、
「ぎゃ……!」
勇者の子孫達は驚き後ずさった。
「ひ、人!?」
「なんだこれは……」
玉の上に、人の姿が浮かび上がっている。白い服を着た女性だ。
「笑ってるぅ……」
玉の上の人は、笑顔だった。
「綺麗な人。これ、絵?」
「いや待て、見ろ」
玉の上の女性は動いている。
「え? え? なにこれ?」
驚くミイナ達。するとガインの背中から顔を出したレイが、玉をじっと見ながら呟いた。
「魔法で、この女性の姿や行動を、玉に記憶させたのかもしれない」
「魔法で? 記憶?」
意味が分からない、とミイナが首を横に振った時、女性が声を発した。
『凄い! 大発明ね。あなたは天才よ』
女性の腕には、いつの間にか小さな獣が抱かれている。
「え? あれって……、もしかして魔物……?」
ミイナが女性に一歩近づくと、女性の姿がぐにゃりと曲がった。玉からザザザという不快な音が聞こえる。
「ちょっと、壊れちゃった?」
思わずミイナが玉を杖で叩く。すると、
「あ、戻った」
女性の姿が元に戻った。
『極小の……体内……の……に記憶させ、チカラ……、キーワード……発動し……』
姿は戻ったが、雑音がまだする。ミイナがまた玉を杖で叩いた。
「小娘、あまり叩くな」
「だって、しょうがないじゃない」
ミイナが唇を尖らす。女性は笑顔で話し続ける。
『人の……進化……、新たなるカタチ……それは……』
ミイナが玉を杖で叩く。
『ごめんなさい、好みじゃないの』
女性は先程までと違う蔑んだ目でこちらを見ていた。
「え? なに?」
「ふられたぁ?」
女性の姿が乱れ、ミイナが玉を杖で叩く。すると今度は別の女性の姿が玉の上に現れた。
「あんまり美人じゃないねぇ」
先程までの女性とは違い、ごく普通の容姿の女性だ。
『博士、そんなことはやめてください』
女性が必死に訴える。
『違う、それは、か……なんかじゃな……!』
ミイナが眉を寄せた。
「何? 聞こえない」
ミイナが玉を叩く。女性の姿が乱れ、
「あぁ! 全裸だぁ!」
シータが歓声を上げる。
「うげ!」
「なんで吐血するのよ、レイ! カンチ!」
「うわぁエロいねぇ。顔はまあまあだけど、脱ぐと胸が意外とあるよぅ、ミイナと違って」
「私の方があるわよ!」
「うるさい小娘!」
女性が微笑む。
『ええ、いいんです。――を止めるのは私の、いえ、私達の役目だから。間違っていたんです、最初から。忘れないように、語り継いで。何度でも、何度でも私は……!』
女性の姿が乱れる。
「ちょっとまた? しっかりしてよ!」
ミイナが杖を玉に向かって振り下ろす。すると玉が、
「あ……!」
落ちて割れた。
「…………」
「…………」
「えーと」
床に落ちて、粉々に砕け散った玉だったものを見つめ、ミイナが頭を掻く。
「……小娘」
「あはははは」
「笑い事ではないだろう。大事な情報かもしれなかったのだぞ。それを壊してしまうとは……!」
シータが呟く。
「破壊神だぁ」
ガインも溜息交じりに言う。
「破壊神だな」
「ミイナは破壊神……げほ!」
ミイナは『破壊神』の称号を得た。
「し、知らないわよ。どうせたいした情報なんてなかったって!」
ミイナは言いながら、無かったことにしてしまおうというのか、玉の破片を杖で更に砕いた。
「さ、行こう」
重要な情報だったかもしれないものを永遠の闇の中に葬ったミイナは、杖を振り回して歩いていく。
「待て、小娘」
止まらないミイナに舌打ちし、ボスも歩き出す。その後をガインとシータが続いた。
「さーて、顎は何処に……ん?」
ミイナが立ち止まって振り向く。
「レイ、あそこの壁にも古代文字で何か書いてある」
レイを背負ったガインが、ミイナの横に並ぶ。
「ああ、本当だ。ガイン、あそこまで行ってくれるかい?」
ガインが足早に、古代文字の書かれた壁まで移動する。
レイは古代文字を解読し始めた。
「えーと……、ここは罪の生まれた場所、新たなる力を求めた者は、魔物を、魔王を生みだした。そして私の罪は……愛する者達を置いて祖先の尻拭いをしていること。皆、愛している」
勇者の子孫達は顔を見合わせた。
「……なにこれ?」
「魔物をここで生み出しただと?」
「そういえば、さっき女の人が魔物っぽいの抱いてたよね」
「先祖の尻拭いとは、まさに今我々がしていることではないか」
「レイ、どういうことぉ?」
「さあ……、そう言われても……」
取り敢えず先に進むことにして、勇者の子孫達は歩き出す。
「うーん、広い。何処まで行けばいいの? あ、また壁に何か書いてある」
ミイナは、また壁に古代文字が描かれているのを見つけた。レイが解読する。
「魔王を生み出した祖先は後悔した。そしてせめてもの償いにと、聖なる存在を生み出たらしい。ユリコはまだ十五歳らしい。若いって素晴らしい。聖なる欠片はこの先」
勇者の子孫達はまた顔を見合わせる。
「……ユリコ? なにが言いたいんだ?」
「魔王と聖なる存在は、同じ者が生み出したということなのか?」
「うーん、分かんないぃ」
でもほら、とミイナが壁を杖で突く。
「聖なる欠片はこの先らしいよ」
「罠のような気もするが……考えていても仕方がない、行くぞ」
はーい、と返事をしてミイナが先頭を歩いて行く。暫く行くと、
「あ、あれじゃない?」
行き止まりに、台座とその上に載せられた欠片を見つけた。
「やった、やっと見つかった」
ミイナが歓声を上げ、ガインがほっと息を吐く。
「よかった。帰ろう。出口は何処だろうか」
「レイィ、ここにも何か書いてあるよぉ」
シータに言われて見ると、行き止まりの壁の下の方、そこにも小さく古代文字が書いてあった。レイが解読する。
「……出口は、この壁を押す」
勇者の子孫達は、もう何度目か分からないが顔を見合わせた。
「壁?」
「押すのか?」
ガインとボスが両手で壁を押す。すると、
「光った! 壁が光った! 何で!?」
壁が光り始め、
「きゃ……!」
扉が現れた。
「…………」
「…………」
「……どういうことだ、これは」
ミイナがボスを杖で突く。
「……開けてみて」
ボスがドアノブを握り、押す。
「なに……?」
目に飛び込んできた青空、揺れる背の高い木、爽やかな風。
「外だ……ねぇ」
「ここ、何処? 砂嵐じゃない」
周囲を見回しながら、何気なくミイナが振り向く。
「……え? 扉が無いよ!」
他の勇者の子孫達が一斉に振り向く。確かに、今でてきたばかりの扉も遺跡も、影も形もなくなっていた。
「どういうことだ?」
「レイ、移動魔法使ってないよね?」
「使っていない」
「分からないな」
「おかしいねぇ」
分からないことばかりだ。それに何処かも分からない場所にいきなり移動し、この先どうするか。
レイが提案する。
「移動魔法ビュンで、馬を置いてきた場所まで戻るかい?」
レイの言葉にボスが頷く。
「それしかなさそうだ」
「ねえねえ、それからまたユゲンに行こうよ! 温泉!」
「分かった小娘、うるさい」
レイが杖を掲げる。
「じゃあ行くよ、みんな、構成員の人達も近くにきて。ビュ――」
しっかり付いてきている構成員達も一緒に、移動しようとしたその時、
「ん?」
ドタドタという音が聞こえた。レイが魔法を中断させる。
「なんだ?」
音のする方を見ると、猛烈な勢いで走っている魔物の姿が遠くに見えた。
「大きな魔物だな」
レイが目を眇めて魔物を確認する。
「あれはゴリラカニだ。水陸両用の魔物だね」
毛深い獣の体と、硬い殻に覆われたハサミ型の手を持つ魔物だ。
「あれ? ねえ、腕に何か抱えてない?」
「餌じゃないのかなぁ?」
ゴリラカニはあっという間に遠くへ行って見えなくなってしまった。
「よし、行くぞ」
「はーい」
今は勇者の子孫達もダメージを追っている。戦わなくて済んだのならそれでいい。
レイが杖を掲げる。
「ビュン!」
唱えた瞬間、勇者の子孫達と構成員の姿がその場から消えた。